#54 〇〇の世界を移すテレビ

 男は仕事から帰ると、なんとなくテレビをつけた。「ザー」っと荒れた音を流し続けるテレビをBGMに、ネクタイを緩めてスーツを脱ぎ捨てる。ソファに腰を落とすと、ペットボトルの水を飲む。

 疲れた。とてつもなく疲れた。もうこのまま眠ってしまいたいくらいだ。けれど、それを男のプライドが許さない。早くスーツをハンガーにかけて、シャワーを浴びて夕飯の支度をしなくてはいけない。

 はぁ、と息を吐いて男はテレビを見た。大きな画面は何も写しておらず、ただ「ザー」っと音を発するだけ。どうやら、受信していないチャンネルを選択してしまっているらしい。リモコンを手にしてチャンネルを変える。

 しかし、どのチャンネルに変えても、テレビは何も映し出さない。

 ??? と首を傾げ、そこでようやくあることに気づく。

 テレビは何も映さない。ならば当然音もないはずだ。それなのに、いまテレビからは「ザー」っと音が流れている。

 なんだこれは、と小さな疑問が生まれる。今までこんなの見たことがない。画面は砂のように白と黒だけが映し出され、「ザー」っという音はうるさいはずなのに、耳から離れず見入ってしまう。

 男はただ無意識にソレを見つめる。うるさいくらいの砂音に、嵐の音に、やがて男はすぐにテレビを消して布団に潜った。ガタガタと震え、必死に耳を塞ぎ目を閉じる。脳裏に焼きついた砂嵐。耳に響き続ける嵐の音。

 のちに男は語る。

 あれは、死後の世界への入り口だと。あのまま見ていたら、自分は死後の世界に引きづり込まれていたと。

 そこ男に対し、友人は思った。


(いや、それ、テレビの砂嵐だから……って待てよ、今の時代もう砂嵐なんて映らないハズ……)


 ゾクリと、背中が震えたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る