第13話

西暦20××年4月××日


 三月下旬の怒涛のイベントをどうにかこうにか乗り越え、俺は四月の新学期を迎えていた。

 雅とは同じクラスにならずに済んでいる。

 というか、あの呟きを聞いてしまっていると、同じクラスで一年を過ごすのは正直なところしんどい。

 なので、これで良かったのだろう。


 麗華の件で俺は現金預金の数字を大きく減らした。

 すぐに大金が必要なわけでもないのだが、お金ってのは持っていれば何かと安心な力なのも事実である。

 誰がなんと言おうとも、お金の力は偉大なのだ。

 よって、俺は1%ノートに書き込むことを思いつかない時は、宝くじの当選確率を上げることを選んでいる。

 幸い、季節の風物詩である大きなくじ以外でも、当選金額が高額になるくじはいくつもある。

 俺が最近購入しているのは、数字を選択する系のくじだ。

 一%しか当選確率がないのだから、そうそう当たるものでもないけれどね。

 決して、宝くじ売り場の綺麗なお姉さんの笑顔に、フラフラと吸い寄せられているわけではない。




「またこのパターンですか。はぁ」


 ため息のひとつも出るのが当然の状況。

 やる気のなさそうなおっさんの担任に、二年生の新しいクラスでも、俺は級長にさせられようとしていた。

 現段階では暫定の文字が付いているのだが、俺は未来を知っている。

 この先、立候補者が出るはずもなく、投票に移行すれば、そのまま暫定の文字が取れるだけなのを。

 おっと、「未来を知っている」までは言い過ぎだったかもしれない。

 俺の中では極小で決定だが、別の可能性だってたぶんあるにはあるだろう。


「先生。僕ね、昨年も同じパターンでやりたくもない級長を押し付けられている。出席番号が1番だからと暫定でやらせるのなら、立候補者がなく投票に移行した場合、僕への投票を全て無効にする。この条件なら引き受けます。そうでなければ、暫定の級長をくじ引きとかで決めてください」


「そうは言ってもなぁ。今週だけの短期間で、来週の月曜には正式な級長を決める。たかが三日だぞ?」


 今日は火曜日で、今週の残りの登校日は三日。

 今日も入れれば四日のはずだが、地味に数字を小さく言って事象の矮小化をしているところがせこく感じる。

 俺の担任に対する印象は既に最悪だ。

 

「暫定の文字が、そのまま取れるだけの確率が高い。僕の知る実績の中ではその確率が百%です。それを何年も教師をやってる先生が、まさか『知らない』とは言いませんよね?」

 

「綾籐は、先生の決定に従えないってことか? 女子の相田からは、何の文句もでていないのだがな」


 担任の言葉に、俺は内心で「ふざけんな!」と思っている。

 怒りから少々冷静ではなくなっているのかもしれない。

 まぁ、それは、相手の方も同じなのかもしれないが。


「ええ。公平性がなく、理不尽な決定には従えません。それより、先生は僕の疑問に答えていません。答えてください。さっきの話、『知らない』のか、『知っていて』強行しようとしているのか? どっちなのかはっきりしてください」

 

「そうか。『多少なりとも、クラス内の人間の為人を知ってからのほうが良い』と考えていたが。綾籐がそこまで言うなら、公平に今から投票で決める」


 ここまではまるで他人事のように、見物人と化していたクラスメイトたち。

 彼らに、動揺した空気が流れたように俺は感じた。

 今すぐ投票となれば、確率は低くとも、面倒な級長のお鉢が己の身に回って来る可能性が発生するのを、ほとんどの人間が理解しているからだろう。

 そして、それを避けるための格好の獲物が俺であるのに気づくには、そう時間を必要としないことが容易に予想できる。

 ついでに言えば、「これの言い出しっぺの担任も、それを承知している」と、俺は確信している。

 だから、黙っていないで言いたいことを言うよ。


「担任ならまず先に、担任している生徒からの質問に答えろ。それと如何にも卑怯なやり方で逃げるな。今の状況なら、男子の級長は俺に票が集まるに決まっているだろうが! 『公平に今から投票』だと? 何が『公平』だ! そういうのは『出来レース』って言うんだ! 先生やってて、そんなこともわからないのか?」


「綾籐君。こういう担任の先生には、言うだけ無駄だよ。とりあえず、前期の級長は私たちでやりましょう。仕事の分担割合は、私がなるべく多く受け持つからさ。学校のルール上、後期はやらなくて済むし。私の叔父さんが上部組織に勤めているからこの件はちゃんと伝えておく。それじゃあだめかな?」


 敬意を払う気も無くなった俺の発言を、放置するには忍びなくなったのだろうか?

 相田さんが仲裁に入った。

 隣の席の彼女の横顔は凛々しくカッコイイ。

 俺の頭の中では、「ヤバイ。惚れちゃいそう」という言葉がグルグルとしていた。

 けれど、今はそんなことを考えている場合じゃない。

 そうした俺の感情を、彼女やクラスメイトたちに悟られても困る。

 だから俺は誤魔化しにかかった。


「相田さんだっけ? 君はそれで良いの?」


「ありがちな毎度の展開に、うんざりしてたし、諦めてた部分はあったんだけどさ。綾籐君がいろいろ言ってくれて、ちょっとすっきりしたから」


「僕は相田さんに、そういうことを聞いてるんじゃないんだけどな」


「だろうね。女子の級長は元々諦めて受け入れるつもりだったし、結果は変わらないよ。変わるのは、担任のほうじゃない?」


「そっか。ならそうしよう。クラスの皆、僕と相田さんが前期の級長をやる。それで良いかい? 反対の意見があるなら、今この場で言ってくれ。あと、居ないと思うけど、もし、我こそはと立候補する人が居るなら、もちろんその人に級長の役は任せるけどどうかな?」


 そんな流れで、中学二年生の学校生活が始まった。

 最初から一波乱あり。

 クライマックスじゃないのが幸いか。

 果たしてどうなることやら。




「れいか、クラスのまとめやくを先生からたのまれたの」


「お、麗華もか。お兄ちゃんと同じだな」


 帰宅した俺は、部屋着に着替えたあと、テーブルでおやつを食べていた麗華の横へと座った。

 可愛い義妹の学校初日の報告を聞くのは、義兄としての義務である。

 異論は認めん!


「いっしょだね!」


「そうだな。任されたからには頑張らないとな」


「でも、いちろーおにいちゃん。おんなの子のまとめやくの人と、なかよくなったらだめですよ?」


「えっ? なんで? 一緒にやる仕事があるから、仲良くなった方がいろいろやりやすいでしょ」


 おかしい。

 何かがオカシイ。

 普通の兄妹の会話から、何故こんな流れになったのだろうか。

 そう思いながらも、俺は麗華の話に付き合う。

 シスコン上等だ!


「いちろーおにいちゃんのこんやくしゃはれいかなの。『おれにはこんやくしゃがいます』って、ちゃんといっておいてね」


 俺は、いつの間に麗華と婚約したことになっているのだろうか?

 それにしても、麗華は勘が鋭すぎないか?

 俺は、相田さんのことを、「ちょっと良いな」と思っちゃったりしているのは事実なのだ。

 もっとも、恋愛関係に発展できるかどうかは疑問だけどな。


 それと、母さん。

 俺をそんな目で見ないでいただきたい。

 お願い!




「俺の光源氏計画が、始まっちゃったりしてるのか~」


 母からの無言の圧力に負けて自室へ退散した俺は、今日も今日とて聖域で叫ぶ。

 俺には幼女趣味はない。

 小学校三年生になったばかりの女の子が、「幼女なのかどうか?」は置いておくとしてもだ。

 そこは俺の名誉のために断言しておく。

 だが、麗華から好意を向けられるのは単純に嬉しい。

 遺伝的に、彼女の実母や姉である雅の容姿も考慮に入れると、彼女がかなりの美人さんな大人に成長する可能性はかなり高い。

 というか、俺の中では確定事項である。

 よって、問題は、現在の彼女の気持ちが将来も継続するかだ。


 しちゃうのか?

 頼れる素敵な義兄の役目を十年とか務め、麗華に愛される男性へ、更には結婚相手へとステップアップしちゃうのか?

 客観的に見れば、おそらく相当にキモくてヤバイ思考だろう。

 母さん。貴女の息子に向けた視線は正解だったかもしれません。ごめんなさい。

 そして、先ほどの叫びも、いつものように聞こえていない振りでお願いします。

 たぶん、ピアノ練習の音で紛れたはず。

 信じているからね?


 桜花おうかの候。

 とある一日。

 新しいクラスメイト、新たな出合いに、今後の何かを期待している俺が居る。

 雅が軽いストーカーと化しているのは、気づいているが気にしないでおく。

 そもそも、彼女は自分から俺と離れたはずなのにな。

 ふと思いついて、俺は、1%ノートに「綾瀬雅に綾籐一郎以外の恋人ができる」と、書き込んでみた。

 結果が出るまでの待ち時間を経て、ノートは白紙に戻った。

 三十日以内に、彼女に新たな恋人ができる可能性は無いのだろう。

 俺はどうするべきなのか?

 1%ノートを前に、今日書くべきことに悩み、結局俺は宝くじ当選についてを書き込むのだった。

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