追放された最強賢者は悠々自適に暮らしたい
桐山じゃろ
01 成り行きと生い立ち
ここは大陸一の大国ロージアンの中でもそこそこ大きな町で一番大きな宿屋の、一番安い部屋だ。
建付けの悪い扉から木と木を擦るような音がしたので、僕はベッドの中で魔法を使った。身代わりを作る術だ。
自分自身には姿を消す魔法を使い、賊が侵入するために開けた扉から、こっそり廊下へ出た。
この逃げ方の欠点は、荷物を何も持ち出せないことだと気づいたのは、この後すぐだ。
どん、と鈍く重い音がして、それから賊たちが話し始めた。
小さな声なので、またしても魔法を使って聴覚を上げて、盗み聞く。
「やったぞ! ……いない!? でも、確かにエレルを……」
エレルというのは僕の名だ。
声の主は、僕が所属している魔王討伐隊の勇者、メリヴィラで間違いない。
シーツの上から中の身代わりを剣で貫いたのだろう。即興にしては精巧に作れたので、感触は人間そのものだったはずだ。
身代わりは剣に貫かれた後、消失している。
「まだ温かい。近くにいるはずだ、探そう!」
治療師カンクスも共犯か。僕のベッドのぬくもりを確認したらしい。冷静だけど、身代わりを作れるほどの魔法使いが、近くを探して捕まるわけないだろ。
「ねえ、あいつ逃げたんなら、もういいじゃない。放っておきましょうよ」
弓士のルメティもいる。人ひとり暗殺するのに、武器を使ったのがメリヴィラのみ。カンクスとルメティは何しに来たんだ。見学か?
「だが……まぁ、そうだな。見かけたら始末すればいいんだし、急にいなくなったってことにしとこう!」
メリヴィラは語尾になるにつれて、声量がいつもと同じくらい大きくなった。
僕がいなくなったのが、嬉しいらしい。
いつかこうなるんじゃないかなと、魔王討伐の道の半ばくらいから、予想はしていた。
三人に対して思うところが無い訳ではないが、もう二度と会いたくない。
僕は夜闇に紛れて、町から離れた。
*****
僕は五歳の時、親に国へ売られた。
魔力を持つ人間は希少だ。だから、どこの国も血眼になって魔力持ちを探す。
ロージアン国では、それこそ浮浪者の子供だろうと、魔力が少しでもあれば国が召し抱えた。
実際に浮浪者の子供が魔力持ちだった例は皆無だが、僕は奇跡的な一例に近かった。
貧しい両親から生まれた僕に、どうして魔力が宿っていたのかは、おそらく一生わからないだろう。
両親は僕に魔力があると分かると、ロージアン国の端にある小さな漁村からひと月掛けて徒歩で王都へ向かった。
当時五歳の僕が道中で熱を出しても、宿にも泊まらず、医者に診てもらうことさえしなかった。
ただ、普段僕を容赦なく歩かせていた父親が、その時だけ仕方なく背負ってくれたことだけ覚えている。
親からぬくもりを与えられた記憶は、その時のみ。
王都に着くなり、両親はいきなり王城へ向かった。
元々薄汚れていた貧しい庶民が一ヶ月の強行軍で更に酷い有様になって、綺麗な王城へ突撃したのだ。両親は何の説明も前置きもせず「王に会いに来た」などと大声で言い放つものだから、門のところで門番兵と多少揉めたが、僕が魔法で水を出してみせると、すぐに城の中へ押し込まれた。
僕と両親はすぐに引き離され、それから会っていない。
両親が、僕を大金と引き換えにここへ置いていったことは、五歳の僕でも薄々感づいていたし、城の口さがない人たちが喜々として語って聞かせてくれたので、よく知っている。
王城での生活は、以前より少しマシになったなという程度だった。
薄汚い貧民のガキが、魔力持ちというだけで王城に住むことを許されたのである。
元から城に住んでいた人間が、良く思うはずがない。
雨漏りのしない、ベッドのある部屋を与えられたが、しょっちゅうメイドや兵士がやってきては僕を追い出し、部屋を良からぬことに使うので、城の隅にある物置小屋へ自主的に移った。
食事は食堂で食べ放題のはずだったが、給仕係は僕を見ると腐りかけた余り物しか出さなかった。
魔法の訓練と称する折檻は、僕の教育係に就いた魔道士が自ら行った。
僕は結局、教育係から魔法を一つも教わらなかった。
魔法は物心ついた頃から自分の中にあったし、魔力は何故か日毎に増えていった。
そんな日々を過ごすこと十三年。僕が十八歳のときに、世界に魔王なるものが現れた。
魔王は元からいた魔獣を強化し、更に魔王が現れた場所からは無数の魔獣が無限にも思える勢いで湧いて出た。
国や町に設置してある魔獣避けの魔法結界装置は魔獣を防いでくれたが、そもそも設置していない小さな町や村は、次々に魔獣に蹂躙された。
難民が大きな町や王都にも押し寄せ、様々な問題が起きてはじめて、国王は「魔王を討伐せよ」と命を下した。
何故か僕も呼ばれた。
「お前が魔法使いのエレルか。俺は勇者のメリヴィラだ。よろしくな!」
初めて会ったメリヴィラは、爽やかな好青年に見えた。これまで、城のろくでもない連中と僕を売った両親しか人というものを知らなかったので、メリヴィラは眩しく見えた。
「私は治療師の、カンクスと申します。皆様、何卒良しなに」
カンクスは雰囲気が魔法の教育係に似ていたため、最初は警戒した。このときの警戒心を最後まで持っておけばよかった。
「ルメティ。弓士として同行するわ。よろしく」
紅一点のルメティは一応みんなに向けて挨拶をしていたらしいが、視線はメリヴィラに釘付けだった。
メリヴィラはよく女性から視線を集めていた。見目が良いのだろうか。よくわからなかったが。
皆の態度が変わったのは、割とすぐだった。
僕の魔法のレベルは、「1」だ。
これは、国の魔法研究員達が僕を測定した結果なので、間違いようがない。
元々、僕が十八歳という年齢の割に、十歳前後にしか見えないことで、気味悪がられていたのだ。
この結果を知ったメリヴィラたちは、更に僕を除け者扱いした。
とはいえ、国命によって集められた魔王討伐隊だ。この四人で魔王の元へ向かうしかなかった。
路銀の管理はメリヴィラが握った。
たっぷり貰っていたはずだが、僕だけ毎回、よくて宿の一番安い部屋、大抵は野営をさせられた。
道中の雑用は全て押し付けられたし、魔獣討伐もだいたいひとりでやった。
人目があるときだけ、僕は補助魔法役を命じられ、メリヴィラが派手に暴れていた。
そしていよいよ魔王を倒す時が来ても、メリヴィラは僕に全てを押し付けた。
僕が魔王を瀕死の状態まで追いやった後、メリヴィラが『勇者の剣』で止めを刺した。
「やったぞ! 俺が魔王を倒した!」
盛り上がる三人を他所に、僕は自分で自分の傷を魔法で癒やしていた。
*****
二年ぶりの王都まで、馬車でも使えばあと一日で到着するところだったのに。
町で久しぶりに「安部屋」を与えられた時点で気づくべきだったのだ。雑に暗殺されるところだった。
しかも荷物は全て置いてきてしまったため、文字通り着の身着のまま、身一つだ。
「まぁいっか。なんとかなるっしょ」
僕は誰もいない空へ呟いて、町の外を進んだ。
魔王を討伐したお陰か、魔獣に遭うことなく、大きな森へたどり着いた。
もう人間と関わって暮らすのは懲り懲りだ。
森なら、自給自足できる。
森の奥深くまで歩みを進めて、ほどほどのところで立ち止まる。
「まずは家だな。土と木材と……少し貰うよ」
王城では物置小屋を自室と決めていたが、王城内を歩く分には、比較的自由だった。
僕が真っ先に第二の棲家にしたのは、王城の図書室だ。
暇さえあれば本を読んで様々な知識を蓄えた。
自力で編み上げた必要な知識をいつでも引き出せる魔法で、家の建て方の知識を引っ張り出す。
森にあるものを少しずつ貰って、理想の一軒家を建てることにした。
基礎、土台、床組、柱と梁の設置……頭に思い描いた、一人暮らしには少し大きな家が、どんどん組み上がっていく。
魔王をほぼ一人で倒したこともそうだが、どうして魔法レベル「1」にこんな事ができるのかというと、何のことはない。「1」で全て事足りるからだ。
しばらくして、家が完成した。耐火、耐震、魔獣避け……ありとあらゆる『護り』も魔法で施してある。
入り口の扉を開けると、真新しい木の匂いに包まれた。
「ちょっと広すぎたかな? ま、手狭になるよりはいいか」
入り口を入ってすぐは廊下だ。右側の扉を開けると、食堂兼台所。左側には私室と寝室がある。
廊下の奥は風呂と厠だ。厠は出したものが自然消滅するよう魔法を掛けておいた。
「あ、そうか、家具も必要だな……うーん、今夜はもうベッドだけでいいや」
家の中が広いと感じたのは、家具が何もないせいかもしれない。
だけど、流石に色々あって疲れていた僕は、ベッドとシーツ類だけを魔法でぱぱっと作ると、さっさと寝てしまった。
とにかく悠々自適に、静かに、暮らしたい。
僕の願いはこれに尽きた。
翌日、起きたのは、陽がだいぶ昇ってからだ。
こんなにゆっくり寝たのはいつぶりだろう。
魔法で自作したベッドは寝心地がよく、家自体が魔道具のようなものだから、温度や湿度は快適だ。
ただ、空腹だけは満たされていない。
よく考えたら、前日の昼にパン一切れと水っぽいスープを口にしたっきりだ。
メリヴィラから「疲れただろう早く寝ろ」と優しい言葉を掛けられて、昨夜は夕食にありつけなかった。
今思えば、あれも「作戦」のうちのつもりだったんだろうな。
「家具は必要な時に必要なぶんだけ作ろう。まずは食料調達だ」
食事も魔法だけで作れないこともないが、主原料は魔力になる。自分で自分の魔力を食べるのは、自分の手を齧ることに等しい。
つまり、食料だけは外部から得なければならない。
起きて簡単に身繕いを整え、家を出た。
早朝の森の空気は少し冷たかったが、僕は自分の周りに簡易結界を張り、内側を温めた。
魔法で気配を探って、手頃な大きさの鹿を一頭、攻撃魔法で仕留めた。
命へ感謝を捧げつつ、その場で血抜きと食べられない箇所の焼却処分をする。角と革、それに大きめの骨は何かに使えそうだから、残しておいた。
道すがら、食べられる野草やキノコ、木の実を採るのも忘れない。
全て、簡単に作った無限鞄に詰めた。
その場の勢いで住むと決めた森だったが、動物や食材が豊富だ。いい森を引き当てたものだ。
ほくほくとした気分で家の近くまで戻ると、傷ついた動物の気配がした。
手負いの動物ほど危険なものはない……というが、魔王を倒した僕にとって、脅威になるのは人間の悪意だけだ。
自分の気配を殺して動物のところへ行ってみる。
小さな狐が、熊型の魔獣に襲われていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます