#234 終点駅

 男は疲れていた。

 生活に、仕事に、人生に。

 生活は日に日に上がる物価によって家計が苦しめられ、趣味の買い物ができなくなっていった。

 仕事は昇進した事で、上と下からの意見の板挟み。元々器用な性格ではないため、両方真摯に取り組んでしまう。

 ボロボロになりつつあった。負の連鎖というのは、大なり小なりが重なっただけでも心を削っていく。いきなり大きな傷が付く人もいれば、男のように少しずつ付いていき、ある一定の量を超えると崩れ、崩壊する。

 毎日遅くまで仕事をし、家に帰れば寝て朝を迎える。

 帰宅の電車の中でたまたま座れた。端の席だ。

頭を預かれば、うとうとと眠たくなってきた。

 ──このまま終点まで行ってしまおうか。

 そんな時だった。


『まだ、諦めるのは早いよ』


 声が聞こえた。


『もう少し、頑張ってみようよ。道を変えてさ。今歩いている道が険しいなら、道を変えようよ。わざわざ険しい道を歩き続ける必要はない』


 明るい、誰かの声。

 聞き覚えのある声だ。

 誰の声だったかはもう覚えていない。

 でも、大好きな声だった。


『道変えてさ、頑張ろ。それでもダメだったら、また連れてきてあげる』


 手に握っていたスマートフォンが目に入る。

 壁紙にしているのは、大好きだった人。愛した人。病に倒れた人。最後に「私の分まで生きて」と約束した人。

 大切な人との約束を、破るわけにはいかない。


「……うん、やっぱりもうちょっと頑張ってみるよ」


 そう言って、彼は折り返し列車に乗った。

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