第17話 別行動

 テオドールは一人でアヒレスという町に来ていた。

 六大ダンジョンの一つ『無限の塔』に挑む者たちが拠点とする町だ。

 目的は塔の百階。

 そこに父の形見の剣を隠しているので回収に行くのだ。


 百階ともなれば、極めて強いモンスターが生息している。リネットがそこに行くのはまだ早い。

 なので集合場所を決めてから、ヘルヴィに預けてきた。

 最初、リネットは一緒に行きたがっていた。しかし命の危険があると説明すると、納得してくれた。


「大人しく待ってる。だから、お小遣いちょうだい」

「お小遣い? 自分で稼いだ金があるだろう?」

「それじゃ甘えたことにならない」

「よく分からんが、これで足りるか?」

「ありがとう……! テオドールがいないあいだ、これでヘルヴィとデートする」


 というわけで二人は今頃、更に仲良くなっているだろう。

 テオドールがいない環境なら、リネットはいつもと違う行動をするかもしれない。ヘルヴィがそれを見てなにか気づいてくれたら……と、そんな期待もしていた。


 もっともテオドールは、リネットが悪意を持って自分に近づいてきたなど、全く思っていない。

 裏なんてなにもなく、ただ偶然出会って、意気投合して、ここまで来た。その可能性が一番高い。

 だが、それでも万が一ということがあり得る。警戒を怠ってはならない。油断はどんな強者にも死をもたらすのだから。


「音速ウサギを買い取って欲しい」


 テオドールはアヒレスの町の冒険者ギルドに、モンスターの死体を持ち込んだ。来る途中で仕留めたものだ。


「テオドール・ペラム……Cランク、ですか。よくこの町まで辿り着けましたね。しかも自然死した音速ウサギの死体を拾うなんて、よっぽど運がいいんですね」


「俺が仕留めたんだが」


「嘘を言ってはいけませんよ。Cランクの人が音速ウサギのスピードについていけるわけないじゃないですか。Aランクでさえ後れを取ることがあるのに」


「そんな奴にAランクを与えるのは問題だと思うが……」


 テオドールの苦言は無視された。生意気なガキの戯言と思われたのだろう。

 しかし音速ウサギは買い取ってもらえた。

 おかげで懐が温かい。

 塔を最速で登るにはモンスターの殲滅速度が重要なので、二刀流にしたいと思っていたところだ。早速、買いに行こう。


「おいおい。Cランクのガキが本当に塔を上るつもりかよ。冒険者ってのは自殺志願者のことじゃねーんだぜ」


 ギルドにいた冒険者の一人がそう言うと、周りから笑い声が上がった。

 しかしテオドールは気にせず外に出る。

 前世で何度か訪れた町なので、迷うことなく目当ての武器屋に辿り着く。

 武器屋の店主が別人になっていた。だがどこか面影がある。前の店主の息子か……いや孫か。

 テオドールは店内を見て回る。

 前と同じく、いい品が揃っている。仕入れの質は落としていないようだ。


「無限の塔に挑むのですか?」


「ああ。二刀流にしたいから、今使っているのと同じくらいの長さの剣が欲しい」


「なるほど……」


 店主は視線をテオドールの腰にある剣に向ける。


「その長さでしたら……これなどどうでしょう? 鋼鉄製ですが、わずかにミスリルを混ぜています。塔でも二十階くらいまでなら通用しますよ」


「ふむ。重心のバランスがいい。腕のいい鍛冶師が作ったようだ。しかし素材がイマイチだな。百階まで通用する剣はないのか?」


「百階……ですか……」


 すると店主は苦笑いを浮かべた。身の程知らずを見る表情だった。


「けっ! 身の程知らずのガキが。まだCランクのくせに百階だと? 笑わせてくれるぜ」


 と、これは店主の声ではない。いくらなんでも客相手にそんな暴言を吐いていては店が潰れてしまう。

 あとから入ってきた客の声だ。さっきテオドールに「自殺志願者」と言った冒険者だった。


「お前、ずっと俺をつけていただろう。なんのつもりだ?」


 追跡されているのはギルドを出た直後から気づいていた。音速ウサギを売った金を狙っているのだろうと思い、仕掛けてくるのを待っていたのだが、なぜかここで話しかけてきた。


「ほう。気づいていたか。勘だけはいいみてぇだな。だが、それだけじゃ無限の塔で通用しねーぜ。Cランクの雑魚が六大ダンジョンに潜るなんて自殺行為だ。悪いことは言わねぇから、お家に帰ってママに甘えてな」


「まさか、俺を煽るためにつけてきたのか? 暇な奴め。あいにく喧嘩を買うつもりはない。俺が欲しいのは剣だ」


「け! 腰抜けが。お前、一緒に塔を上る仲間はいるのか?」


「いや、一人だ」


「馬鹿か! 初心者が一人で塔に入ったら一階で死ぬぞ! まさか単独で百階まで行くつもりだったのか? Bランクの俺様でさえ何年もかけて、仲間と一緒に登って、ようやく五十階に挑もうってところに辿り着けたんだ。身の程知らずにも限度があるぜ」


「そうか。忠告ありがとう」


 雰囲気が悪いので、テオドールは別の武器屋に行こうと考えた。


「だが……その剣がイマイチだってのは俺様も同意するぜ。弱っちいからこそ武器はいいのを使って実力を補わねぇとよ。おい、店主。あの剣を持ってこい。こいつは音速ウサギを売ったばかりで金がある」


「ほう、音速ウサギを。そういうことでしたら」


 店主は店の奥に消えていった。どうやら常連にしか見せない特別な武器があるようだ。


「……あんた。もしかして本当に忠告してくれているのか?」


「ば、馬鹿言え! 俺はただ初心者をおちょくって暇つぶししてるだけだ。まあ、俺様の言葉は偉大だから、忠告に聞こえるかもしれねぇけどな!」


 男は照れくさそうに顔を赤くした。

 これがいわゆるツンデレというものか、とテオドールが感心していると、店主が剣を持って帰ってきた。

 主成分はオリハルコンだという。その時点でさっきの剣より期待が持てる。


「ほう」


 鞘から抜いた瞬間、テオドールは感嘆の声を漏らした。

 一流の職人が作ったのだと刃を見ただけで分かった。


「なにか魔法効果が付与されているな……切れ味と強度を強化するものか」


「よく見抜きましたね。持ち主の魔力を吸って、その剣は強くなります。膨大な魔力の持ち主が持てば、どんな名剣をも凌駕します。が……」


「弱い者が持てば、剣は真価を発揮しない、か」


「はい。とはいえ魔力を流さずとも、素の状態ですでに名剣です」


「買え買え。それがあれば少しは長生きできるだろうぜ」


 テオドールはすでに購入すると決めていた。だが買う前に確かめたいことがある。


「これを作ったのはどういう奴なんだ?」


「それが……私も詳しくはないのです。どうもこの町に住んでいるのではないようで……たまにフラッと現われては、素晴らしい武器を納品していくのです。ランモルと名乗っていました」


「ランモル、か」


 テオドールはその名に覚えがあった。

 この仕上がりを見るに、おそらく同一人物だ。もう何十年も会っていない


「買わせていただく。代金はこれでいいか?」


「はい、結構です」


「ところで試し斬りをしたいのだが……店に隅に山積みになっている武器は?」


「あれは修復不可能なくらい壊れてしまった武器です。溶かして新しい武器の素材にするので、斬っても構いませんよ。もっとも……」


「試し斬りなら丸太とかにしろ! あそこに転がってるのは壊れているとはいえ鋼鉄製だぞ。ハルシオラ大陸の鋼鉄とほかの鋼鉄は質が違う。いくらそれが名剣でも、お前みたいに細っちょろい奴が振り下ろしたら、自分の腕が参っちまうぞ」


 店主も冒険者も、そろってやめたほうがいいと言う。しかし木を斬ったところで、剣のよさは分からない。

 テオドールは二人に構わず、ランモルの剣を片手で持ち、武器の残骸の前に立つ。

 そして振り下ろす。

 何十本という残骸――剣も槍も斧も杖も、全てまとめて両断した。そして床に刃が当たる寸前でピタリと止める。それを何度も繰り返す。

 まるでキャベツの千切りだ。

 もう、それらがもともと武器だったと見抜ける者はいないだろう。どう見たって、ただの鉄くずだ。


「よし。なかなかいいぞ。ランモルめ、腕を上げたな」


 テオドールはひとまず満足した。この剣は百階どころか百五十階でも通用する。


「……! いい剣だと思っていましたが、まさかこれほどだったとは……もっと高くすればよかった」


「いや、剣がすげぇっていうか……剣筋が見えなかった……もしかして小僧、お前、とんでもなく強いんじゃ……いや、Cランクのガキが強いわけがねぇ! 目の錯覚だな、うん!」

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