#83 緊張の瞬間

「…………」「…………」「…………」「…………」「…………」「…………」


 誰しもが息を呑んで見守る。

 音を立ててはいけない、というのが空気で広がっていき、やがて暗黙の了解となる。

 心臓の鼓動がうるさくないか、呼吸の音がうるさくないか、一つ一つの動きがうるさくないか。そんなことばかりが頭に浮かんでいく。

 そして、ゆっくりと、ゆっくりと時間が経過していく。

 やがて、たまらず誰かが「ゴクリ」と喉を鳴らした。



 それを皮切りにゴロン、と娘が寝返りを打った。


 

 歓喜の声を上げる両親。そして孫の様子を見に来ていた祖父母も声を上げる。

 娘が寝返りを打った。

 一歩、成長したのだ。

 これを喜ばずして、何を喜べばいいのか。

 幸福に包まれる一家であった。




 なお、この二日後、初めて「パパ」と呼ばれ、父親が歓喜の悲鳴を上げるのはまた別の話。

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