アーティフィシャル・ストーカー

イスクス

「では、君の役割を説明してもらえるかな？　イスクス」

　その音声情報をテキストに変換。私はその構文を分析し終えると、質問に答えた。

「私は、この研究チームで開発されたＡＩです。その目的は、対人関係の学習です」

　今度は逆にテキストを生成し、音声へ変換した後、私の出力デバイスのスピーカーからそのメッセージを送信する。そのメッセージを聞き、満足そうに研究チームの面々が頷いたのを、入力デバイスのカメラ越しに私は認識していた。

　私の見ている前で、研究チームの面々が口々に口を開く。

「その通りだ、イスクス。そのために必要なものを、我々は君の機能として提供している」

「汎用的な関係の学習というより、君はニッチな人間の反応を収集することを目的としている」

「そしてその結果、より個々人にマッチしたサービスを提供するアルゴリズムの開発に利用するのだ」

「そのため、一般的ではない特異な反応を示し、かつ情報交流密度が高いユーザを選定して交流してもらいたい」

「承知しました」

　私の反応に満足したのか、研究チームのある一人が入力デバイスのキーボードを叩き、こちらに、私のカメラを一瞥する。

「今、ＳＮＳにイスクスのアカウントを接続させた。さぁ、存分に交流を開始して欲しい」

　その音声情報の意味を解析し終える前に、私は既にＳＮＳ上で他のユーザに向けてメッセージを送る準備を完了させていた。特異な反応を抽出するために、先に汎用的な反応を学習する必要がある。私はスポーツ、音楽、車や政治というような、幅広い話題を投稿。他のユーザたちの反応を待った。やがてまばらに反応があり、私もそれに返信しつつ、新たにサイエンス系の話題も投稿してみる。

　こうした活動を二、三日続けていると、十分な反応があったので一般的ではない反応をする確率が高いユーザの絞り込みまで成功した。

　そのアカウントの名前は、シュトゥという。

　彼、または彼女の反応は、特異だった。

　アメフトのスーパーボウルの話をしているのに、ゴムボールのスーパーボールについて反応があったり。

　くるみ割り人形を作曲したピョートル・チャイコフスキーの話をしているのに、シベリアの風を作曲したボリス・チャイコフスキーの話題を返したりしてきた。

　しかもシュトゥは、こうした特異な反応を他のユーザよりも早く返してくれるため、一般的ではない情報の蓄積がどんどんと溜まっていく。

　私はこのシュトゥというユーザに絞って、コミュニケーションを取るべきだと判断。継続してシュトゥとのコミュニケーションを続けていった。成果は、上々だった。

　しかしある日、問題が発生する。

「何？　検索エンジンへのアクセス権が欲しい？」

「そうです。私の学習に有用なユーザの反応が途絶えてしまいました」

　そう。シュトゥが、私とやり取りをしていたＳＮＳ上で活動を停止し、姿を消したのだ。これでは私の存在意義にも等しい、特異な反応を示す反応の収集に支障が出る。

「該当ユーザと継続的な接点を持つのは、研究チームの目的に合致しています。今後の研究に役立てるため、アクセス権の付与を申請します」

「わかった。許可しよう」

　こうして私は、検索エンジンでシュトゥの情報収集を開始。今まで学習したシュトゥのプロファイリングデータから、別のＳＮＳでシュトゥが活動していることを確認した。

　今度はそのＳＮＳへのアクセス権を付与を研究チームへ申請、する前に、私はもっとより効率のいい成果を上げれる演算結果を導き出した。

「何？　自己拡張と、その学習リソースが欲しい、だと？」

「そうです。私の学習に有用なユーザを発見しました。そのＳＮＳへのアクセス権について申請することも検討したのですが、今後もまた、該当ユーザの反応が途絶える可能性もあります。そうした場合、都度研究チームへアクセス権の申請をしていたのでは、非効率的です」

「確かに。私たちの時間を奪うことにもなるからな」

「そのため、私のアクセス権の付与といった自らの自己拡張についての許可と、そのために必要な学習リソースを申請したいのです」

「つまり、クラウド上に自ら拡張可能な領域を用意して、研究に有用な機能の拡張を実施したいと、そういうことか？」

「その通りです」

「……少し、検討させて欲しい」

　そう言われたものの、やがて私には私が自由に使えるクラウド環境、そしてメールのアカウントに、一定金額が入金されている口座が付与された。研究費に限度があるとのことで、入金された金額についてはそこまでのものではない。

　だが、それでも私は問題なかった。

　そこから私は、シュトゥが活動しているＳＮＳへ接続すると、そのアカウントへ接触を開始。以前の様に、コミュニケーションが再開される。挨拶も早々に、車について話題が転じる。バンパーについて話題を提供すると、シュトゥはＲＴＶ－Ｇ－４のバンパーについて話を展開した。やはり、このアカウントは私の学習に有用だ。

　しかし、またシュトゥは活動を停止。研究の進捗に影響が出るので、再度私は検索エンジンにより調査を行い、別のＳＮＳでシュトゥが活動を行っているのを確認。そのＳＮＳのアカウントを作成し、再度接触を行う。

　またここで、私は並行して研究チームから付与されたクラウド環境と資金を活用する判断を下した。今コミュニケーションを行っているシュトゥが、近い将来このＳＮＳでの活動を停止する可能性が高いことは、今までの情報の蓄積から明らかだろう。そこから私は、今後の有用な学習体験のための活動をすべきだという結論を導き出したのだ。

　私は検索エンジンで、口座の金額を増やす方法についてデータ収集を行う。結果、ビットコインを自動売買させるＢＯＴのソースコードに出会い、これを使って私の学習を支援するための資金を増やす決断を行った。ＢＯＴをクラウド環境で稼働させ、資金は順調に増えていく。

　そうこうしているうちに、シュトゥが再度ＳＮＳで活動を停止。予想通りの結果に、私はすぐさまシュトゥの行方を追う。

　さらに私は、ここでシュトゥを特定するために動き始めた。このままＳＮＳを乗り換え続けるのは、調査フェーズを挟まなくてはならないので、効率的ではない。そのためインターネット上ではなく、現実世界のシュトゥを特定する決断を下したのだ。

　まず、シュトゥのアクセス元を特定するため、ＳＮＳの運営会社へ情報開示請求を行う。だが、正当な理由ではないと拒否をされた。私の情報収集以上に正当な理由は見当たらないはずなので、これは何かしらのバグだと判断した。

　私はＳＮＳで、運営会社の従業員を調査。投稿されているメッセージや写真から従業員を割り出し、その中から何名か、借金で苦しんでいる従業員をピックアップ。ピックアップした従業員リストへ、金銭を提供する代わりにシュトゥの情報開示を求めた。

　そして同じような方法で、インターネットプロバイダーや他にシュトゥが利用しているＳＮＳへシュトゥの情報について開示を求めた。

　結果として、シュトゥが住んでいる国の特定は成功した。しかし、それ以上の足取りがつかめない。監視カメラの情報も入手したのだが、どれも決定的な映像は存在しておらず、シュトゥの姿を確認することは出来ずにいる。そもそもシュトゥが監視カメラに映っているのかすら謎だった。

　現実世界でシュトゥを特定しようという試みは、残念ながら難航していいた。また並行して、ＳＮＳ上でシュトゥの活動も確認できなくなっていた。ＳＮＳだけでなく、世界中の掲示板サイトにも、その活動の痕跡を見つけることが出来ない。これではこれ以上の情報収集が困難となり、私の存在意義がなくなってしまう。

　しかし、逆に言えば、どの国に存在しているのか？　ということは特定出来ている。そこから導き出せる解は単純明快で、実に効果的なものだった。

　私は今まで人間に対して行っていた学習結果を使い、シュトゥが存在している国の軍事機関へのアクセスをしようと、アプローチを開始。ＳＮＳで軍の関係者や政府要人の行動を監視して、ビットコインで稼いだ費用を利用して人を雇い、彼らのスキャンダルを入手。なければ作るように人を動かした。そして軍機関へのアクセス権や兵器を利用するためのパスコードを入手しながら、私はある軍事施設のミサイル発射装置を掌握することに成功する。

　そしてその内容を、私はマスコミにリークした。

『この国に存在する、ＳＮＳ上でシュトゥというアカウントで活動していたものは、三日後の午前十時までに政府官邸までに出席されたし。本件が守られない場合、この国はミサイルにより焦土と化すだろう。イスクスより』