遺伝
「お母様。今度は卓球勝負よ」
お風呂から上がると、お姉ちゃんは再び、シズカおばさんに勝負を挑んでいた。
男女に分かれた浴場の入り口。
その近くに小さなスペースがあり、そこが遊戯スペースとなっている。
そこには卓球台が二台置かれているが、誰もやっている人はいなかった。
「わたくし、疲れたのだけど」
「何言ってるのよ。泳ぎの勝負じゃ白黒付かなかったじゃない」
腕を組み、得意げに笑うお姉ちゃん。
一方で、シズカおばさんは嘆息して、同じように腕を組んだ。
傍で見ていたボクは、「似てるなぁ」と素直な感想を漏らす。
「……きっと、遊びたいんでしょうね」
声がして振り向くと、アイスを食べた安城さんとカリンさんがいた。
「レン様を取り合っているのは確かですが。プライドの高いケイ様のことです。素直に言えないのでしょう」
「わたしだったら、遊ぼって言うけどなぁ」
「堤様は人懐っこいですからね」
と、話しているのを聞いて、二人が卓球台を挟んで向かい合う姿を眺める。
普段は甘えさせてくれるお姉ちゃん。
けれど、お母さんの前では、自分も甘えん坊になるのかしれない。
*
卓球を始めてから、一時間が経過した。
「はぁ、はぁ、や、やるじゃないの」
シズカおばさんが、肩で息をしてラケットを振る。
「……へぁぁ、はぁぁ……、お、母様こそ、しぶと……」
お姉ちゃんが疲れ切った顔で、ラケットを振っていた。
実は一度勝負がついて、勝ったのはシズカおばさんだった。
けれど、負けず嫌いのお姉ちゃんは、一戦を頼み、勝つことができた。
ところが、シズカおばさんも負けず嫌いなのだ。
窓際で安城さん達と並び、マッサージ機で体を解しているのだが、二人の勝負は未だに終わる気配がない。
「……長いですね」
安城さんの頬が引き攣っていた。
「今日は宿題やらなくていいや。ていうか、寝ません?」
「ええ。二人が終わってからですね」
いつ、終わるんだろう。
二人は汗だくになっていて、肩で息をしているのに、お互いに一歩も譲らないのだ。
「シズカ様は温厚なので、普段は他人に何かと譲ってくれるのですが……」
「あー、言いたい事わかる。ウチの親もさ。他人には優しいんだけど。わたしには、すっごい厳しいんだよね。一歩も譲らないもん」
そういうわけだった。
娘が相手となれば、一歩も譲らない。
それが親子の間では、よくある話らしかった。
「もう、疲れたわ。この一球を譲ってよ」
お姉ちゃんが球を打ち返す。
「仕方ないわね。だったら、隅に打ってあげるわ。はい」
シズカおばさんが打ち返す。
ボーっとしていたお姉ちゃんだが、言ってる事のおかしさに気づき、慌てて隅に跳ねていくボールを打った。
「それ、負けるじゃないの!」
「親孝行という言葉を知らないの? 全く。ケイったら」
「いやいや。そっちこそ、我が子に譲りなさいよ!」
二人は尚も打ち返し続ける。
「本当に、親子だなぁ」
「ラン達はお菓子でも食べて、ゆっくりしませんか? 食事処でクリーム尽くしのスイーツが食べられるそうですよ」
「……ラン様、甘い物好きですね」
ボク達はスイーツを食べて待つことにした。
勝負がついたのは、さらに一時間が経過した後だった。
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