#09 ドッペルゲンガー
「なあ、『ドッペルゲンガー』って知ってるか?」
昼休み。
弁当箱を取り出した僕に向けて、
「知ってる。けれど、有り体のことしか知らない」
そう言って、僕はランチクロスを解く。
「僕が知ってるのは『自分と同じ容姿をしている』、『会話はしない』、『その人の縁のある場所に出没』、そして『見たら死ぬ』だ。まあ、最後の『見たら』は『二回見たら』とか回数があるみたいだけど。ほら、有り体のことしか知らない」
「ま、俺が言ってる『ドッペルゲンガー』は今ネットで噂になってる方なんだけどよー。これがまた面白くてさ」
彼は購買部で買ったのであろうコッペパンに齧り付きながら続ける。
「んでよ、その『ドッペルゲンガー』ってのが──」
粟屋圭曰く、今の『ドッペルゲンガー』はこれらのことを示しらしい。
曰く、ドッペルゲンガーはオリジナルが強いストレスを感じていると生まれる。
曰く、そのためドッペルゲンガーは容姿こそ同じだが、性格は強い攻撃性を持っている。
曰く、他者との意思疎通は可能、だが個体差あり。
曰く、そのストレスの元を排除しようとしている。
曰く、ストレス元を全て排除すると、ドッペルゲンガーは消える。
曰く、オリジナルは行方不明のまま、もしくはひっそりと戻ってくる場合もある。
「とま、ざっとこんな感じかな。ネットから拾ってきた情報だからあれこれ違いはあるけど、大まかにここは共通してるな」
「元の『ドッペルゲンガー』とはだいぶ違う生息だな。けどまたどうしてそんな話を?」
「んでよ、実はさ、隣のクラスに
僕はそれに「ふむ」とだけ返す。
それを「続けて」と捉えたのか、粟屋圭は声のボリュームを戻して続ける。
「その日、本来の沼垣は本屋にいたんだとよ。なのに、ゲーセンでもう一人の沼垣が目撃された。沼垣はゲーセンなんて滅多に行かないから、これはドッペルゲンガーだ! って騒がれてるらしいぜ」
沼垣、沼垣……ああ、隣のクラスにいるちょっと暗い子か。確かああいう子を『陰キャ』と称するのが今の時代らいい。どうでもいいことだ。どうでもいいので、僕は弁当の蓋を開けた。
「まあ、こう言っちゃなんだが、沼垣はいじめられてるって話もあったからな。ドッペルゲンガーを産む要素は揃ってんだ。今頃いじめてた奴らは消されるのが怖くて家に引きこもってるらしい」
「自業自得なのに、卑怯な奴らだ」
「実際、ドッペルゲンガーなんて空想上のことなんだからよ。噂は噂。実態のないうちはとことん楽しむくせに、実態を持った瞬間恐怖する」
「人間は愚かだな」
僕はケースから箸を取り出す。
「噂とはいえ、そう言った話があって、自分が当事者になる可能性を考慮せず、いざ当事者になった途端助けを求める。愚かと言わずなんと言う」
僕は箸を左手に持ち、栗ご飯に箸を伸ばす。
「実際問題、今の時代、ドッペルゲンガーを生み出さないのは無理な話だ。ストレス社会で生きている以上、必ずドッペルゲンガーは生まれる。そして、ストレスの元を排除する」
「……しっかし、今日のお前やけに無口だな。どうした……って、お前」
そこで、粟屋圭は何かに気づいたようだ。
「お前、箸左だっけ?」
「知識にある通り、君はとてもおしゃべりだ。全く人の話を聞かないほどに」
そう言って、僕は箸を皿に伸ばした。
栗は簡単につまめた。
☆★☆★☆★
「ご馳走様」
と、僕一人のつぶやきは昼休みの教室にえらく響いた。
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