#15 入念に準備した魔王VSイベント控えの勇者

 ──魔王の間。 

 そこでは、今まさに世界の命運をかけた勇者と魔王の戦いが繰り広げられていた。

 剣を手に果敢に挑む勇者。

 しかし、その一撃を容易く躱わす魔王。両者の力の差は歴然だった。


「くそっ! どうしてだ! どうして勝てない!」

「…………」


 勇者は悔しそうに唇を噛む。これまでの旅で鍛えてきた剣術、魔法、それら全てを駆使しているのに全く歯がたたない。これまで何度も苦しい戦いはあった。その度に、仲間と力を合わせて勝利を収めてきた。魔王に勝つため、世界を救うため、『光のつるぎ』も手に入れた。なのに、同時て勝てない。


「……お前が一人だからだ」


 魔王が、ゆっくりと言葉を放った。

 戦いが始まってから、ようやく放たれた言葉。今まで無言であった魔王の言葉。

 それに、勇者はハッとなる。


「……お前には、多くの仲間がいた。お前は、その仲間に、助けられてきた。我の四天王との戦いでも、お前をここに来させるために、仲間たちがお前を進ませるために、その場に残った。結果、お前一人だけが、ここに来た」


 そう、今の『魔王の間』にいるのは勇者一人だけ。他の仲間は、勇者を魔王の元に届けるために四天王との戦いの間に残っている。


「……お前一人で、我に勝てると思うな」


 そうだった。勇者は、いつも仲間に助けられ、支えられて勝利を掴んできた。己一人の手で掴んだ勝利など一つもない。仲間と共に歩んできたのが、勇者の道であった。


「……お前一人の力はど、知れている」


 魔王はゆっくりと手を勇者に翳した。



  ☆★☆★☆★



 ──勝った。

 魔王は心の中でそう思った。

 魔王は勇者の存在を知っていた。そしていずれ自分の元に来ることも予期していた。勇者は世界を救うため旅に出て、多くの苦難のぶつかり、乗り越え、仲間と共にここに来るだろうと予期した。

 魔王にとって天敵とも言える『光のつるぎ』を手にして。

 だから魔王は考えた。どうやったら勇者に勝てるのか、と。

 最初の街で襲撃する? いや、それはつまらない。この広間で倒さなくては意味がない。最初の街ではまだ勇者ですらない少年だ。ただの少年殺しになってしまう。

 ではどうするか。

 勇者の成長が逐一耳に入るようスパイを紛れさせた。女スパイ。だが、の力が発揮して女スパイが勇者に惚れてしまった時の保険として、男スパイも同伴させる。

 さらに男には二重スパイとしての仕事を与え、勇者側にも魔王の情報をわざと流す。

 勇者の成長は随時魔王の耳に入る。

 時折、魔王は己の分身を勇者のパーティーと遭遇させることにした。仲間にはならないが、敵でもない不思議なポジション。そんなキャラクターを設定し、より勇者の情報を入手した。

 そして最後に、魔王は迂闊な言葉を発しないようにした。俗に言う『フラグ』を立てないためだ。迂闊な言葉ではせっかく目前にまで迫った勝利が逃げてしまう。

 こうして四天王とスパイを使い、勇者一人だけを呼ぶことができた。

 勇者の攻撃パターン、くせ、動き方は全て頭に入っている。

 やはり入念な準備の賜物だ。

 これで、魔王は勇者に勝てる。



 ──そう、ここででも起きない限り!!



「さらばだ──勇者!!」


 その時、勇者の持つ剣が眩い光を放つのだった──。


 

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