第6話機械的じゃない会話
「あのー……」
とても常人とは思えない見た目をしている人に話しかけるのは、たとえNPCとわかっていても緊張するものだ。
手に汗を握りながら話しかけると、おじさんNPCはわざとらしく嬉しそうな笑みを見せてくると、言葉を発した。
「おやや! これは冒険者のお客さんじゃないですか。うちは品揃えが悪いですけど、その分お安いですよ~!」
おじさんは、いかにも作られたキャラクターっぽいセリフを口にしながら、なんでも見ていってくださいと言わんばかりにバッと両手を前に広げる。
すると目の前には売り物の一覧が表示された画面と、右上に500という数字が表示される。売り物はポーション1つしかなく、本当に品揃えが悪いなと思う。
値段は20ゼニー。確かに安い。いや、ちょっと待て……。
じゃあなんだ? もしかしなくても、この右上に表示されてる500という数字は、僕の所持金か?
ちょっと待ってくれ。僕は今まで母さんの小遣いやらおばあちゃんのお年玉などで、それなりに貯金をしてきたのだ。
確か15万ゼニーはあったと思う。なのに500だと!? 本当にふざけている。こんなことになるなら、貯金なんてせず
悔やんだところで僕にはどうすることもできない。気持ちを切り替えると、とりあえずポーションを選択し、5つほど購入してみようとする。
だけどその直前、僕の脳にある疑問。もとい興味が湧いた。
購入ボタンを押そうとする手を止めると、店主であろうおじさんNPCに値切り交渉を持ちかけてみる。
「すいません。これ、もうちょっとだけ安くなりませんか?」
正直本気で値切りたい訳ではない。どちらかというと、このような対応をとった時に、目の前のNPCがどんな反応をくれるのかに興味が湧いたのだ。
普通に無視されるのか、それとも……。僕が店主の次の言葉を待っていると、目の前にいるNPCであるはずの店主は「あはは」と困り顔を浮かべながら、右頬をぽりぽりと掻く仕草をとったのだ。
「すいませんねお客さん。うちは一度決めた値段を曲げない主義でして……」
おお! しっかりと定型分以外の会話も出来るのか!
僕は驚き、思わず感嘆の声を漏らしそうになる。別に今ある技術力だったら、たいして凄くないことかもしれない。多分だけど、あらゆる話に対応できるよう、無数の会話パターンがインプットされているだけなのだろうが……。
でも僕は、それでも素直にすごいと思ったし、感動してしまった。今までは機械的な音声が一方的に、少ない会話パターンを繰り返すだけだったのに……。
なのに今は、まるで本物の人間と会話をしているような気分だ。僕はますますこの新しい世界の虜になり、さらに世界へと没入した。
まるで本当に、自分が長いこと冒険者をやっていたのではないかと錯覚してしまうほどに……。
気分が良くなった僕は、店売りのポーションを5つほど購入すると店主に感謝を述べて、早速街の外へと赴く。
——————
《はじまりの街スタート》から出ると、そこにはこの世のものとは思えない風景が広がっていた。
真っ青な上空には見たこともない鳥のような大型モンスターが空を羽ばたいているし、
そんな場所でも僕が一番最初に目を奪われたのは、ここから数百キロは遠くにあるであろう彼方にある、巨大な扉だった。
あんな遠くにあるにも関わらず、あの扉の存在感は凄まじい。丸い曲線の形をした、赤と黒の入り混じる不気味な両扉に、僕は思わず見入ってしまう。
早くあそこに行ってみたい。人の探究心とはこれほどまでに心躍るものなのかと、またも感激してしまう。
でも、多分今すぐにあそこを目指すのは不可能だ。まずはこの街周辺にいる雑魚モンスターを狩って、レベルを上げていこう。
死んだら終わりなこの世界。慎重すぎるぐらいがちょうどいいはず。僕は腰に
ジリジリと後ろから近づくと、剣の
僕に剣でケツを思いっきり叩かれたイノシシモンスターは。
「プゴォォォ!」
と鳴き声を発し、戦闘態勢に入る。イノシシが戦闘態勢に入ると同時、目の前のモンスターを中心に、半径20メートルほどの青いサークルが形成される。
なんだこの円? おそらくだが、目の前のモンスターと対峙した時に生じる、バトルフィールドのようなものだと思う。
この円の中で戦えということだと解釈すると、僕はサークルから出ないぐらいの距離をイノシシから取り、相手を観察する。
イノシシモンスターの頭上には緑色のバーが表示されている。そしてそのバーが、10分の1ほど削られている。多分先ほど殴った時に減ったのだろう。
ということは、あれがあのモンスターのHPを表していることが分かる。さっきの一撃で10分の1か……。
序盤の雑魚モンスターにしては、なかなか体力が多い。僕が様子を伺っていると、イノシシは御構い無しに突進してくる。
いきなり予備動作もなしに突っ込んできたので、僕は慌てて右方向にダッシュした。危ねえ……。
でも、動きはそこまで早くない。突進攻撃も、ただただ真っ直ぐに突っ込んでくるだけだから
まさに序盤の雑魚敵といった攻撃。この程度なら、負けるはずがない。冷静に敵の動きを読み、攻撃後の硬直時間に剣で殴る。
この動作を繰り返して、確実に相手の体力を削る。相手のHPバーは半分を切ろうとしているのに、僕は今だに無傷だ。
もしかして僕、このゲームの才能があるんじゃないのか! 慢心すると、調子に乗って敵に近づく。
いちいち相手が攻撃するのを待つのもめんどくさい。コイツは突進攻撃しかできないんだ。自分から攻撃しにいってやろう。
もどかしさと慢心から敵に近づき殴りかかろうとすると、目の前のイノシシは突然いままでにはない行動を始めた。
僕を強く睨み付けると、ザッザと右の前足で地面を蹴り上げ、
次の瞬間には、ものすごい速度で僕の胸にダイブするよう突進してきた。
「————はっ! ゲホ! ゲホ!」
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