第24話 新しい目標

 買い物を終わらせ家に帰ると、俺たちはリビングに荷物を置いて、二階の俺の部屋(今はリーヴァの部屋と化しているが)に上がった。


「それ、で……」


 しどろもどろになりながら言った。だって仕方がないだろう。俺は今「翼」を携えてこの部屋に立っている。


 そして目の前にいるのは、上半身を裸にして背を向けているリーヴァだった。


「……」


 何か言おうとしたが、その言葉を忘れてしまった。目の前にあるのは、一糸纏わぬ、好きな人の半裸。興奮しない方が無理だという話だ。


 だが、俺は別の理由で混乱してもいた。だからある程度興奮が制御できた、とも言える。


 彼女の背中には印があった。それも小さなマークだとかそういうものじゃない。彼女の背中全体に大きく、入れ墨のように何かの紋章のようなものが張り付いていた。


 車輪のような円形。それで稲妻のような紋様がシャフトのようについている。


 周りには文字が書かれていた。なんの文字かはわかる。ルーン文字だ。いろんな作品でちょくちょく見たのをうっすら覚えているだけだが、多分間違いない。読めないし、読めたところで意味もわからないが。


 っと、見てる場合じゃない。


「それで、これを君の背中につければいいって……」


「えぇ。やってちょうだい」


「……どうやって?」


 くっつけると言ったって、別に背中にそれをつけるための何かがあるわけじゃない。ボンドでつけるとかいうのでも到底ないだろう。


「それを私の背中に、当てるだけでいいわ」


「そう……」


 それだけでいいのか? 俺は訝しんだが、彼女がそれでいいって言うんならいいんだろうと心を納得させた。


 それで、俺は「翼」を、リーヴァの背中に当てたのである。


 どこからともなく風が吹き出した。変だ。窓は開けてないはずなのに。


 そして。


 刹那、彼女の背に刻まれていた刻印が光り出した。


「へ……!?」


 驚いて「翼」から手を離してしまったが、それでも落ちないでいる。それでもって「翼」も光り輝き始めていた。


 リーヴァが何かを呟いているが、聞こえない。おそらく聞き取れたとしても、わからないだろう。


 こんな光景は、もちろん見たことがない。ちょうど2日前の、空から光る何かが落ちてきたのを見た時のような、神秘的で、それで不思議な感じ。まさしく今俺が見ているのはそれだった。


 しばらくして、光と風がおさまった。


 そしてリーヴァの背を見て、俺は息を飲んだ。


 彼女の背に翼が生えていたのだ。片方だけ、それも一部分だけなんだろうが、確かに彼女の背に生えていた。


 なんの汚れも感じさせない、純潔の白。見ていて眩しくなってくるほどだ。まさしく天使のような神聖さや荘厳さを帯びていた。


 リーヴァを見ていて、ふと気づいた。


 彼女、さっきから一言も喋っていない。どうしたんだろう。


「リーヴァ、調子はどう?」


 とりあえず呼びかけてみた。


 返事はない。


「リーヴァ?」


 もう一度呼びかけたが、やっぱり返事がない。


「リーヴァ? なぁ、リーヴァ?」


 少しためらったが、肩を軽く叩いた。


 すると、リーヴァがピクッと動いて、こっちを振り返った。


「どうしたの?」


 何事もなかったかのように、平然とした顔をしている。


「いや、翼がついた心地はどうだって聞こうと……」


 そう言いながら彼女の背中を見た。


 あれ、ない。


 さっきまで確かに生えていた翼が、例の刻印を残したまま消えてしまっていた。


「え、どうして……」


 幻覚か? じゃあなんで俺が持っていた翼のかけらは跡形もなく消えているのか。


「あ、翼ならちゃんと付いたから」


 困惑している俺を見て、何食わぬ顔で彼女はそう言った。


「はぁ? 本当?」


「ほんとほんと」


 そして彼女は服を着はじめた。


「え、でも」


「私がついたって言ってるんだから、それで問題はないでしょ?」


 穏やかな顔をしつつ、彼女はそう言った。それを言われちゃおしまいである。結局俺は知る術がないわけだし。


「む……」


 だいぶ怪しいが、これ以上触れる気にはならなかった。


 着替え終わって、リーヴァはくるりと体をこちらへ向けて、にこりと笑った。


 あぁクソ、もどかしい。可愛い。可愛いんだが、まだ言えないんだよなぁ……畜生。


「それで、調子はどうなんだよ。なんか変わったこととかある?」


「うーん……」


 彼女はちょっと考え込んで、


「特には無いわね!」


と実に明るい調子で言った。そんな堂々と言うことですかい……?


「あぁ、そう……」


と、俺は苦笑して口癖のようなことを言った。


「でも、無くなったと思った翼が見つかったのはほんと幸運よ。この調子で残りも見つかればいいんだけど」


 そういえば翼が砕けたことに気づいた時はひどく気落ちしていたっけ。それについて後ろめたく思うことは一応無くなったと思ってたんだが、心のどこかじゃまだ探してたんだな。一部分とはいえ、見つかってよかった。


「まぁ、見つかるんじゃないか? そんな遠くに散り散りに落ちてったようには見えなかったし」


 と、2日前の夜空を思い出しながら俺は言った。


「えぇ。そうなれば……いや、きっとそうだと思うわ」


 リーヴァは楽しみそうにそう言った。


 そして俺の顔を見て、


「ねぇ、ハルト」


と呼んだ。


「なんだい?」


 と答えると、リーヴァはこう言った。


「私、これからもっとかけらを探そうと思うの。だけどこの街のことはわからないし、一人だと大変だし、また今日みたいな目に遭うかもしれないし……」


 何箇所か止まったり、何度か目を逸らしたりしながらそう言い、そして一呼吸置いて、


「だから、私の翼探し、付き合ってくれる?」


と頼んできた。


 ……断る理由なんて、あるか?


「あぁ、もちろんさ」


「やった!」


 彼女は本当に(見間違いじゃなきゃいいんだけど)嬉しそうにして、ガッツポーズをとった。


「じゃあ明日からでも探しましょ?」


 リーヴァはもうハイテンションである。そりゃあ自分の頼みを飲んでくれたら嬉しくなるわな。相手が俺だからってのは……ねーな。多分。


「気が早いね」


 俺がそう言うと、リーヴァは意味ありげな顔をした。


「えっとね。これには理由があるの」


「へぇ、理由?」


「それはね……」


 何かそこから喋るのかと思ったが、すぐに微笑して、


「晩御飯の時に話すわ」


と。部屋の時計を見てみると確かに準備を始める時間だ。まったく。変わらずに食い意地が張っていらっしゃる。


「よし。じゃあ作るか」


「わーい!」


 そして俺たちは一階へ降りた。

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