女勇者と幼馴染のお姉さんがイチャイチャする百合のお話

百合厨

第1話

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序章


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「マリアにさわるな!!!」


 わたし"エステル・ブランツェ"は幼い頃から、狂犬だった。


 自分より年齢が8つも離れた幼馴染おさななじみのお姉さん、マリアを独り占めするために、毎日毎日、誰彼だれかれ構わずえかかっていたのだ。

 過去のわたしは、マリアに近づくもの全員に対して牙をむき出しにしている日々だった。いやまあ、今もなんだけど。


 とはいえ。

 当時は5~6歳の女の子がキャンキャンわめいているだけなので、周囲から見たら狂犬というよりも子犬だったのだろうけど。


 だが子犬だろうがなんだろうが、やかましいことこの上ない駄犬が四六時中マリアのそばにいるものだから、結果的にマリアには誰も寄り付くことがなかった。

 例えそれがマリアの父親であろうと。

 わたしは、マリアに男性が触れないように見張っていたのである。


「あらあら、エステル。今日も私を守ってくれて、ありがとうございます」


 正直なところ、頭にげんこつでももらってもおかしくないほど、ませたガキだったわたしだったけど。


 マリアは、わたしのことをとことん甘やかし、全肯定こうていしてくれる。


 歳が8つ上のマリア。

 わたしが物心ものごころつく頃には、すでに大人の女性っぽく身体が変化していっていて。

 幼ながらに、わたしはマリアに欲情していたのである。


 ゆるやかにウェーブをえがく、金色の髪。

 聖母を具現ぐげん化したかのような、たおやかで美しい顔。

 それから、何ものでも包み込めるかのような、大きな胸。

 そして、まるで芳香剤ほうこうざいかのような、甘美かんびなる吐息。


 彼女の全てが、わたしを引きつけて離さないのだ。


 わたしの家はちょっと特殊で。

 うちの両親は、わたしが赤ん坊の頃に魔物に惨殺ざんさつされたらしい。

 なので、家が隣であるマリア一家が、わたしを引き取って育ててくれた。


 そんなわけで幼少の頃から、マリアは実の姉のようにわたしへと接してくれていた。

 寝るときも、お風呂だって一緒。

 大人のお姉さんのマリアと、毎日毎日、裸の付き合いをしていたものだから、わたしがお姉さん好きになるのも必然だった。


「ねぇマリア……。大人になったら、わたしと結婚して……?」


 マセガキだったわたしは、マリアを独占したい想いが臨界点りんかいてんを突破して……告白までしていた。

 でもね、当時からマリアへの想いは一途いちずで。今の愛欲となんら遜色そんしょくなかった。

 だって、5~6歳でプロポーズをしたとはいってもさ、心臓は飛び出そうなほどドキドキしていたし。顔面真っ赤だった。愛する人へ想いを告げるのって、年齢は関係なしに緊張するんだな、ってその時に知った。わたし、さとりを開くの早すぎ。


「エステルが私のお嫁さんになってくれるんですか? うふふ、約束しますよ、嬉しいです」


 マリアは笑みを崩さず、にこやかに申し出を受け入れてくれた。

 でもそれは彼女が優しいからであって……わたしのことを本気で愛してはいないんだろうな、とか思っていた。

 だって、いつもマリアはわたしの我儘わがままを聞いてくれていたのだから。わたしを拒否することなんて、何一つなかった。

 今回だって、マリアの優しさにつけ込んだだけだし、流されているだけなんだろうな、って思ったんだ。


 だからわたしは、定期的にマリアへ想いを打ち明けていたのだけど……。


「ねぇ、マリア。大好きだよ」


 今朝も、言った台詞せりふだ。

 わたしだってもう15歳。

 "女性"として、意識してもらえる年齢にはなっているはず。

 

 わたしは体型が貧相なので、大人たちからはいまだ少女扱いではあるし……マリアだって、いつもと変わらず妹としてしか見てくれない。

 十年近くも想いを伝えていたにもかかわらず、マリアはいつだって、返答は一緒だ。


「ふふ、エステルはいつも可愛いこと言ってくれますね。私もエステルのこと、大好きですよ?」


 今日もマリアは、ふわふわくるくるっとした金髪を揺らして、上品に微笑ほほえんでくれる。

 でもマリアのニュアンスは……このおかずが大好きですよ、みたいなもので……きっと、わたしの"好き"とは違いがあるんだろうなあ。


 だってマリアは、辺境へんきょうのど田舎の村のなかではとびきりの美人で。村中の誰からも好かれるような人柄ひとがらで。

 わたしが番犬をしていなかったら、毎日のように求婚されていただろう。


 だからわたしは、必死だった。

 絶対にマリアをとつがせるものかと、15歳になった今でもお布団は一緒だし、お風呂だって何が何でも一人にさせなかった。

 

 マリアの実家は軽食屋をいとなんでいて、マリアは看板娘のような存在になるはずだったのに。マリアは裏方の仕事にてっしていて、わたしもそれを手伝ってばかりだった。

 きっと、マリアの両親――わたしにとっても、本物の親のような存在だ――も、マリアを表に出すと、わたしが泣き叫んでわずらわしいので、マリアを人目につけさせなかったのだろう。


「エステルは今日、広場に行きますよね? エステルが行くなら、私も一緒に行きますからね」


 わたしがマリアを縛り付けていたために、彼女の行動もわたしにいちいち許可をとってくることが多かった。

 だから安心して、マリアとそばにいられた。だって、マリアは嫌がる顔ひとつしないから。


 今日だってそうだ。

 田舎にしては一大イベントがある日。マリアは特におめかしした風もなく、小首をかしげて問いかけてくる。マリアはお化粧けしょうをしなくっても、村で誰よりも美人だ。いや。おそらく、範囲を世界に広げたとしてもトップクラスの美女だろう。


 わたしは自分の部屋のクローゼットの前で、そのとびきりの容姿を持つマリアと朝のひとときを過ごしていた。


「正直さ、わたしには関係ないことだし、外行くのも面倒くさいんだよね」


 ものぐさで、面倒くさがりなわたしは、外に出ることを嫌う性格だ。どうせ家にいたほうがマリアと一緒にいられるし。

 ということで。本日、ユミル歴3864年、勇者が選定される日でさえ、わたしは外出するのをしぶっていた。


「あらあら、エステルったら。では、今日も着せ替えでもして遊びますか?」


 わたしは飲んでいた紅茶を吹き出しそうになった。

 マリアってば、おままごとでもしますか? みたいなニュアンスで聞いてくるんだもん。いつまでっても、わたしは子ども扱いなんだよね。

 マリアがそんなんだから、わたしは"女性"として見てもらえないことが確定してしまって、気持ちが沈んでしまうのに。


 わたしのネガティブな思考など気づかないマリアは、いとしげに微笑ほほえんでいるときたものだ。


 23歳の大人のお姉さんが着せ替えでお遊びなんて、保母さんとかも似合いそうだよね。でもね、マリアは絶対に他の人には渡さないんだ。

 けど。23歳っていえば、もう母親になっている女の人も多いし。

 もしかしたら、マリアの幸せを奪っているのはわたしなのかもしれない。って落ち込むときもある。でもね、今でもマリアは嬉しそうに笑ってくれるので、彼女に甘えてしまうのだ。


 ま、着せ替えっていっても、マリアのお気に入りの服を着せられるのはいつもわたしだし、それを面白がっているのもマリアなんだけどね……。


「マリアに付き合ってあげたいのはやまやまだけど、お母さんに呼ばれてるし。たまには外に行くよ」


「では、お外用の服を見繕みつくろってあげますからね。エステルにお似合いの、可愛いやつを♡」


 結局、ごっこ遊びよろしく、マリアが選んでくれた服を着せられてしまうわたしなのであった。





******



 辺境の村ウルカは、住人数も大して多くはない。

 そのど田舎村の中央広場には、全村人が集合しているのかってくらい人がひしめいていた。


 わたしとマリアは、はぐれないように手を繋いでいる。指をからめあった、いわゆる"恋人繋ぎ"なんだけど、マリアはきっと、この繋ぎ方の意味を理解していないのだろう。


 マリアは常にぼんやりとしているし、恋愛にだって無頓着むとんちゃく

 わたしが番犬をするまでもなく、マリアに色恋沙汰いろこいざたの経験はないのだった。まあ、わたしがマリアの時間を独占していた、っていうのも理由のひとつではあるだろうけれど。


「ほら、エステル? 迷子にならないように、もっとくっついていましょうね」


 マリアはさらにわたしと密着してきて、ぎゅうぎゅう詰めの人混みの中、肩も触れ合っている。

 わたしよりも背丈が高いマリアのフローラルな吐息が耳元を通り過ぎて、脳内がお花畑にでもなってしまったのかと思った。


 マリアとの密接感は、わたしをこの上なくドキドキとさせる。

 だって、こんなの。まるっきりデートと一緒だし。

 わたしだけが嫌というほど緊張しているの、不公平だ。マリアも、もっとわたしに対して恋する乙女の瞳を向けてくれてもいいのに。


 けれどマリアは、わたしを童女のように扱い、護ってくれるかのように人波を分けていった。


 マリアのこと、守るのはわたしの役目なのになあ。

 でも。

 わたしは……背は小柄で、非力で、頭だって特別良いわけでもなく、身体だって胸はふくらみかけの貧相さで、スポーツだって得意なわけでもない。平凡で地味な女の子のわたしは、マリアを守り続けることだって難しいのかもしれなかった。

 数少ないわたしのといえば、可愛いという容姿だけだ。……いや、それも、マリアが可愛い可愛い言ってくれるからであって、客観的に見たらどれほど可愛いのかもわからないけれどね。


 周囲から見れば、マリアは結婚するべき年齢。

 わたしは……マリアを生涯しょうがい守り切ることができるのだろうか。

 胸を張って"一生守る!"と言い切れる力を持っていない自分がうらめしかった。ううん。気持ちだけは絶対的な自信があることが、悔しさを増長させるのだ。


「お母さんたち、見つかりませんね。エステル、たくさん歩いて疲れていませんか?」


「もう、子どもじゃないんだし、これくらい平気だよ。でも、人がいっぱいいるところは苦手だから、この辺で見ていよっか」


 人だかりが苦手なのは、空気がごみごみしているのもそうなんだけど。マリアの豊満な肢体したいに触れようとする不届きものがいるかもしれないので、その危惧きぐが多数の割合を占めていた。


 わたしたちは集団からそっと離れて、広場すみの木陰にて空を見守る。


 本日は、勇者が選定される日。

 女神ユミルが天から現れ、全世界の人間の中から一人に勇者の力をさずけるという大仰おおぎょうなイベントだった。


 勇者は数百年に一度、誕生する。

 悪しきものと戦うために、幾度となく繰り返されてきた歴史だ。


 だけど、わたしとマリアは他人事で、こんなもよおし早く終わらないかなあ、って退屈そうにしていた。

 そもそも、どういう基準で勇者が選ばれるのかなんて、女神さまにしかわからないし。

 全世界でたった一人という確率なのだから、誰しもが無関心だった。

 村人たちは、ただお祭り騒ぎがしたいだけ。

 人間なんて、そんなもんである。


「エステル、今日のお夕飯は何が食べたいです? ああ、それとも、一緒にお買い物でもしながら決めましょうか」


 マリアだって、のんきにお祭りが終わった後の話をしているときたものだ。


「じゃあマリアと一緒に買い物行きたい」


「ふふっ、約束ですよ?」


 マリアは、たった一つの幸せを見つけたかのような極上の笑みを浮かべる。

 わたしとお買い物に行くだけだというのに、まるで高級料理屋を予約したのかと思わせるほどの喜び方だ。わたしがマリアに笑顔を与えているという事実が、胸をたかぶらせる。

 わたしも彼女と同じように、ニコニコとしてしまっていた。

 幸せ、って伝染するんだよね。

 わたしはマリアさえそばにいれば、他には何もいらないのかもしれない。

 ううん……。わたしは欲張りだから、マリアの愛も、欲しい……。


 わたしが一人煩悶はんもんとしていると、空が急激に光を帯び始めた。

 雲の間から後光ごこうが差すようにして、輝くカーテンのようなものがそそいでくる。それはゆっくりゆっくり、地上に向かって下降していた。


 喧騒けんそうに包まれていた人々は一様いちように静まり返って、呆然ぼうぜんと光のすじを見つめている。

 わたしとマリアも、ぼんやりと上空を眺めていた。

 

 光がこっちに近づいてきているなあ、なんてどーでもいいことを思い浮かべていると。

 まるで、スポットライトが当てられたかのようにして、わたしに光が浴びせられた。


『勇者エステルよ。今この時から、あなたに女神の力を授けます。選ばれし勇者に、光あらんことを……』


 え。


 時が止まった。


 広場にいる全員は呼吸すらも忘れてしまったのか、物音一つ立てず。

 硬直した人々が向ける視線の先にいるわたしは。全身から、光のオーラがほとばしっていた。


 かたわらにたたずむマリアも、驚愕きょうがくに目を見開き、わたしを見つめたまま動かない。


 神託しんたくはそれだけだった。

 女神ユミルはその一言だけを残すと、天は元通り、ただの青空に戻っていた。


 それと同時、わたしを包んでいた光も収束しゅうそくする。


「え、エステル……?」


 時を動かしたのは、マリアの声だった。

 マリアはべにを引いていない薄桃色うすももいろの唇を震わせ、わたしに手を差し伸べようとするが……熱々のやかんにでも触れたみたいにして、手を引っ込めてしまう。


 そこでわたしは、二重のショックを受けた。


 自分が"勇者"に選ばれ、日常が崩れ去っていく感覚と。

 マリアが、わたしに気軽に触れてくれなくなってしまった事実。


 その二つが同時にわたしに襲いかかり、自分が今、地に足をつけているのかもわからなくなりそうだった。


 けれど。

 周りは、わたしの気分なんて配慮はいりょしてくれなくって。


 ウルカ村に勇者が誕生したことを祝って、わたしはまつり上げられた。

 本日は、わたしが主役となって、夜遅くまでうたげが開かれたのだ。


 村中大騒ぎの中、わたしとマリアだけが大衆に取り残されてしまったかのように静かで。

 二人は頃合いを見計みはからって、村人の目を盗んで、お祭りから抜け出した。主役がいないことなんて、村民にはどうでもいいことだったのだ。結局は、めでたいことで騒げればいいのだから。


 無言で帰宅して、わたしの部屋でマリアと座り込む。


 夜も過ぎた時間だというのに、室内の明かりもともさず、流れ出るのもかすかな呼吸音だけ。窓から入ってくる青白い月明かりだけが、わたしたちの世界の全てだった。

 何をしゃべっていいのかも、わからない。


 大好きなマリアが隣にいるはずなのに。

 どうしてこんなにも、いつも、と違うのだろうか。今朝、交わしていた会話すらも、別世界の出来事のようだ。

 わたしが勇者になったから?

 それだけで、マリアは幸せそうに笑ってくれないの?


 マリアを守れる力を授かったはずなのに、なぜかマリアが遠く離れたような気がして、わたしの胸はきゅっと締め付けられた。


「エステル……。今日はお買い物、行けませんでしたね……」


 口火を切ったのはマリアだった。

 彼女はどうにか微笑ほほえもうとしたようだけど、無理して笑顔を浮かべたのか、苦しげな吐息のおまけつきだ。


 暗いので表情が見えるわけではない。でも。マリアがどんな顔をしているかなんて、彼女の口調だけでわかってしまう。


「また明日、一緒に行けばいいじゃん」


 わたしもつとめて平静へいせいよそおったけれど、恐ろしく抑揚よくようがない声だと自覚していた。

 自分が勇者になったことで、マリアに拒否されるのではないかと思ったら、気が気ではなかったのだ。そもそも、自分の内に眠る力にも不安があり、わたしも自身が怖かった。


「エステルは……明日も私と一緒にいてくれるんですか?」


 きらりと何かが反射して見えた。

 月光がきらめかせたのは、マリアの目元だ。彼女は瞳を濡らし、悲しんでいる姿だというのに官能的な美しさも誇っていた。

 マリアの顔は月明かりでほのかに浮かび上がる程度なので、全容が見えたわけではないけれど。

 わたしはマリアに魅入みいってしまうのだ。


 でも、愛しの人を泣かせてしまったのが自分だと思い至ると、覚悟のようなものが生まれる。

 わたしは"勇者"になったんだ。

 かけがえのない人を泣かせていてはいけない。


 勇者としての勇気を持ってして、わたしはマリアに語りかけた。


「明日といわず……一生、わたしと一緒にいてよ。それとも……マリアは、勇者になっちゃったわたしは、嫌?」


 うつむいていたマリアは、そっとおもてをあげる。

 マリアのかなでる衣擦きぬずれ音は、それだけで名盤のような美しさがあった。


「そんなわけありません。……私、不安になってしまって……。でも、エステルはやっぱり優しいエステルのままでしたね。勝手に不安になっちゃって、ごめんなさい」


「ううん、わたしだって不安だったし、それはいいよ。でも……マリアは何が不安だったの? わたしが勇者になっちゃったから、怖くなっちゃったの?」


「えっと……。エステルが勇者さまになってしまって……なんだか、手の届かない存在みたいに思えてしまって。これからはエステルと離れ離れになってしまうのかな、って思ったら、怖くなってしまったんです。ごめんなさい……」


 静かに告げるマリアの想いに、わたしは心打たれていた。

 マリアだって、わたしとずっとそばにいたいと思ってくれていたこと。これって、相思相愛と変わりがないじゃん。


 脳内にアドレナリンが分泌ぶんぴつされる。

 わたしはマリアを生涯守れる力を得て。そして、マリアもわたしと傍にいたいと願ってくれている。

 それならば、今まで蓄積してきていたマリアへの愛を余すこと無く伝えることができると思ったのだ。


「ねぇマリア。わたしはずっとマリアのこと好きだったよ。小さい頃から、マリアのこと本気で愛してた」


 いつも、マリアに好き、ってささやいていたはずなのに。

 同じ言葉を発している今、心臓が飛び出るくらいに緊張していた。

 もしもわたしが勇者じゃなかったとしたら、この場から逃走してしまっていただろう。それほどまで、勇気のいる告白だったのだ。


 幼い頃の無謀さが出した告白とは違う。断られたら後のない、玉砕ぎょくさい覚悟の告白なのだから。


 けれどマリアの反応はといえば。

 これはペンですか? と聞かれたように、え、そうですけど? みたいな、至極しごく当たり前のことを問われた感じで、小首をかしげていた。


「それは、知っていますけれど」


「本当にわかってるの!? わたしは、マリアと結婚したいくらい愛しているの! 本気の、大人の愛なんだよ!」


 マリアは本当にド天然なんだから!

 わたしが必死に想いを伝えているのに、てんで理解してもらえない!

 だからわたしは、吐き捨てるように怒号どごうを飛ばしたのに。それでも、マリアのぽやんとした空気はいささかも失われない。

 これは苦労しそうだなあ、ってやきもきしていると。


「ですから、エステルが小さい頃に結婚の約束してくれたじゃないですか? 私はその時から、ずっとそのつもりですよ?」


「え、ほんとに……? い、いや! わたしはね、マリアとなら、えっちなこともしたいと思ってるの! 本当にわたしと同じ気持ちなの!?」


 頭が熱い。自分はいったい何を口走っているんだろう。

 マリアが、わたしとずっと結婚するつもりだったって?

 いやいや、嘘だ。マリアはそんな素振りなかったじゃないか。

 

「……わかってます。だってエステル……。お風呂のとき、いつも私の裸をじっくり見ていましたから……」


 !?

 わたし……マリアに気づかれてるほど、毎晩、裸をガン見していたらしい。

 だって、しかたないじゃん。

 マリアの裸って、信じられないくらいえっちだし。あんなものをお風呂のたびに見せられて、襲いかからなかった自分を褒めたたえたいレベルだ。


 けど、けど!

 いやらしい視線を送っていたの、バレていたのに、それも受け入れてもらって……。

 

 頭が沸騰ふっとうしすぎて、オーバーヒートしちゃう。

 わたしのこと愛してくれていたんなら、もっと態度に出してくれてもよかったのに。

 わたしのぐちゃぐちゃとなっている感情は、両想いであることを喜ぶよりも、マリアのどっちつかずな態度へのいきどおりが先行していた。


「でも! マリア、いっつもわたしのこと、妹扱いしてたじゃん! わたしは……ずっとマリアと恋人らしいことしたいと思ってたのに……」


 熱を冷ます矛先ほこさきがマリアであるかのように八つ当たりする。

 こんな子どもみたいな性格をしているから、マリアだって恋人として扱ってくれなかったのかもだけど。


「……?? 私は、ずっと恋人のように思っていましたよ……? エステルは、違ったんですか……?」


 すると、なぜか失望したようにマリアは言った。


 疑問だらけなのはこっちだというのに。マリアは一体、何を言っているというのだろう。


「嘘だ嘘だ! マリアのどこが恋人らしかったんだよ! 愛してるって言ってくれないし、キスだってしてくれなかったじゃんか!」


 喧嘩なんて、ほとんどしたことのなかったわたしたち。

 けれど今は、十数年のわだかまりを解消させるかのようにして、言い争いが始まっていた。


「エステルだって、愛してるとは言ってくれてませんでしたよ! それに……キスなんて……どうすればいいのかもわからないし、恥ずかしくって……」


 マリアも珍しく声を荒げているし、わたしに伝えたい想いがあったということらしい。


 マリアの火照ほてった体温が、わたしにまで伝播でんぱしているような気がした。

 おそらく照れ顔でうつむくマリアが、脳裏にありありと浮かぶ。今すぐ室内の明かりをつけて、恥辱ちじょくに染まるマリアの表情をじっくりとおがみたくなった。


「でも、わたしは毎朝、好きだよって言ってたじゃん!」


「私だって、好きです、って返していたじゃないですか!」


「そ、そうだけど……。で、でも、マリアの好きは、なんか違ってそうっていうか……」


「ひどいです、エステル……。エステルの好きと何が違ったっていうんですか? 私だって、緊張しながら好きって返していたのに」


 常にほんわかとしていたマリアに、緊張の要素がどこにあったっていうのだろう。

 わたしだけが、マリアにドキドキしていると思っていたのに。


 でもね。

 マリアがずっとわたしを恋人だと思っていてくれたと知って、衝撃に脳みそはさらに働かなくなってしまう。


「だってだって! わたしは毎日マリアのそばにいてドキドキしてたのに! マリアは普通にしてたじゃん!」


「そんなことはありません! 好きじゃない人となら、この歳になっても、毎日一緒にお風呂に入りません。それに、今日だって……。エステルと手を握り合うの……緊張したんですから……」


 マリアの台詞は尻すぼみになっていき、震える声音でつぶやいていた。

 

 今日、確かにマリアと手を繋いだ。しかも、恋人同士だけが許される、指を絡めあった"恋人繋ぎ"。

 わたしだけが、それを意識していると思っていた。

 でも、マリアだって、恋人繋ぎが恋人の特権だということ、知っていた上でしてくれていたのだ。


 急激に、マリアのことが愛おしくなった。

 今までの比ではない。自分だけのマリアにしたくなったのだ。

 いやもちろん、これまでだって、マリアはわたしだけのモノだと思っていた。

 でも、名実ともにそうしたくなったのだ。

 わたしだけの一方通行な想いじゃなくって、マリアからも愛してもらって。そして、二人の幸福を村のみんなに祝福してもらいたい。


 そうするには結婚をおおやけにするしかないし、マリアをわたしのモノだと刻み込みたくなったのである。


「じゃあマリア……。わたしとキス、できるの? えっちだって、してくれるの?」


「エステルが……望むなら。私はエステルより歳上なのに、そういうこと何も知りませんから……。恥ずかしかったんです。私の方からお誘いできなくて、ごめんなさい」


 胸がきゅんっとした。


 見た目通り、清純を絵に描いたようなマリア。

 わたしだけが、誰も汚すことのできないマリアを好き勝手にできるのだ。


 マリアとは何が何でも結婚する。"勇者"という称号は、女の子同士で結婚するのにも、便利そうではあった。


 わたしをはばむものは、何もかも存在しない。


 十数年の想いを全部ぶつけるつもりで、マリアに抱きついた。


 マリアの体臭が、鼻腔びこうに忍び込んでくる。花よりもかぐわしい、落ち着きのある香り。

 そして、クッションよりも柔らかな、マリアの肢体したい


 わたしはマリアのメロンよりも大きな胸に顔をうずめ、彼女の匂いと肉体を堪能たんのうした。


「ふふっ、エステルったら。勇者さまになったのに、甘えん坊さんで可愛いですね♡」


 マリアは相変わらず、わたしの頭をペッドでもでるみたいな手付きで触れてくる。あやされているように感じるのは、どうしてなのだろう。恋人同士のひとときというよりも、家族のだんらんみたいに思えてしまうのだ。


「マリアの馬鹿。わたしはマリアのことこんなにも愛しているのに、マリア、まだ子ども扱いしてくる」


 わたしがぼやくと、マリアは困惑こんわくしたような吐息をつく。

 マリアを困らせていることに優越感を抱くわたしは、やっぱり子どもなのかなあ。意地悪したくって言ってるわけじゃないんだけど……好きな人を困らせることによって、わたしにもっと構ってもらいたいのかもしれない。


「で、でもっ……。エステル、可愛いんですもの、よしよししたくなるの、しょうがないじゃないですか。それに。エステルってまだ15歳ですし、私が変に手を出すのも、いいのかなって迷っていて……」


「わたしは、ずっとマリアのこと待っていたのに。年齢なんて気にしないでよ……」


「では、どうすればエステルは、満足してくれるんです?」


「ちゃんと恋人らしいこと、わたしにしてよ」


 わたしはマリアの胸から顔を上げて、鼻が触れ合うくらいに顔面を突き合わせた。

 暗闇の中、マリアと至近距離で見つめ合う。

 どうやらマリアは、耳まで真っ赤に染めているようだった。

 そういう反応、もっと見たいんだよね。


 わたしからキスをせまってもよかったんだけど、恥辱ちじょくに染まるマリアを見たくって、彼女のほうからしてくれるのを待つことにした。


 マリアの生唾なまつばを飲み込む音が聞こえてきた。


「で、では……ちゅー……しちゃいますよ……? そうすれば、エステルも私の気持ちを認めてくれるんですよね?」


 か細い声だった。

 わたしはマリアを抱いたままの格好。彼女の鼓動こどうが、胸から直接わたしにも伝わってきている。

 心音しんおんがすごい。

 でもね、それはわたしも同じで。

 お互いのドキドキが一体化して、二人で一つの感覚が去来きょらいしていた。


「うん。あと、愛してるっても言ってよ。わたしはマリアのこと、愛しているんだから」


「……わかりました。でも、その前に……。手を握ってください……」


 マリアが幼くなったと見えるほど、彼女は萎縮いしゅくして可愛い申し出をしてくる。心がはずむ。

 わたしは右手でマリアの手をぎゅっと握り、指を深く深く絡めた。二度とほどかれることがないように、って願いを込めて。わたしたちは強く手を握った。

 マリアの手は、ガチガチに震えている。わたしのことを想うと緊張してしまうというのは、嘘ではないみたいだった。より一層、マリアのことが切なくなる。


 マリアの呼吸が、一段回上昇して荒ぶる。

 彼女の吐息はわたしのほおかすめて、甘さだけを残していった。


「愛していますよ、エステル……んっ……」


 それがマリアの、全力だったのだろう。

 マリアはわたしの唇に、唇を押し付けるだけのキスをしてきた。

 本で見たことのある、ディープなものじゃなくって。やわらかなリップを、ちょこんとくっつけただけの、ささやかなキス。まるで、幼い女の子がするみたいな、ままごと遊びの延長のようなキスだ。


 でもね。破壊力は充分すぎた。

 マリアから口づけをしてくれたことが、幸福の嵐となってわたしの全身を駆け巡る。

 今が人生のピークなんだと感じるほどの、至福の瞬間。


 時間においてはまばたき未満のキスだったけれど、わたしたちは永遠に唇を合わせていたのかと感じるくらいに、感覚が麻痺していた。


 キスが終わった後に見つめ合うと、さっきまでのマリアと同じマリアがそこにいるはずなのに、彼女はてんで別人のように思えた。

 

 だって今のマリアは。

 挙式きょしきを終えた後の花嫁と見間違う、背景にブーケが待っていそうなほどの華やかな見た目をしていたのだから。

 ううん。マリアはいつだって清楚で綺麗なお姉さんだけどね。幸せのオーラが彼女を包んでいるからなのか、今まで見てきたどのマリアよりも美しくいろどりがあったのだろう。暗闇の中でも燦然さんぜんと輝く虹のようにきらめいているのが今のマリアだった。

 

「マリア、気持ち伝わったよ。ありがとう」


「よかったです……♡ でも、私たち、ついにキス、しちゃいましたね……♡ 赤ちゃん、できちゃうかも……///」


 マリアは両手をほっぺたにえて、もじもじとしだす。

 ド天然のマリアのことだから、本気でそう思っているのだろう。23歳とは信じがたい可愛いさだ。


「ね、それじゃあさ、ちゃんと結婚式しようよ。わたし、勇者になったんだし、15歳でも大人として見てもらえるでしょ? それに、女の子同士だけど、わたしは勇者なんだし、みんな認めてくれるはずだよ」


「……エステルと、結婚式♡ やっとげられるんですね。では……不束者ふつつかですが、よろしくお願いします、あなた♡」


 次はわたしのほうから、マリアにキスを贈った。

 今度のそれは、誓いの口づけ。マリアと一生をともにすることを約束する、ちぎりだった。

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