第10話 白昼夢のような

「お前は、誰だ」


 そう問いかけながら少女を観察する。

 やはりアンリエッタと瓜二つだ。身長より長い杖を持っているところまで似ている。

 けれどテオドールが知っている彼女は、二十歳前後の大人の女性だった。

 この少女は十歳かそこらの子供だ。


 かなりの実力者なのは間違いない。しかしアンリエッタどころか、今のテオドールにも遠く及ばないだろう。

 もちろん、この少女がテオドールの理解を遙かに超えた高みにいて、蟻が象の大きさを正確に把握できないように、実力を見誤っているという可能性もある。

 だとすれば、ますますアンリエッタだ。


「えっと。人に名前を尋ねるなら、まずは自分から名乗るべきだと思うけど」


 少女は眠たげな顔ながら、鋭く正論を言ってきた。


「俺はテオドール・ペラムだ」


「先代の白騎士と同じ名前?」


 首を傾げて銀髪を揺らす。


「ほう。先代白騎士を知っているのか。ギルドの受付嬢に名乗っても、まるで反応がなかったが」


「それは仕方ないと思う。五色の称号を持つ人は、ハルシオラ大陸の外にほとんど出ないらしい。十五年も前に死んだ先代を知らなくても不思議じゃない。けれど大きな功績を残した人だから、知ってる人は知っている。私は知ってる側」


「勉強熱心なんだな」


「偉い?」


 少女はどことなく褒めて欲しそうに呟いた。

 子供っぽい演技をしているようにも見えるし、これが素のような気もする。


「俺は先代白騎士その人で、十五年前に死んで、転生してきた……と言ったらどうする?」


「えっと……反応に困る。やっぱり新手のナンパ? 私が将来美人になるだろうと思って気を引こうという魂胆?」


「ナンパではないが。しかし将来美人にはなるだろうな」


 テオドールがそう言ってやると、少女は眠たげだった目を丸く見開いた。

 それから頬を赤く染めて顔を下に向けた。


「そんなこと言われたら……照れる。嬉しくて笑ってしまう」


 少女は表情筋をあまり動かさず「えへへ」と棒読みで呟いた。

 感情を表わすのが苦手なのか。それともふざけているのか。

 いずれにせよ、これはアンリエッタではない、とテオドールは見切りをつけた。


「君が俺の師匠によく似ていたから、化けて出たのかと思って探りを入れてみたんだ。だが似ているだけのようだ」


「言ったでしょ。師匠じゃない。初対面。ちなみに私の名前は、リネット。半年くらい前から、この辺に活動拠点を移した冒険者。よろしく」


「ああ、よろしく」


「ところで、私ってそんなにテオドールさんの師匠に似てる?」


「驚くほどそっくりだ」


「ふーん……照れ照れ」


「照れる要素、あるのか……? 質問なら俺からもある。君の親戚に竜人がいたりしないか?」


「親戚? 私、お父さんもお母さんも死んでて、そういうの詳しくない。ごめんね」


「そうか……妙なことを聞いた。すまない」


 初対面の人間に家族構成を聞くなんて、冒険者にあるまじき行為だ。

 おかげで少女に天涯孤独だと言わせてしまった。

 本人は気にしていないようだが、テオドールは気まずい。


「町に帰るの? なら私も一緒に行く」


「言っておくが、賞金を分けてくれというのは駄目だぞ。晩飯くらいなら奢ってもいいが」


「太っ腹。ありがたくご馳走になる。……あれ? これって私、ナンパに引っかかってる?」


「そうかもな」


 テオドールは冗談めかして答える。

 このリネットという少女は、アンリエッタではない。だがここまで似ている以上、無関係と断定するのは時期尚早だ。

 もう少し様子を見たい。


 世の中、そっくりな人が三人いる、という話を聞いたことがある。

 本当に他人のそら似という結論になるかもしれない。

 それならそれでいい。

 近いうちにハルシオラ大陸に行く。それまでのあいだ、アンリエッタを鏡に映したようなこの少女をもう少し見ていたかった。


 ――やれやれ。これじゃ本当にナンパじゃないか。


 テオドールは自分自身の未練がましさに呆れた。

 師匠の死体と決着をつけるために転生までして、なにを今更、ではあるが。

 自然と自嘲が浮かぶ。


「……ん?」


 隣を歩いていたはずのリネットの気配が消えた。

 辺りを見回しても、姿がない。


「警戒された……か?」


 初対面の男にホイホイついていかないのは、幼い少女として正しい姿勢だ。それにしてもテオドールに悟られずに姿を消す技量は、やはり只者ではない。

 師匠によく似た少女が突然現われ、幻のように消える。

 まるで白昼夢を見た気分だ。


 テオドールはしばらくリネットを探した。だが見つからない。真新しいコンパスが落ちていた。リネットと関係あるかは分からない。

 やがて日が沈み始めたので諦めて、町へと急いだ。


 盗賊のボスの首を持っていくと受付嬢は「もう終わらせたんですか!」と仰天した。

 まずは賞金が半額支払われた。もう半額はアジトの全滅を確認してからだ。確認できれば賞金だけでなく、Dランクへの昇級が認められる可能性が高いと受付嬢は言う。

 とりあえず、当面の生活費の心配はなくなった。

 強くなるには、食事と休息が大切だ。

 なのでギルドの真向かいの宿で、食事を取り、ぐっすりと寝る。

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