第13話
******
「この先に、ちょっとした村があるよ」
上空から先の様子を
場所は
時刻はお昼過ぎ。
マリアは、午前中はハーピーの背に乗せてもらって、お空を浮いていた。今はわたしと手を繋いで、地面に足をつけている。
「じゃー、今日は村で一泊ね。食料とかも補充しておこっか」
「一日ぶりのベッドだね、マリア」
宿を取ることさえ、感動になりそうだ。お外で寝るのって、けっこう身体が痛くなるもんだからね。
「エステルったら。はしゃいじゃっていますね」
マリアは別に、どこで眠ろうが幸せなのか、わたしを見ては
「今はまだ、村とか街がたくさんあるからいーけどね。魔族の国が近づいてくると、しばらくはテントだから。たっぷりベッドを
リリが、はしゃいでいられるのは今だけだぞ、って忠告する風な口調で
まあ。まだ旅立って二日目だしね。先のことを考えて不安になるわけでもないけれど、できるうちにベッドは楽しんじゃいたい。昨日はマリアとえっちできなかったし、今日こそは一緒にお風呂入ったり、裸の付き合いをしたいところ。
ハーピーは、人間の里に入り込むわけにはいかないので、離れた場所で休息をとるようだ。リリも彼女に付き添うらしい。ただ、食事などをハーピーに運ぶため、リリも一時的に、村には同行するようだった。
殺風景な峡谷を進むと、先が開けてくる。村の入口だ。
わたしの故郷とさして変わらない、
峡谷を抜けようとする人たちにとっては
わたしたちは即座に宿を選択し、まずは部屋を取る。
そして二階の一室に荷物を置いた後に、食事を頂くことにした。
一階は、木造りテーブルが
わたしは、ハンバーグ定食を注文していた。
「じゃー、明日は食料の買い出しした後に、村の出口で合流ね」
料理を待っている間、明日の予定を立てておく。
リリウェルはわたしと同じメニューを頼み、ついでにハーピーの分である焼き魚定食もオーダーしていた。
マリアは、椅子に座って足をぶらぶらさせているわたしに、白のナプキンを膝にかけてくれて、立派な保護者のような立ち回りをみせている。
「夜中、お腹が空いたら私たちの部屋にいらしてください。ハーピーさんに、そう伝えておいてくださいね」
マリアは、一人村の外で待機しているハーピーを思いやって、リリウェルに
わたしはテーブルの下で、マリアの手を握って、彼女の温かさを満喫する。足だって絡めたりして、わたしたちはいつでもどこでもラブラブだ。
リリウェルも、マリアの聖母っぷりを目の当たりにして、心が洗われているような
食事は、さほど待たずに運ばれてきた。お昼時なので
マリアとわたしは
「――この先の谷底に、モンスターが出たって話、聞いた?」
「聞いた聞いた。こんなときに、勇者さまがいてくれたらねぇ……」
聞き耳を立てていたのはわたしだけではなく、リリウェルもそうだった。
モンスターって単語を耳にしたからには、もしかしてハーピーが見つかったのかな、って
わたしが勇者だよ、って言って飛び出て村民たちを安心させてもいいのだけれど。それが勇者の務めだし。でも、もうちょっと情報は欲しかった。民をぬか喜びさせるわけにもいかないしね。
リリウェルもそれに感づいたのか、わたしに目配せしてくる。
「今夜あたり、サフランと一緒に谷底のほうを見てみるよ。あたしたちと対話可能な相手かもしれないしね」
モンスター……つまるところ、魔族のリリウェルにならば、コミュニケーションがとれるかもしれない。わたしは
「気をつけてくださいね、お二人とも……」
マリアも、不安げに
勇者のわたしがいるから、危険はないはずだけど……。
モンスターというからには、どんな相手かもわからないし。緊張感が漂う一泊となりそうだ。
******
「マリア、そんなに心配なの?」
水が
わたしは、マリアの背に抱きつきながら、彼女の耳元で
温かい。
肌と肌が合わさった状態。マリアの背は、水滴を
わたしたちはシャワーを浴びている最中。
マリアは普段よりも口数が少なく、見るからに不安そう。
だからわたしは、後ろからハグしているんだけど、なかなかにマリアを癒やしきれない。
わたしは、マリアのお腹らへんに両腕を巻きつけて、手のひらで
「少しだけ心配です……。だって、もしも危ない魔物が見つかったら、今夜はエステル、行ってしまうのでしょう?」
「ん……。まあ、必要だったら退治にいかないといけないけど。大丈夫だよ、すぐに終わらせてくるから」
どうやらマリアは、わたしと離れ離れになるのが怖いらしい。マリアらしい悩みだ。
でも、それも責めることはできない。
だって、今はもう
「エステルは勇者さまになってから、危険なことばっかり……。私も、エステルのお手伝いを何かできればよかったのに……」
マリアを戦いの場に連れて行ったら、こっちが心配でたまらなくなるよ。って言おうとして、ああ、今のマリアはこんな気持ちだったのか、って理解した。
マリアのうなじにキスをする。この状況でも、ぴくって反応しちゃうマリアが可愛い。
えっちをすれば、
でも、リリウェルたちがいつ、報告に戻ってくるかもわからないし。
一番は、元凶を断つことだ……。
だからわたしは、お風呂でのイチャイチャに留めておくことにした。
マリアだって、えっちに集中できるような精神面ではないようだったし。
室内に戻って、ベッドに座る。やはり、会話は最小限。
部屋には月明かりが忍び込んでいて、床を青白く浮かび上がらせていた。
その明かりを取り込んでくれている窓が、コンコンとノックされる。
ここは二階なので、常人ならば驚くかもしれないけれど、わたしたちには誰が
そっと窓を開くと、宙に浮かんでいるハーピーと、彼女の背に乗っているリリウェルがいた。
「どーだった……?」
わたしは開口一番、
「んー……ちょっとまずいかもしんないわね」
リリウェルは、口に出すのも
「何がまずいんだよ」
「……ドラゴンがいたのよ」
「はっ!?」
わたしの驚きは、叫びとなって
窓が開け放たれている夜間の今、周囲に聞かれてしまってもおかしくはない声量だ。けど、配慮なんて忘れるくらいの衝撃がリリの言葉にはあったのだ。
ドラゴン。
それこそ、絵本の中にしか存在しないと思っていた生物。まさか実在して、しかも人里近くに現れるなんて。いやまあ。リリウェルとかハーピーも実際に存在しているのだから、ありえない話でもないけど。
けれどドラゴンの
魔族の偉い立場にいるというリリウェルですら、現状に
が、わたしは勇者だ。
ドラゴンくらい、やっつけられる。
「で、そいつは暴れそうだったの? けっこう近くにいるってことなんでしょ?」
「んー。眠っていただけだから、わかんない。下手に起こして暴れられても困るから、ひとまず戻ってきたけど……。意思疎通ができるかは、試しておきたいかもね」
「そもそもさ、魔族とドラゴンって、コミュニケーションとれるの?」
「うん。ドラゴンって知能は高いからね。ただ、あいつらは魔族も人間も毛嫌いしているからねー。機嫌が悪い時なんかは、暴れちゃうかもしれないのよね」
それがリリウェルの
まあ、暴れてしまうのならば、止めるのは勇者の役目でしょ。たぶん。
「じゃあ、わたしが行ってなんとかしないと、か。ってゆーか、なんでドラゴンなんかがこんなところに? 歴史上で、人間が目撃した、って話は誰からも聞いたことなんてないけど」
「う~ん。それが、わかんないのよねえ。ドラゴンって、ひっそりと暮らしている生き物だし。魔族から見たって、出会ったことがある人なんて何百年も生きているやつくらいよ」
知識が無駄に豊富なリリウェルでさえ、わからないらしい。だからこそ、コミュニケーションをとりたいようだが、リスクもある。そこに悩みが発生しているようだ。
「ま、わたしが行くから。護衛は任せてよ、代わりに話とかはリリがしてよね。ってことで。今すぐ行こ。見失っても困るしね」
わたしが
夜風が漂ってくると、リリのピンク髪がゆらゆらと揺れる。ハーピーの背に乗った彼女は、髪と上体を中空に泳がせつつ、長らく思案していた。
「大真面目な話、勇者ちゃんの安全はほんっとーに保証できないよ?」
「いやいや。何を言ってるの。わたし、勇者だよ? 安全とかどーとかの前に、ドラゴンくらいよゆーだし」
まったく。みんながみんな、わたしを見た目だけで判別しようとするんだから。
といっても、わたしだってドラゴンと剣を
だけど。負ける気はまったくといっていいほど、しなかった。
それが女神さまにより力を授けられしものの自信だ。
「なーんか、勇者っぽくはないのよねえ、勇者ちゃんって。ほんとに大丈夫なのかしら」
「そうですよ、エステル……。ドラゴンだなんて……軍隊とかに任せてもよいのではないですか?」
マリアも、リリの助力を得たといわんばかりに、彼女に加勢する。
わたしの本気の力、そろそろみんなに見せたほうがいいのかもしれない。だって、これまで女神の力を
それに、わたしの全力を
「じゃ、マリアもおいでよ。わたしが全部守ったげる。ただし、わたしの力に驚いても知らないからね?」
月光に照らされたマリアの顔は、赤面していた。
おそらく、わたしが
リリウェルは疑いの眼差しを継続させていたが、彼女には口で何を言っても無駄っぽいし。ドラゴンとの戦いを見せたほうが手っ取り早い。
マリアには
ちなみに、ただの少女であったわたしは、剣の修練なんてしたこともなかったけれど、勇者になってからは自在に操れるようになっている。身体能力が
「よしっ。リリ、案内よろしく。マリアはわたしが連れてくからね。んしょっと」
「きゃぁ」
マリアが可愛らしい悲鳴をあげた理由は、わたしが急に彼女をお姫様抱っこしたからだ。ひょいっと軽々しくマリアを抱えたまま、わたしは窓の
「マリア、ちょっとだけ我慢してね」
「えっ?」
わたしが二階から飛び降りたのだ。
風を切り、地面がみるみるうちに迫ってくる。
わたしは、猫のように軽やかに大地に着地した。マリアに衝撃はいっていないはずだ。が。マリアはまるで自分が二階から突き落とされたかのように目を回していた。いきなりだったので、ちょっと驚かせすぎちゃったかもしれない。
「……う~ん、見た目からは想像できない力強さねえ」
リリも、やっとこさわたしの強さの
それから、わたしはリリに先導してもらい、マリアをお姫様抱っこしたまま、村の外へと出ていく。
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