近未来的ディストピア崩壊交響曲
@aoihori
第1話 幸福な世界
「つーかさ、マジで?」
「マジマジ。これから行く所にいる男を傷つけると、俺ら、ずっと幸せらしいぜ?」
「っていうか、死なないの?」
「殺しても死なねぇらしいから、平気なんだって! 永遠に死なないから、そいつを殺すくらい、何度も傷つければそんだけ幸せが長続き澄んだって!」
「マっジで? やっば、そんなのボコるしかないじゃん――そんであたしら永遠に幸せなんしょ? 最っ高じゃん!」
「そそ。だからさ、新婚旅行の最初はそいつを殺すことから始めりゃいいんだって」
ぐちゃり、ぎゅちゃり、ぶちゅり……
「死ね、死ね、死ね、死ね、死ね――なぁんで死なねぇんだよ! むっかつくな! お前が死なねーと俺が幸せになんねーんだぞ! なぁ!? 死ねよ、死ねよマジ死ねよ! お前が生きてるから俺が不幸なんじゃねーか! なぁおい、わかってんのか――お前なんてな、殺されるために生きてんだからさっさと死ねよゴミが! なぁ、おい! わかってんのか!? お前は俺の幸せにために死ねて嬉しいんだろ!? じゃあ喜んで死ねよ!」
ぬちゅり、がちゅり、げちゃり……
「あんたが死ねばさぁ、あたしの推しが幸せになんのよ? なんで生きてんの? 死んで死んで死んで死んで死んで! あんたみたいな、誰からも推されてないようなやつは死んで当然なんだよ! 早く死んで、推しを――あたしを幸せにしろっつってんだよ! あぁ!? 生意気に生きてんじゃねぇよ!」
がんっ、がんっ……ががんっ……ごきゅ
「卒業旅行の成功を祝って――そーれっ!」
「うっわ、やっば! 腹にこんな穴空いて生きて――生きてる! やっば! ねぇマジで生きてるじゃんこいつ! きっも!」
「でもさ、おかげで俺たち幸せなんじゃん? こいつが死なない限りは、俺たちはずっと幸せなんだからさ、こいつ実はすっげー便利な道具だよな?」
「しかもストレス発散もできるんだから、かなり有用だよね。こいつができてから、虐待も減ったんだって――虐待は罪になるけど、こいつは、どれだけ傷つけても犯罪じゃないんだもん、そりゃ、自分の子供を虐待するなんてコスパ悪いことしないよねー」
「マジでコスパ最高だよな――たかが一人の人間を殺し続ければさ、俺たちずっと幸せなんだから、殺すに決まってるよなー!」
「なぁ、こいつ。喋んの?」
「なんで?」
「いやだって命乞いとかしてくれたらさ、殺し甲斐あるじゃん!」
「確かに!――おい、なんか言えよゴミが! 俺たちを幸せにするためにゃ、おめーの悲鳴がいるんだよ! おらっ! なんか言えよ!」
「彼が生贄になってから、はや五年が経ちました。その間、この世界は平和で幸福であり、個人の自由と平等が尊重されております――いやはや、まったく都合のいい化け物を手に入れたものですな」
「世界の人口は百億に迫ろうとしていますが、それの幸福を一人の人間――いや、失礼、ケダモノですな。それを殺し続けることで維持できるなら、誰もがそれを選ぶでしょう。ケダモノは法の下に人ではないし、愛護されるべき動物でもない。全人類のための生贄でしかないのですから、これからもどんどん殺し、苦しめ――幸福を搾り取りましょう」
「人権擁護団体も、こればっかりは異論を唱えませんしね。自分たちの幸福を捨ててまで、人を助ける意味などない――しかもそれが法の下では人でないのだから、ますます守る意味なんてない。彼らとて、あのケダモノを失った先の幸福を保証できないのですから、下手な手は打てない」
「まさに、極上の生贄――私は孫が生まれましてな、孫のためにもますますあのケダモノを痛めつけなければなりません。どうです? 今日の獲物はナイフで」
「旧時代の人たちは損してましたよね」
「ああ。このケダモノがいなかったせいで、自力で幸福を手に入れなきゃならなかったんだ――想像もできないくらい不幸だったんだろうさ。今や、幸せになりたけりゃ、こいつを痛めつけるだけでいいんだ。最高だぜ」
「しかも殺しても死なないんだから、もう、文句ないですよね。永遠に使えるサンドバッグ、しかも殴るほどに幸福が溢れ出てくる――先輩、俺またやっていいですか?」
「お前、子供の分までやったとか言ってなかったか?」
「二人目ができたんですよ。親として、また幸福を手に入れないといけないんです」
「そうか。許可する――つーか、俺もやるわ。幸福に際限なんてないんだし、気が向いたらやりゃいいんだし」
「ですね。殺せば殺すだけ幸福が出てくるケダモノなんですもん。がんがん殺しましょうよ!」
彼は人だと言われている――あるいは、超人と。
だからこそ、彼は人々から否定された。人は、本能的に自分よりも――自分たちよりも有能な命を貶めて、あわよくば殺してしまおうとする本能を持っている。それは、遺伝子の存在意義が自らのコピーを作ることで、その邪魔となる存在を消そうという、まさに本能の中の本能の動きだと言える。
また、人は独りでは生きられない――というお題目で群れて、組織を作る。その足並みを乱す個人の存在を許容できるほど、人は寛容な生き物ではないし、歴史の中でその心を持つことのデメリットだけを学んだ。
だから人は平等を求める。誰もが幸福になれる社会を肯定する。
そのための生贄が出るなら、それを是とするのである。
彼は――もはや、誰も名前を知らないケダモノと呼ばれる彼は、その生贄に選ばれた。彼が人より有能で、まさに超越者と呼ばれるに相応しい能力を持っているからこそ、人々は彼を生贄に選定することに、躊躇しなかった。
全体をかき乱す個人なんてものは、百害あって一利なし。そう判断したのである。
だから彼をとある施設に監禁して、無力化して――と思われているだけで、彼は自らの意思で抵抗しないことを選んだのだが――拘束し、いつ何時でも痛めつけるシステムを作り上げた。
彼を痛めつければ――不死たる彼を殺し続けるかのような行為を続ければ、その分だけ世界に、全体に、人に。
幸福がもたらされた。
もはや、幸福は彼を殺すことで得られるものに変わった。自力で、独力で、皆で力を合わせて――そんな必要はなくなった。
彼を嬲る。それだけでよくなった。
西暦二千七十五年。
まさに世界は幸福の絶頂にあると、人々は確信していた。百億に迫る人類の幸福を、たったひとつの命を弄ぶことで入手できるならば、誰もがその道を選び、それが全体の意思となった――人の総意となったのだ。
そして、その最中に。
施設が、爆発炎上した。
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