16.着ぐるみ買ったぞ!?
「うわー、いっぱいあるね!!」
大学の帰り、タケルと優花はふたりで近くの大型ショッピングセンターに来ていた。目的は友人である中島を救う『理子ちゃん機嫌直し作戦』のため。暴漢になってもバレないよう変装する衣装を探しに来ていた。
「本当にたくさんあるな……」
時期は間もなくハロウィン。
様々な仮装をして皆が街に繰り出す。さっき会った時の暗い表情とは打って変わって、目の色を変えた優花が嬉しそうに色々な衣装を手に取ってタケルに言う。
「ねえねえ、これなんてどうかな?」
「ん?」
タケルは優花が手にした超ミニスカートのメイド服を見て驚く。
「い、いや。暴漢役がバレないようにするんだろ?? そもそも顔、モロ出しじゃん!!」
「あ、そうか。てへぺろ」
そう言ってちょっと舌を出す優花を見てタケルは内心涙を流して絶叫する。
(ほ、本物の、リアル『てへぺろ』!! 優花、可愛いいいいい!!! というよりも、そのロリドレス、着て見せてくれええええええ!!!!)
そんなタケルの心の叫びを知らない優花がすっとメイド服を棚に戻す。
「うーん、顔が隠れて怖そうなコスって言えば……」
優花は奥にある棚に行って一着の衣装を手にして戻って来た。
「ねえ、これなんてどう?」
(うっ!?)
優花が持ってきたのは真っ黒なハイレグのビンテージ衣装。網タイツに胸元がぐっと開いたデザイン。目だけ隠す真っ黒なアイマスクに女王様定番のムチ。優花が言う。
「これだったら私ってバレないだろうし強そうだし、いいよね!!」
(ま、真面目に言ってるのか……、この子……)
強さの方向性が全く違うのだが、ビンテージ衣装にムチなら暴漢になれると思っているのだろうか。そもそも目だけ隠してもすぐにバレるだろう。どこまで本気なのか分からない。
「な、なあ、優花。暴漢役は俺がやるから。これは男の仕事だし……」
「えー、優花もやりたいよ。コスプレ!!」
何だか話が違う方向に行ってしまっている気がする。
「いや、だったら優花はコスプレをやればいい。ちょっと離れたところでな。俺がひとりで理子ちゃんを襲って中島にやられるから、それを遠くで見ていてくれる?」
「えー、優花も参加したいよ~」
絶対関わらせない方がいい、タケルは友人のため心にそう誓った。
「さて、俺はどうしようかな……」
暴走し始める優花をよそにタケルは自分の変装用の衣装を探し始める。
(顔が隠せて、できれば全身が見えない様な衣装がいいな……)
タケルは棚にかけられた様々な衣装を手にとっては考える。
(この怪人21面相みたいなのはいいな。でも顔の露出が多いか……)
ひとり悩むタケルに優花が尋ねる。
「タケル君はどんなの探してるの?」
「ええっと、顔が完全に隠せて、できれば全身も見えないようなのが理想だな」
「ふーん、私も一緒に探すね!!」
「あ、ああ……」
嫌な予感しかしなかったがタケルは優花の言葉に頷いた。
そして五分後、優花が持ってきた衣装を見てタケルは愕然とした。
「タケルくーん、いいの見つかったよ!!」
「へ?」
優花が持っていた衣装、それは全身黄色のアヒルの着ぐるみ。
「おい、優花」
「なに? 可愛いでしょ?」
タケルが溜息をついて言う。
「俺は暴漢にならなきゃならないんだぞ。どうやってアヒルの着ぐるみ着て中島を脅すんだよ!!」
どう足掻いてもコメディにしかならない絵がタケルの脳裏に浮かぶ。優花が言う。
「大丈夫だよ。着ぐるみとかって表情分からないでしょ? 恐い人が着ればやっぱり怖いから!!」
まったく大丈夫でも何でもないとタケルが首を振る。確かにこれなら絶対自分だとバレないだろうが、そもそもこれじゃあ理子も怖がらない。
「無理無理。早く片付けて来て」
そう首を言って振りながら別の衣装を探し始めるタケル。優花がすぐに言う。
「えー、もうダメだよ。買っちゃったから」
「は?」
棚の衣装に手をかけていたタケルが優花を見つめる。優花は値札のところに貼られた購入済みを示すショップのテープを見せて言う。
「もうお金払っちゃったからこれ着て頑張ろうね!!」
タケルは呆然としながら成功の見込みがほぼ消えた『理子ちゃん機嫌直し作戦』について、心の中で中島に謝罪した。
「なるほど、そんなことがあったのか……」
ハロウィンの衣装を買ったふたりは、そのまま一緒に電車に乗って家へと向かっていた。その車内で優花がタケルに今日あった文化祭実行委員会での出来事を話した。タケルが言う。
「そりゃ、マジで辞めた方がいいぞ」
「うん……」
優花も本心では辞めたい。
ただ形式上は本人から申し出て出場したミスコンであり、グランプリを取りながら今になって辞退となると大学中に迷惑が掛かる。グランプリだから出演できるCMに、一体誰が代わりに出てくれるのか。
「でも、私が辞退したらみんなに迷惑がかかるし、代役なんて誰も引き受けてくれないし……」
「そうだよな……」
そして優花は結城レイとの『面談』については黙っていることにした。面談なんて受けないし、無論結婚なんて天地がひっくり返ってもあり得ない。真剣な顔で悩む優花を見てタケルもそれ以上真面目な顔で言った。
「優花、俺も力になれることがあれば何でもするから。落ち込むな!!」
そう言われた優花がタケルの顔を見つめる。
「ぷぷっ、ぷっ……」
真面目な顔をしていた優花が突然笑いを堪えるように顔を歪める。タケルが少し驚いて言う。
「おい、どうしたんだよ……?」
優花がついに笑いを堪え切れずに口に手を当てて言う。
「だ、だってぇ~、アヒルが、アヒルが一緒にこっち向いて……、くくくっ……」
そう言われたタケルが横を見ると、一緒に優花を見つめているアホ面の着ぐるみアヒルが目に入る。
「ぷぷっ、きゃはははっ!! もうダメ、最高っ!!!」
ついに優花がお腹に手を当てて笑い出す。
(いや、誰が選んだんだよ、これ……、マジでさ……)
タケルは涙を流して笑う優花を見て、それでも少しだけ良かったなと思えた。
「……それで、お前は柔道の練習をサボって、一体何を買って来たんだ?」
一条家に帰ったタケル。
今日が柔道の練習があることをすっかり忘れてしまっており、出て来た父親に開口一番怒鳴られた。
「ごめんなさい……」
そう言って謝るものの、隣で激怒する父重蔵を見つめるアホ面のアヒルを見るとどうしても笑いがこみ上げてくる。
「タケルーーーーっ!!! すぐに走って来いっ!!!!!」
「は、はいっ!!!」
当然の如くタケルはこの日、ここ最近で一番厳しい練習を強いられた。
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