第15話 ふたたび

 学校に着いてクラスに入ると、すぐに登校時間を知らせるチャイムが鳴った。計算通り。担任の先生もすでにいるから、すぐに朝のホームルームが始まる。朝一でクラスメートに取り囲まれる事態は避けられたわけだ。


 俺とリーヴァの席は結構離れていた。大まかに言うと俺が後ろの方で、彼女が前の方だ。朝のホームルーム中、何人かが俺の方とリーヴァの方を変わるがわるちらちら見ていた。まったく、先生が話をしてるんだから聞いてろよ。


 ホームルームが終わると、俺は早歩きで敏明の机に向かった。


「おはよう!」


「んおっ。びっくりするなぁ、おい……」


 焦ってたからか挨拶が大声になってしまった。


「んじゃあ早速、トイレにでも行かないか!」


「必死だなぁ、お前。もう遅いの、わかるだろ? 俺とお前が頑張って火消ししたって消えねぇよ。観念しろ、観念」


 敏明が呆れたように笑いながらそう言った。観念しろって言われても、事実そうじゃないんだからどうしようもない。


「だから違うんだって! 事実が! いろいろねじ曲がって伝わってるだけだ!」


「俺はそう信じてもいい。だが、あいつらがどうかな?」


 彼が指差した先には、リーヴァの席を取り囲み、ワイワイ騒ぐ女子たちがいた。敏明の席からは遠いから、彼女らがどんな会話をしてるかはよく聞こえない。


 でも盛り上がってるということは……あぁ、嫌な予感がしてきた。


 敏明が立ち上がり、軽く肩を叩く。


「ま、そういうことだ。もうどうしようもない。それで、なんだっけ? トイレ行くか?」


 噂を止めるのがもう遅いのは認める。だが、噂の内容は嘘だ。それだけははっきりさせとかないといけない。


「……でも違う。俺たちはそんなんじゃないんだ。俺がそう言うんだから、これが事実だ」


 そうなる資格もないのだから。


「素直じゃないねぇ……」


 敏明は面白くなさそうにそう言って、それ以上何も言わなかった。


 土曜日だから四限で学校の授業自体は終わる。だが俺の場合は部活があった。俺は残らなくちゃならないが、リーヴァにはその必要がない。だから俺は四限が終わった後、彼女にその件を伝えて帰るように言ったんだが……


「またぁ?」


 と不満げだ。そりゃそうだろう。気持ちはわかる。


「気持ちはわかる。よくわかる。だけど、もうちょっとだけ、待ってほしいんだよ……」


 俺は後ろの方でこっちを見ているクラスメートの方を何度か向きながらそう言った。


「……あなたがそんなに嫌ならしょうがないけど、そろそろ『もうちょっとだけ』って言葉が信じられなくなってきたわね……」


 渋々ではあったが、リーヴァはそう言って受け入れてくれた。


 家の鍵を渡して、クラスの入り口からリーヴァが出るのを見送る。そしてリーヴァの姿が見えなくなった後、俺はため息をついた。


 あぁ、畜生。モヤモヤする。


 こんなこと、心からしたくてやってるわけじゃないんだ。


 だけど、そうでもしないと、変な連中が目をつける。いや、もう目をつけられてる。敏明の話が正しければ。それならば余計、ドライな関係でいないといけない。


 そういうことはわかっているのに、なんでここまでモヤモヤするんだ?


 「ただの同居人」以上の関係に、リーヴァとなりたいと?


 そう思うなら思うで、南原みたいな連中に絡まれたときに、俺は彼女を守り通すことができるのか? 


「っ……!」


 思い出そうとするだけで、足がすくむ。


 なんだ。結局まだ怖いんじゃないか。できないんだ。そんなんなら、彼女と関係を深めたいなんて思うべきじゃない。分不相応、というものだろう。


 俺は無力なんだから。


 支度を整え、敏明と一緒に部室へ向かう。部活が始まるまでは時間があるから、そこで弁当を食べるのだ。


「昨日の夜、案出してくれたか?」


 階段を降りる途中で、敏明が聞いてきた。


 ……あ。


「う……」


「お前、まさか……」


 俺は頭を下げて合掌をした。


「すいません、許してください!」


「なんでもしますから、とは言わないんだな。チッ」


「そういう罠にはハマらんよ」


 まぁ彼のことだからそこまで無茶なことは言わないだろうとは思うが。


「ま、いいさ。あー、危なかったぜぇ。昨日ギリギリで気づいたんだ」


「すまんすまん……」


 寝る前にスマホの確認はするべきだなと思ったのだった。


「今日決めるんだよな? 確か」


 と、俺は利明に確認した。


「そうそう。部活終わった後に会議だとよ。はてさて、どんな曲が出揃ったんだろうな……」


「そうだなぁ……」


 フィンランディアになったら嬉しいが、ゲテモノに決まらなければそれで構わない。


 そして、部室へ到着。適当に席を見つけて座った。弁当箱を開けようとしたとき、部室のドアが開いて、


「影山くぅーん」


と俺を呼ぶ声がした。うちの学年の不良の一人だった。


 絶対にロクなことじゃないなと思い無視していたんだが、そいつは何度も何度も俺を呼び、しまいには部室のドアを叩き出したんで、仕方なく俺は出ることにした。


「どうした?」


 と俺は聞いたが、彼が持っているものに目が行った。おい待て、それは……!


「お届けもんですよ」


 と、ニヤニヤ笑いながらそいつは言う。


「おい」


 笑い事じゃない。だってそれは、リーヴァのバッグだ。なぜそれを……。


 ……まさか。


「どういうことだ……リーヴァに、何をした」


「いやいや……ま、来てみればわかるってモンですわ」


 そいつはヘラヘラと笑いながらそう答え、「ついてくるように」と身振りをした。


 面白くないだろ別に。あぁ腹が立つ。だがここでキレてどうにかなることじゃない。はやる気持ちをなんとか抑えて、俺はついていくことにした。


 想像はしたくない。だが連中がリーヴァに何かしたことは確かだ。


 問題はどこまで、何をされたか。


「……」


 不安で、不安でたまらない。手を口に当てた。


 直接見ればわかること。だが、それが怖い。

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