小学生の時にかけた恋のおまじないが、さっき発動しました。

サイトウ純蒼

第一章「再会」

1.恋のおまじない

 初恋。

 それは甘美だけれども叶わぬ恋。

 忘却の彼方にゆらめく決して届かぬ想い。

 彼もそう思っていた。


 そう、その日が来るまでは。





「ねえ、一条君。こっちおいでよ!」


 一条いちじょうタケルは昼休みにクラスの同級生である桐島きりしま優花ゆうかに呼ばれたのに気付いた。小学五年生。子供でありながらお互いに異性を意識する年頃である。


「あ? 何だよ」


 タケルはわざと興味なさそうに返事をした。優花が一緒に座っていた友達の佐倉さくらこのみと言う。



「ねえ、今さ、女子の間で流行ってるんだよ。これ、知ってる?」


 タケルが優花たちが手にしている小さな紙きれとピンクの毛糸を見て言う。



「何それ? 知らない」


 このみが笑って言う。



「あ、あのね。恋のおまじないだよ」


「恋のおまじない?」


 タケルが少し笑って答える。優花が少し怒った顔で言う。



「あー、馬鹿にしてる! 絶対叶うんだよ!!」


「アホか、お前ら。そんなの叶う訳ないだろ」


 タケルは興味のない振りをし続ける。優花が言う。



「じゃあ、一条君が私たちと好きになる恋のまじないかけてあげるよ」


「はあ? 何でそんなこと俺がしなきゃならないんだよ!」


 そう言いながら心では喜びの声を上げるタケル。



「信じてないんでしょ? だったらいいじゃん」


 少し挑発的な態度に出るこのみにタケルが答える。


「ふん、分かったよ! やってやるよ!! 俺は掛からない。それを証明してやる!!」


 優花とこのみは『男子ってどうしてこんなにチョロいんだろう』と苦笑しながら恋まじないの準備に取り掛かる。



「じゃあ、ここに誕生日を書いて。それからこの毛糸で結んで……」


 ふたりはタケルや自分達の誕生日の書いた紙をまるめてピンクの毛糸で結ぶ。そしてそれを皆で握り締めて目を閉じ、少しの沈黙。タケルは薄目で目の前に座る優花の顔を見ながら思う。



(これで桐島が俺のこと、もしかしたら好きなってくれるのかな……)


 タケルは目を閉じながら握り締めた紙切れにそっと想いを込めた。






 ピピピピピピピピピピッ!!


 一条タケルは突然鳴り響いたスマホの目覚ましに驚いて起き上る。



「うわっ、寝すぎた!! やべえ!!!」


 聡明館そうめいかん大学二年となったタケル。

 彼は彼女いない歴イコール年齢と言う、まさに絵に描いたような非モテキャラに成長していた。実はモテ要素も決して無い訳ではないが彼自身あまりを望まない。



(何か懐かしい夢を見ていた気がするが……)


 タケルが今見ていた夢のことを考えるがはっきりと思い出せない。



「と、とにかく大学行かなきゃ!!」


 タケルは適当に教科書をカバンに詰め慌てて家を飛び出した。






「よお、中島」


「あ、一条君」


 タケルは大学の講義に出席するために大きな講堂へ入り、いつもの座り慣れた席にいる友人の中島に声を掛けた。



「最近涼しくなって気持ちいいな」


「ああ、そうだね」


 季節は秋に入り朝晩は少し寒さすら感じる。それでも昼間は日差しがあればまだ暖かくちょっと運動をすれば汗をかくぐらい気持ちがいい。講堂の窓から見える赤色に色づき始めた木々を見ながらタケルが言う。



「あー、マジ、眠いな……」


 まだ今朝見た夢のことが頭のどこか片隅に残っているタケル。しっかりと思い出せないのでもやもや感がある。

 中島がそれを黙って聞く。ようやくいつもの友人と何か雰囲気が違うことに気付いたタケルが声を掛けた。



「おい、中島。どうかしたのか?」


「え、あ、ああ……、実は……」


 タケルはじっと中島を見つめ彼の言葉を待つ。



「実は僕さ、できたんだ」



「え?」


 前を向いて少し恥ずかしそうに言う中島をタケルは信じられない顔で見つめる。

 中島とタケル。大学入学時に偶然席が隣になって話すようになった友達。お互い彼女がいたことがなく秘かに『非モテ同盟』を結成し惨めな傷を舐め合っていた。そんな中島に彼女ができたという。



「マジか!? 本当かよ!!」


「ああ、マジで……」


 タケルは全身の力が抜ける感覚となる。唯一の仲間だと思っていた中島が急に別の世界の人に見えて来る。



「良かったじゃんか……、おめでとう……」


 そう言うタケルの顔は青ざめ言葉に力はない。


「バイトの後輩でさ、僕が色々教えている内に、その、なんかいい感じになちゃってさ。で、付き合おっかって流れで……」


 タケルは嬉しそうに彼女の話をする中島をぼんやりと見ながら思った。



(ああ、俺は何やってるんだろう……)


 大した目標も無しに大学に入り、だらだら過ごしながら唯一同類だと思って競い合っていた中島にも置いて行かれた。絵に描いたようなダメ男である。



「……でさ、来週から文化祭じゃん。その時に紹介するよ」


 中島の話では彼女は同じ大学の一年。でも今はサークルやバイト、勉強に忙しくしているそうだ。



「分かったよ。楽しみにしてるよ」


 全然楽しみじゃない。そう思いながらタケルが答える。


「でさ、賭けの話。文化祭の時になんか奢ってよな」



(あ!)


 タケルは思い出した。どちらが先に彼女ができるかを争っていたふたり。負けた方が飯を奢るという約束をしていた。中島は文化祭の時に出る出店のことを言っているのだと気付いた。



「分かったよ。来週な」


「ああ、楽しみだな!」


 タケルはその言葉に無言で頷いて応えた。






 聡明館そうめいかん大学文化祭、通称「総館祭そうかんさい」。

 県内でも有数の巨大大学の文化祭には、自校の学生はもちろん他の学生や地域の人達も参加して皆で盛り上がる。

 各学部やサークルは出し物や出店、多種多様なイベントを準備しまさに大きなお祭り。木々が黄色や赤に染まった美しいキャンパスにはこの時期たくさんの人達でごった返す。



(あー、だるいな……)


 自分を陰キャとは思っていなかったタケルだが、やる行動がほぼ陰キャの彼。このような皆で騒ぐ祭りは最も苦手なイベントのひとつであった。


(ちっ、どいつもこいつもカップルばかりで!!)


 キャンパスには手や肩を組んで歩く男女の姿も多い。紅葉、涼しくなってきた季節に楽しい文化祭。男女の仲が深まる場所でもある。タケルも中島に誘われていなければ決してこのような場所には来ない。



「おーい、一条君!!」


 広くて人の多いキャンパスで自分の居場所を探していたタケルの背後から声が掛かった。振り返ってタケルが返す。



「お、中島」


 そう言いつつも彼の隣にいる可愛らしい女の子を見てタケルが息を飲む。中島が言う。



「一条君、紹介するよ。彼女の理子りこ


 そう言って中島は理子の腰のあたりに手を当てる。肩までのボブカットで赤い眼鏡をかけた理子。童顔の割には胸の大きな膨らみが釣り合っていない。理子がいう。



「はじめまして、一条さん。加賀美かがみ理子です」


 そう言って理子は頭を下げて挨拶をする。タケルもその大きな胸に目が行くのを抑えながら軽く会釈して返す。



「あ、俺、一条タケル。よろしくね」


 タケルはそう言いながらも予想以上に可愛い理子と、その横でだらしない顔をしている中島を見て決して越えられない壁がある事を感じた。中島が言う。



「あー、一条君。腹減ったなあ~」


 賭けに負けた方が飯を奢る。タケルが言う。


「分かってるよ。さ、行こうか」


 タケルはこの後文化祭の出店でふたりにお腹いっぱい食べ物を奢らされた。






「一条君。ミスミスコンやってるよ!」


 三人が食べながらキャンパスを歩いているとひと際たくさん人が集まっているのが見えた。その会場の上には大きく『ミス・ミスターコンテスト』と書かれている。理子が言う。



「あれが有名なうちのミスミスコンなんだね!」


 総館大のミスコン。それは芸能界やモデルになる登竜門としても有名で、事実これを機にそちらへの道へ進んだ者もいる。中島が言う。



「見に行ってみようよ!」


「お前、理子ちゃんがいるのにいいのか!?」


 理子が笑って答える。



「いいですよー、いい男が見られるんで!!」


 影は薄いがミスターコンテストも同時に開かれていることに気付くタケル。本来なら自分とは全く関係のないイベントで去年は文化祭すら来なかったタケルだが、これ以上何かを奢らされるのも財布的に厳しかったので渋々ふたりに同行することにする。



「分かったよ。じゃあ、ちょっと見に行くか」


「よし、じゃあ行こう!!」


 そう言ってミスミスコンの会場へ向かう三人。

 乗り気じゃないタケルだったがそれがまさか『運命の人』との再会、そしてこの後衝撃的な出来事が起こるとは夢にも思っていなかった。

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