鳴降市一帯における連続怪雨事件について

津月あおい

case1 小林家周辺における死体怪雨事件について

・小林家は鳴降(なりふり)市南町2丁目にある二階建ての日本家屋であり、事件発生時には家族四名(以下に記す)が全員在宅していた。


 小林春雄(55歳男性)

 小林佐知子(53歳女性)

 小林トラ(80歳女性)

 小林さくら(17歳女性)



・最初の事件は20■■年7月16日、13:30頃に発生した。


 当時、家族は昼食を食べ終わった直後であり、春雄・さくらはリビングでテレビを鑑賞中、佐知子はキッチンで食器の片付け、トラは仏間で盆棚の世話をしていた。


 最初に異変に気付いたのは、佐知子であった。

 片付けのためキッチンとダイニングを行き来していた佐知子は、リビングの庭に面した掃き出し窓上部の天井に、見慣れないものを発見した。

 佐知子曰く「人の頭だとすぐに気づいた」そうだ。

 それは天井から逆さまに首だけを出した状態で、佐知子に対して後頭部を向けていた。

 春雄とさくらは、その頭がある方角とは反対側のテレビを見ていたため、まったく気付かなかった。

 佐知子が悲鳴をあげると、春雄とさくらも部屋の中の異常に気付いた。


 13:45頃、天井の頭が血を流しはじめる。

 20センチほどの髪の毛は地面に向かって逆さまに降りていたが、天井の接地面から流れてきた血が首を伝い、髪の毛を濡らし、さらには床へと滴っていった。

 このとき、フローリングの上に敷いていたカーペットの一部と、掃き出し窓にかけられていたカーテンの一部が血で汚れた。


 佐知子、春雄、さくらはパニックに陥ったが、どうすることもできなかった。

 ひとまずリビングから離れ、ダイニングへと避難する。

 そうこうしていると騒ぎを聞きつけたトラが駆け付けた。このときトラは以下のようなことをつぶやいている。


「鳴降様のしわざだ」


 鳴降様というのはこの地方に古くから伝わる民話である。(※余談であるが鳴降市にある寺や神社とは一切関係がない)

 鳴降市は昔から雷が多く発生する地域で、その雷が鳴るたびに空から妙なものが降ってきたという。

 ある時は魚が。ある時は蛙が。ある時は小判が。ある時は渡し舟が。

 そしてある時には見知らぬ人間の死体が。


 トラ自身、こうした現象を間近に見るのは半世紀以上生きてきた中で数度しかなかった。それゆえ、他の家族よりは落ち着いていたが、それでも自宅の中でこのようなことが起きた場合にどうすればいいかまではわからなかった。

 今まで見てきたのは、いつも家の外、森の中や道端や学校でのことで、それらは人間の死体以外のものだったから。


 14:00頃、天井の頭は徐々に下降し、肩、胴体、腰とその体の大部分を部屋の中に移動しはじめた。衣服は一切身にまとっておらず、その体つきから、家族はみな男ではないかと推察した。

 相変わらずおびただしい血が天井の接地面から流れていたが、生体反応も一切ないことから、家族はだれ一人その男が生きているとは認識していなかった。


 14:15頃、死体はようやく全身を天井から現し、フローリングの床に落下した。すでに血だまりが出来ていた床に落ちたため、あたりは大量の血しぶきで汚れた。春雄はようやく確認のためにその死体に近づいた。

 死体はたった今死んだように綺麗だった。腐敗もほとんどなく、顔を見ると二十代くらいの男性に見えた。小林家の誰も、その男性に心当たりがなかった。


「通報しましょう」


 そう提案したのは佐知子だ。

 自分たちだけでこれをどうにかできるとはとうてい思えなかった。トラは「そうするしかないだろうね」と賛成した。しかしここで娘のさくらが異議を唱えた。


「でもこれ、わたしたちが殺したってことにならない?」


 普通に考えれば警察は小林家がこの男性を殺した、もしくは死体を遺棄したと思うだろう。それは当然予想されることだった。春雄は苦渋の思いで言った。


「それはそうだが、かといって俺たちがこの死体を隠したり、どこかに持っていくなんてできないだろう。狭い町なんだ、すぐにバレる。それより、通報するのはいいが、どうやってあの天井から死体が出てきたなんて信じてもらうかだな……」


 そう言って春雄が天井を見ると、そこはもうすでにいつもの天井に戻っていた。

 穴もなければ血のあともない。

 これには春雄以外の家族も全員驚いた。



・14:30頃、第二の事件が発生する。

 同じく小林家のリビングの掃き出し窓上部の天井に二人目の人間の頭が出現したのだ。

 佐知子はすぐに警察に通報。

 十分後に警察が到着。

 二名の警察官が現場を確認。すぐに応援が呼ばれる。

 さらに十分後応援の警察官および鑑識が到着。現場検証が開始される。



・15:30頃、第三の事件が発生する。

 小林家の家の周辺に十体の死体が出現。いずれも空から落下してきたものと思われる。二体が屋根を貫通、三体が庭や道路に激突飛散、二体がパトカーの上に衝突、一体が近くの送電線に引っかかり、残り二体は近くの畑に落下。いずれも人間の血液にまみれていた。

 以降、死体の出現は止む。



・16:00頃、南町2丁目周辺に規制線が張られ関係者以外立ち入り禁止となる。念のため、住民は屋外に出ないよう鳴降市一帯に町内放送が流される。

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