#4 恋愛(1)

愛が宮廷を、野営地を、茂みを支配する

人々は下界で、聖人は天界で

愛は天国であり、天国は愛なのだから

——スコット



***



 愛(Love)とは人生の光であり、太陽である。

 私たちは愛する人が一緒に楽しんでくれないと、自分自身や他の何かを十分に楽しむことができないように造られている。

 たとえ一人でも、「愛する人と分かち合いたい」と願いながら、楽しいことを蓄えていく。


 愛は生涯を通して続くものであり、あらゆる年齢や状況に適応する。

 幼少期には父と母へ、青年期には妻へ、老年期には子供へ、そして兄弟姉妹、親戚、友人へと続いていく。


 友情の強さはとても格言的で、中には、ダビデとヨナタンのように女性の愛を凌ぐと表現される友情もある。

 しかし、私たちが友人に負っていることについてはすでに述べたので、本章で言及する必要はないだろう。



(※)ダビデ(David):旧約聖書の『サムエル記』と『列王記』に登場。羊飼いから古代イスラエルの王になる。

(※)ヨナタン(Jonathan):旧約聖書の『サムエル記』に登場。初代イスラエル王サウルの息子だが、父が殺害しようとした親友ダビデを助けた。



 人間に対する「プロビデンス(神の摂理)」の善意は、しばしば父親や母親の子供に対する善意に例えられる。


「優しく誠実な顔をした母親が、自分の席から幼い子供たちに目を向けて、一人にキスをし、もう一人に抱擁をする。ある者は膝の上で、ある者は自分の足の上で。そして、行動や表情、不平不満や身振りから、彼女は子供たちの気持ちや様々な意志を学び、表情や言葉を使い分けながら、厳しくも微笑ましくも子供たちを愛している。——だから、私たちに対するプロビデンス(神の摂理)はどこまでも高く、無限に、私たちに必要なものを見守り、すべての祈りに耳を傾け、すべての望みを叶えてくれる。もし、プロビデンスが私たちの権利と思われるものを否定するとしたら、『私たちに求めさせるために否定している』か、あるいは、『否定するように見えても、否定することで許可している』のである」[1]


 ウォルター・スコット卿は、次のように語っている。


「もし地上に、愛情の残滓(passion’s dross[2])から生まれる澄んだ雫があるとしたら、それは誠実な父親たちが愛娘の頭上で流した涙である」


 エパミノンダスは、レウクトラの勝利を喜ぶ最大の理由について「父と母を大いに喜ばせるためだ」と語っている。



(※)エパミノンダス(Epaminondas):古代ギリシャ時代の都市国家テーバイの将軍。レウクトラの戦いで、神聖隊を率いてスパルタ軍を破った。

(※)神聖隊(ヒエロスロコス):古代ギリシャ最強と謳われるテーバイの精鋭歩兵部隊。男性同士のカップルによって編成された。共に戦場に出ればお互いが惨めな姿を見せまいと勇敢に振る舞い、また愛する人を守るために奮戦するだろうとの狙いがあった。



 また、動物への愛情を完全に排除してはならない。

 未開人が「動物は不死である」と信じ、死後に忠実な犬が伴侶となって、あの平等な空へ行けると考えているなら、共感せずにいられない。


「あの平等な空に認められて、彼の忠実な犬は一緒にいてくれるだろう」[3]


 インドの大叙事詩『マハーバーラタ』の中で、主人公パーンダヴァの家族がついに天国の門にたどり着くと、彼らは歓迎されるが、犬は中に入れないと告げられる。懇願もむなしく、彼らは「忠実な仲間を置いて行くことはできない」と言って、天国から離れることを決意する。しかし、最後の瞬間、門の前にいた天使が折れて、彼らの犬は一緒に天国に入ることを許される。


 私たちは、学ぶべき時代が来ることを望んでいるのかもしれない。


「喜びや誇りを、最も卑劣なものの悲しみと混ぜ合わせてはいけない」[4]


 しかし、今は結婚につながる愛について話を進めよう。

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