case2 雷峠のバス停周辺における獣毛怪雨事件について

・雷峠のバス停は鳴降市北町1丁目にあり、事件発生時には二名(以下に記す)が隣市の馬逆(まさか)行きのバスを待っていた。


 田島良平(33歳男性)

 宮野奈々(27歳女性)



・事件は20■■年7月16日、13:30頃に発生した。


 良平と奈々は恋人同士であり、この日は共に馬逆市の商業施設へ買い物に行こうとしていた。

 雷峠のバス停にはトタン板で覆われた簡素な小屋があり、二人はそこで待ち合わせをしていた。中には木製のベンチがあった。二人はそこに腰かけてバスを待っていた。


 最初に異変に気付いたのは、奈々であった。

 たわいのない会話を良平としていたが、ふと気が付くと目の前の道路上に野球ボールほどの大きさの毛玉が落ちているのを発見した。

 このバス停に来た時には見当たらなかったので、奈々はどこからか転がってきたものと推測した。

 良平に「あれ見て」と声をかけ、実物を見るために小屋から出てその毛玉に近づいた。毛玉は何の動物の毛か判別がつかなかったが、主に明るい茶色をしていたので、犬の毛のように感じられた。


 毛玉は風に吹かれるところころと転がり、さながら荒野に転がる植物・タンブルウィードのように移動していった。

 雷峠はゆるやかな傾斜のついている山道であった。その坂道を、毛玉は鳴降市から馬逆市の方向へ下っていく。数メートル進んだところで、道の端の草むらにひっかかって止まった。


 良平と奈々は、その毛玉をしばらく眺めていた。

 しかし直後、頭上から大きな毛の塊がバス停を中心とした半径十メートルほどの範囲にいくつも降り注いだ。

 それらが体につかないよう、二人はバス停の小屋の中に退避した。

 その間も、毛の塊はいくつも降り注いだ。

 小屋から顔を出して空を見上げると、かなりの高さからそれが降ってくるのが見えた。


 良平は、のちにこう証言している。「近くに送電線の鉄塔があったけど、あれよりもさらに上から降ってきてたと思うよ」と。


 そうこうしていると、馬逆行きのバスが現場にやってきた。この異常な事態に、バスの運転手、佐藤清(49歳男性)は、バス停よりもやや手前の毛があまり積もっていない場所にバスを停車させた。


 良平と奈々はバスに近づき、今起きたことを運転手に伝えた。

 運転手は無線で会社に指示を仰いだが、会社の判断は「ひとまずバスが毛の上で空転したり、毛を巻き込まないよう、一時運行をストップさせること」だった。


 毛はその後も降り注いだが、15:30頃、ピタリと止んだ。

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