第6話
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「はぁ……」
わたしは行きつけの酒場にて、これまたいつものように
本日のそれは、パトロールが面倒で出た
「あらあら、勇者ちゃん、どうしたの? 彼女さんと
わたしの精神
まあ、わたしも別にその行為は嫌ではないんだけどね。
「いや、そういうのじゃないんだけどさ……。はぁ……」
わたしの煮え切らない態度に、お姉さんたちは顔を見合わせて肩を
だけど、しかたないじゃん。女の子同士で赤ちゃんを欲しがっているマリアに、真実を告げなければならないのって、気が引ける。こんなことを相談しようものなら、笑われるに決まってるし。
けどね、わたしはマリアを悲しませたくないから、毎日毎日困っているのだ。
「えっちがマンネリ化でもしているの? たまには、他の女の子としてみるのもいいんじゃない?」
わたしにはマリアという最愛の妻がいるにもかかわらず、毎度のことながらドキドキとさせられちゃうよ。
わたしは幼い頃からマリアを間近で見てきたせいもあり、女性しか好みに入らないのである。だって、そうでしょ。あんなに優しくて美人な歳上の女性が身近にいたなら、ドキドキするに決まっている。自然と、好みになってしまうものだ。
だから、わたしは、どっちかといえば同年代や年下よりも、綺麗なお姉さんたちのほうに目がない。無論、女の子ならば全員歓迎ではあるけども。
マリアも、そんなわたしの好みを把握しているからこそ、毎日わたしに釘を差してくるんだろうけど。
「そんなんじゃないってば。マリアはわたしがするなら何でも喜んでくれるよ」
「ん~、じゃあ浮気が心配とか? ほらほら、旦那がお仕事中に……って話はよくあるじゃない?」
「な! マリアに限ってそんなこと……!」
わたしはテーブルをばんっと叩いて、勢いよく上体を立ち上がらせた。
興奮に鼻息を荒くするわたしを、お姉さんたちが、まあまあといって
「浮気で妊娠しちゃうとかって話もあるけど、女の子同士なら、そんなことないわよね~」
と、
マリアは、ただ単にわたしとの子どもが欲しいだけだ。浮気していた
なので、自宅に他人の、それも異性の匂いが混ざっていたら、どれだけ隠そうとしても無駄なことなのである。
しかも、マリアが他人に触れた形跡も一切ないし。そもそも、マリアはわたし以外を好きになるはずがない。
でも。もやもやと考え事をしていると不安になっちゃうし、やっぱりマリアには打ち明けたほうがいいのかもしれない。女の子同士では赤ちゃんはデキないよ、って。
「まったく、みんなはマリアに会ったことないから、そんなこと言えるんだよ。マリアを見れば、浮気なんて絶対にしないって信じられるよ。ほら、これとかさ」
わたしが上着の首元をはだけさせると、そこには虫刺されのような後が
毎朝、マリアに吸い付かれてしまっている証だ。マリアの独占欲は、かなり強め。まあ、それはわたしもなので、やっぱり似たものふーふなんだなあ、って改めて感じる。
「あらあら、だいぶお盛んねえ。勇者ちゃんは15歳なのに、ほんとえっちなんだから」
酒場のお姉さんたちですら
わたしはようやく興奮が収まってきて、おとなしく椅子に座り直ろうとして――そこに電気でも走っていたかのように、お尻が飛び跳ねた。
お姉さんたちが
マリアの助けを呼ぶ声が聞こえたのだ。
それは、耳に届いたわけではない。わたしの心が感じ取った、マリアの
マリアが特殊な能力を持っているとかではなく、勇者のわたしだから感じ取れる、最愛の人の危機。一秒すらも惜しい。
「ごめん、急用! 急いで帰らないと!」
わたしの別れの挨拶は、後方に置き去りだ。
言葉を発した頃には、すでに酒場の入り口を駆け抜けていた。これが勇者のスピードである。
わたしが弾丸よろしく飛び出したことにより発生した
風景が、コマ送りのように変わっていく。
わたしはものの数秒で、自宅にまで帰還していた。
「マリアっ! 何かあったの!?」
新築の扉が壊れてしまうかと思うくらいに、荒々しく開ける。
「え、エステルぅ……。来てくれたのですね……」
すぐそこにいたのは、リビング前の扉でへたり込んでいる涙目のマリアだった。
いったい何があったのか、病人のように顔を青白くさせ、かわいそうなほど震えている。
ただ、外傷は見当たらないし、人の匂いがするわけでもないので、マリアに危害があったわけではないようだ。まあ。勇者のわたしならば、例えマリアとどれだけ距離が離れていようが、暴行される前に帰れるけどね。
「もちろんだよ。マリアの心の叫び、ちゃんと聞こえたから。それで、どうしたの?」
わたしはマリアの
すると、お姉さんのマリアが、15歳のわたしに、甘えるようにしがみついてきた。たまには逆転するのも、いいものである。
「あ、あの……。台所に……」
マリアは
わたしはそっと
泥棒とか、野獣とかの気配はないし。マリアは、何に怖がっているのだろうか。
マリアは一人で残るのも不安なのか、ビクビクとしながらわたしの背にしがみついている。わたしと一緒にいたほうが確実に安全なので、その選択は正しい。
リビングの扉を開け、台所に侵入する瞬間――マリアが、
「わたしがいれば大丈夫だから、怖がらないで、マリア」
「気をつけてください……エステル。は、速いので……」
「速い?」
わたしはますます
わたしはマリアを落ち着かせるために
首をキョロキョロと
どうやらマリアはキッチン周りのお掃除
しかし、いくら見渡してみても、危機は感じ取れない。わたしは、何をどう対処すればいいのだろうか。途方に暮れていると、マリアがわたしの背中から顔を出した。
「そこの後ろに……」
彼女はおずおずと、わたしの背後から指を突き出してくる。指し示しているのは、食器棚だ。
「んー? どれどれ……って、うわ!」
「きゃあ!」
わたしが驚いて声をあげてしまったものだから、マリアは目の前に落雷でも起きたのかってくらいの悲鳴を
棚の裏に
黒くて、すばしっこいやつ。
なるほど、マリアが怯えてしまうのも無理はない。
が、わたしとて15歳の女の子。あのフォルムだけは、どうにも苦手だ。
しかし、わたしは勇者である上に、マリアのお嫁さん!
魔物退治だと思えば、ど、ど、ど、どうってことはないよね。
わたしは腕をまくって、叩くための
「下がってて、マリア。すぐに片付けてくるから」
「エステル……。勇者さまなだけあって、かっこいいです……♡ けっして、無茶はしないでくださいね……」
マリアは、まるで
彼女をリビングのソファに預けてから、わたしは決戦に踏み込んだ。
たしかに、虫はすばしっこい。けれど、わたしの動体視力はそれを
壁をカサカサと這いずっている
わたしはヤツの
「マリア。終わったよ。にしても、驚いちゃったよ。マリアの叫び、かなり
わたしがリビングに戻って戦果を伝えると、マリアもようやく口元を
そして、わたしに抱きついてくる。今日はとことん、甘えたがりのマリアだ。
「ごめんなさい、あなた……。お仕事中だったんですよね? でも……私、怖くって。叫んでしまいました……」
昔っからお姉さんとして、わたしを導いてくれていたマリア。聖母と見間違いそうな彼女も、れっきとした普通の女の子である。虫を見ただけで気を失ってしまうそうだ。
わたしも幼い頃から、そんなマリアを見てきたわけだけど。今までは実家暮らしってこともあってか、お父さんお母さんが対処してくれていた。
現在はわたしと二人暮らし。マリアは虫に一人で相対してしまったために、絶叫してしまったのだ。
「そんなところも可愛いよ、マリア。でも、よかったよ。マリアの助けを呼ぶ声、しっかり聞き取れたから。今後も何かあったら呼んでよね」
「はい。エステル、とっても頼もしかったです。子どもの頃は、犬を見ては泣いていたのに、エステルも大きくなりましたね♡」
マリアは過去を思い
いつの時代の話だよ、って突っ込みたくなった。幼少の頃の恥ずかしい思い出なんて、こそばゆくなるだけだ。
「マリアだって、おばけは怖がってたじゃん。今だって、夜にトイレ一人で行けないし」
「え、エステルがおトイレについてきたがるだけです!」
「マリアを思ってのことなんだけどなあ」
マリアは、もう、って一言吐いてから立ち上がる。台所の後始末にとりかかるつもりのようだ。
わたしは、
にしても、今のやり取りを見てもはっきりした。マリアは絶対に浮気なんてしないんだろうな、って。胸を張って言えるよね。
マリアがお掃除に向かってしまったため、わたしはリビングでぼーっとしようかなあと思ってソファに身を預けたところ。視線の先のテーブルに、違和感を覚えた。
そこには、家庭の風景に溶け込むようにして、紙袋が置いてある。
それ自体は、ノイズにならないはずなんだけど。けどね、わたしはそう思わなかった。
なぜなら、マリアは一人では外出しないように言いつけてあるし。じゃあ、どこからこの紙袋を仕入れてきたのか、と疑問に感じたのだ。
まさか、誰かと会っていたってこと?
でも、マリアからは他人の匂いはしなかったし……。
心にもやもやを抱えたままっていうのは、精神衛生上よろしくないね。だからわたしは、マリアに直球に聞いてみることにした。
「ねぇマリア。これ、どうしたの?」
マリアは虫という
わたしが
「ああ、これは、差し入れをもらったんですよ。ほら、エステルも知っている方です、実家にいたときにご近所にいた……」
マリアが片指を立てて説明しているのを聞き、わたしは脳内が急激に火山の活動期に入ったみたいに燃え盛った。
「マリア! わたし、言っておいたよね!? 誰も家にあげちゃダメだって!」
マリアの説明を
するとマリアは、わたしがどうして怒り狂っているのかわからないようで、ぽかんとしていた。
「でも、エステルも知っている女の人ですよ? エメラさんっていたでしょ? それに、家にあげたわけではないですし……」
「ばかばか、マリアのばかっ! どうしてわたしがいないときに、他の人と会っているの! も、もしや浮気してたんじゃ……!」
わかってる。マリアが本気で浮気をしてたんじゃないっていうのはね。でもね、自分を
だって、家にあげるな、って言っておいたのに。わたしが知らない間に、誰かと
「どうしてそんなこと言うんです、エステル! 私は……エステル以外とは誰とも
マリアは悲しげに目を伏せて、影が落ちたように表情を
マリアを悲しませたいわけじゃない。でも。独占欲の強いわたしは、マリアが誰かと会っていたのを隠していたことが、許せないのだ。
「だって、だって。マリアは誰よりも美人だから。マリアは誰にだって狙われちゃうのに。不用心すぎる。だから忠告してたのに、他の人に会っちゃうなんて、浮気を疑っちゃうじゃん」
「それならエステルだってそうじゃないですか! エステルだって可愛いから狙われちゃうのに……。それに、毎日、女の人の匂いをつけて帰ってくるし……」
自分の心臓が胸を突き破って出てきたのかと思った。
それくらいドキッとした理由は、わたしが酒場に通い詰めていたこと、マリアには
反面、わたしは、マリアが何もしていなかったというのに怒り狂ってしまっている。
でもね、だからといって、わたしも、はいごめんなさい、って引き下がれなかった。だってわたしは子どもだし。マリアが素直に一言謝罪してくれないことも、
「わ、わたしは女の人と会っていたけど、何もしていないし、勇者としてしかたなかったの……。でも、マリアはわたしとの約束を破ったし、これからも誰かとこっそり会っちゃうかもしれないじゃん」
「私はエステルだけしか愛していませんし、約束を破ったつもりもありません。エステルも知っている方だし、家にあげたわけじゃないし、軽く挨拶しただけですし……。わかってくれないのなら、エステルなんてもう知りません……!」
マリアは、生まれてはじめて、本気で
わたしの心臓は、もうズキズキとしっぱなし。マリアに嫌われてしまったと思い至った瞬間、
言い争いみたいなことは、結婚してからちょっとはあったけど。喧嘩らしい喧嘩っていうのはなかった。それも、今しているのは、
わたしは焦ってはいたけれど、すぐに謝罪できるようなメンタルでもなかった。
だって、マリアだって、ちょっとは謝ってくれてもいいじゃん、ってまだ引きずっているし。
だけど、マリアが実家に帰ります、って言い出すのも怖かった。
だからわたしは、マリアを引き止めたい、っていう意志を込めて彼女に後ろから抱きついた。
「マリア、怒ったの……? わたしのこと、いらなくなっちゃったの?」
「……馬鹿なこと言わないでください。でも、エステルももう少し私のこと考えてください。だから……今日のお夕飯は、エステルの大好きなタコさんウインナーは抜きです」
わたしはホッとしたと同時、床にずっこけそうになった。
マリア、怒ってはいるみたいだけど、
「ねぇ、マリア……。わたしだって、マリアのこと考えてるし、愛してるよ。でも、マリアもわたしがちょっとのことで
マリアを怒らせてしまったことで、わたしの頭も
するとマリアも、それが心底嬉しかったのか、わたしに向き直ってくれる。表情は、ほんのりと笑みが浮かんでいた。
マリアは怒っている顔も綺麗だけど、やっぱり笑顔が一番だ。
「私のほうこそ、ごめんなさい。エステルに信用してもらえてないと思ったら、少し怒ってしまいました。今度からは気をつけるので、エステルも浮気とか言わないでください」
正面から向き合ったわたしたちは、ギュッと抱きしめ合う。
マリアのエプロンの下に隠された豊満な胸に、わたしは埋もれた。いい匂いがする。柔らかい。ここが、わたしのもっとも安らげる場所だ。
「うん。ごめんね、マリア。好きだよ」
「ふふ、私もエステルのこと、愛していますよ。よしよし、じゃあ今晩もウィンナー、準備しないとですね♡」
マリアってば、すぐに機嫌戻ってくれてよかったよ。
わたしとマリアは、喧嘩はするようになったけれど、仲直りも爆速。そして、仲直りした後のえっちは、決まって激しいのだ。
結婚してから、わたしの生活は
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