張ったところで破られる

 何かがおかしい。

「清水ー、メシ食おうぜ」

「また来たのかよ」

 いーだろ別に、と髙橋を引き連れて教室へと押し掛けて来る柳田に呆れるも、柳田も髙橋も悪びれる様子なんて微塵もなく笑っている。

 八古と髙橋を誘い少年団の稽古に行ってから二週間、月も変わり、中間考査と模試がすぐそこまで迫っていた。

 と、いうのは良いのだが、最近、野球部を見に行く以外で八古の顔を見ていない。髙橋はこうして、柳田とともに昼飯をともに食うようになったのだが、

「八古は?」

 と、問い掛けると、決まって髙橋は口元をムッと膨れさせ、言い辛そうに顔を歪める。

「なんか、断られる」

「なんで?」

「わかんねぇから“なんか”なの」

「ふーん」

 もう少しで中間考査。来週からは部活も休止期間に入り、先週末から再開したばかりの道場も無理に参加しなくても良い時期になる。滅多にない貴重な勉強に集中できる期間だ。勉強でもしているのだろう。

「なぁ、清水は道場行くん?」

「んー、一日飛ばしくらい?そんな毎日は行かねぇかな」

「おお、それなら弟が喜ぶな」

 まぁな、と弁当を出しながら微笑むと、髙橋が不思議そうに俺を見た。

「なに?」

「んー?いや、こないだも思ったけど、清水って見かけによらないよな」

「貶してんのか?」

「そうじゃねぇし」

 臍を曲げたように眉根を寄せて俺を見て、マサと同じこと言うし、と髙橋は口を尖らせる。八古の見かけによらないところを俺は知らないし、俺は俺だから何が俺らしいのかなんて知ったことではない。

「どの辺がそう思った?」

「んー?おっかねぇのかなぁって思ってたけど優しいし、反抗期真っ只中かなぁって思ってたけど家族思いだし」

「うん。俺をなんだと思ってたの?」

 苦笑いしながらおかずの詰め込まれたタッパを開き、箸を取る。いただきます、と小声で呟くと髙橋は、それとか、とさらに付け加え、平たい弁当箱の蓋を開けた。

「うげっ、しめじ入ってやがる」

「侑司、しめじ嫌いなん?」

「嫌い、この見たまんまキノコな感じ嫌い」

「しめじはキノコなんだから仕方ねぇだろ」

「えー、しめじうまいよ?」

 髙橋は弁当のしめじを除けるでもなく、その周りにある唐揚げやブロッコリー、アスパラベーコンといったメニューと米を交互に、好きな割合で食べ進めている。

「食ったことはあんの?」

 柳田がいつも購買で買ってくる唐揚げ弁当を頬張りながら、髙橋に問い掛ける。髙橋は頬を少し膨らませ、数度咀嚼し首を左右に振った。口の中にあったものを全て飲み下し、ない、と口元を隠して呟く。

「しめじって味ある?」

「味っつーか風味じゃねぇか?香りっつーか」

 柳田が徐に髙橋の弁当へと箸を伸ばす。当の髙橋は嫌がる素振りも見せずただそれを待ち、じっと柳田を見た。箸はしめじと卵と豚肉の炒め物らしきおかずに触れ、しめじだけを選び取る。

「食ってくれんの?」

 髙橋が問うと柳田は曖昧に、んー、とだけ言い、しめじを口に放り込んだ。咀嚼し、美味いじゃん、とさらに続けた。

「醤油とね、少しだけコショウと砂糖も入ってんのかな。あと、鶏がらスープの素」

「そんなんわかんの?」

「こいつ、味覚だけは鋭いんだよ」

「だけってなんだよ」

 心外だと言わんばかりに言い返し、柳田は再び髙橋の弁当へと箸を伸ばす。数回箸で切れ目を入れ、そこをさらに挟み切り分けた。

「半分食ったげる」

 そのまま自分の分と決めたらしいそれを箸で取り、柳田は唐揚げ弁当の米の上へと置いた。

「……食わなきゃダメ?」

「ダメ〜!」

「小学生かよ」

 どうしても食いたくない髙橋と、せめて半分は食えと言う柳田の攻防は至極くだらないが、見ている分には百面相している髙橋が面白く飽きない。

「ひと口食ってみたらいいだろ」

「えー……」

 と、自分の弁当箱に残されたしめじを見詰め、箸で持っては置き、つついては持ってを繰り返し、ついに止まった箸には豚肉が摘まれていた。

「そっちかーい」

 笑いながら柳田がツッコむが、髙橋はお構いなしに箸に取ったそれを食う。同い年と思えないやり取りをする二人に笑うしかできず、よぉやるわ、と思わず溢した。

「え、アレ!」

「あ?」

 柳田が廊下を指差し、俺と髙橋は釣られてそちらに目を遣る。人がごちゃごちゃといる教室の先の廊下を数名の短髪男子の集団が歩いている。その中に一際見慣れた短髪の男子がいたのだ。

「八古だな」

「おん、だから!」

「なに?」

 特に騒ぐ理由などないのだが、柳田は気に入らないのか口を尖らせ訴える。

「俺らとメシ食うの断ったくせに」

「いいだろ、別に。気分じゃねぇとかあんじゃん」

「えー、侑司もいんのに?……なぁ、あいつらと仲良いん?」

 と、柳田は懲りずに髙橋へと問い掛ける。八古の好きなようにさせてやれば良い、と思うのだが、問い掛けられた髙橋も唸った。

「野球部のヤツと、同中のヤツだけど……マサはあんま同中と絡みたがんないんだよね」

「そうなん?」

「うん……だから、変と言えば変」

 髙橋の話から、八古が喜んであいつらと連んでいると思えない俺と柳田だが、どうしたものか、と考えるだけで実際にどうこう出来はしない。もどかしさというよりは、俺達はそこまでの関係性なのだろうか、という点が引っ掛かり、髙橋の役目のように思えているのだ。

「呼ぶ?」

「わざわざ見える位置に溜まってるしな」

 助けを求めているのか、当てつけなのか。どちらにも見えるが、恐らく八古からするとどちらでもないであろうそれに、髙橋は眉を吊り上げ溜息を吐いた。

「つか、清水はもういーの?」

「なにが?」

 ころころと話題を変える柳田についていけず、純粋に分からないその問い掛けに聞き返すと、柳田は目を剥いた。

「なに、って……お前、侑司と八古に見られてんの嫌がってたじゃん」

「そなの?」

「あー、まぁ」

 なんで、と髙橋はアスパラベーコンを口に入れる。隠す程でもない話だし、ここまで柳田がバラしたのでは濁す方が不自然だ。

「見られてる理由分かんなかったから、ちょっと嫌だっただけだし」

「なんかゴメン」

「別にいーよ」

 本人が嫌な気持ちにならなかったのであれば、そこまで重い話ではない。それよりも、今は八古の方が状況は深刻そうだ。

 誰も終わった話に気も止めず、再び視線を八古へと戻す。少しして、髙橋は箸を取ると、先程まであんなにも食べたくないと駄々を捏ねていたしめじを口に放り込み、米を掻き込んで口の中から無かったことにする。咀嚼し、不味くなかった、と場違いな言葉を吐いたと思えば、勢いよく麦茶を飲んだ。呷っていたボトルを下げると、八古へ目を向ける。

「マサ!ちょい!」

 と、手招いた。


***


 余計なお世話だ、とも思うし、助かった、とも思う。

 意地を張って髙橋や柳田の誘いを断り、あまり得意ではない元同級生達と昼を共にしたのだが、話題の程度が低く苛立ちが募るばかりだった。せめてもの抵抗に三人がいるであろう七組の前で立ち止まると、柳田は俺を指差すし、清水と髙橋はチラチラと俺を見ては何か話しているらしいが、人で賑わう昼休みにそれを聞き取ろうというのは無理な話だ。

「マサ!ちょい!」

 と、半ば諦めていると、聞き慣れた男子にしては少し高めの声が耳に飛び込んできた。目を上げると、髙橋が椅子から少し腰を浮かせて俺を手招いている。

「お、髙橋じゃん」

「え?アイツって清水と仲良いの?」

「そうなんじゃねぇの。じゃあな」

 適当に返し、先程まで惚れた腫れた擦った揉んだなんて話に花を咲かせていた奴らを置いてけぼりにする。そのまま七組へと避難した。

「よーっす」

「ん」

 ヒラヒラと手を振る柳田と、事情を知っているだけに少し心配そうな顔をしている髙橋は、何か言いたげに俺を見た。

「なに」

「俺らの誘い断ってアイツらんとこ行かなくていーじゃん」

「別にいいだろ」

「なんで断ったんだよ」

「俺の自由だろ」

 相変わらず居心地の悪さを増長させるような目で俺を見るふたりから顔を逸らす。と、清水と目が合い、柔らかくそれが細められた。

「なに」

「いや?しゃべんの久々ーって思っただけ」

「まぁ、確かに」

 放課後になると決まってグラウンドにいるのも、たまに柳田と来ては飯を食いながら話しているのも知っている。髙橋は柳田と同じクラスだし、髙橋はどこか吹っ切れたらしく柳田とよく一緒にいるのを見る。が、俺と清水はあの日以来なにもない。なにもない、というより起こらないようにしている。

「なに、清水と八古ケンカでもしてんの?」

「話してねぇのにどうやって喧嘩すんだよ」

「え、ガン飛ばしたり」

「俺と八古がそういうキャラに見えるか?」

「いや、そこはわかんねぇじゃん?」

 分かれ、と柳田の適当な話にしっかりとツッコミを入れて、呆れたように笑う清水に腹が立つ。どこまで優しいんだ、コイツ、と。

「じゃあな」

「え?もう?」

「もう予鈴鳴んじゃん」

「マサ、部活でな」

 おう、と髙橋に短く返し、そのまま七組から逃げ出した。チャイムが鳴り響くと、滞っていた人集りが動き出す。教室から出ていく奴、入っていく奴、体育館へと向かうジャージ姿の奴……。

「やべ、次体育だ」

 すっかり頭から抜けていた時間割が突如として思い出され、走って教室へと戻ると数名の男子しかおらず、ドイツも急いでジャージへと着替えていた。

「あれ、行ったんじゃなかったの?」

「いや、ちょっとな」

「そ」

 と、特別仲がいい訳でもない前の席の奴と言葉を交わし、ワイシャツのボタンを二つ外しそのまま首を抜いた。

「待つ?」

「一緒に怒られてくれんの?」

「仕方ねぇな」

 ガチャガチャとバックルを揺らしてベルトを取り、スラックスを下ろす。ジャージに脚を突っ込み、足を下ろすついでに靴へと捻じ込んだ。

「行くぞ」

「うぃ」

 教室の中だけ小走りし、廊下に出て思い切り床を蹴る。床に押し返されてどんどんと加速し、俺より背の高いクラスメイトと並走した。

「足早っ!」

「だろ」

 取り柄といえばそれくらいしかない身体だが、スピードですら誇れる程ではない。

「走るなよ!」

 と、怒鳴る教師の声を背中で聞きながら、そのまま体育館のドアに手を突き、押し入った。

 本鈴が鳴る。

「おー、セーフじゃん?」

「いや、ギリアウトだから」

 並べ、と体育教師に注意され、小さく会釈をしながら身長順になっている列へと並んだ。

 特に何か準備がされているわけでもない体育館では、二クラスの男女が中央にあるネットで隔てられている。女子はバスケットボールをやるらしく、すでにボールを床に叩きつける音が響いていた。

「よし、バスケ被ったから格技室行くぞ」

「格技室?」

「剣道、やんぞ。はい、移動」

 と、促されるもののこのクラスに経験者なんているのだろうか。それは他の奴らも疑問に思っているらしく、やったことがあるかをそれぞれ移動しながら小声で話していた。

「このクラス経験者いないのか?」

「他のクラスいるんすか?」

「あー、七組と八組な。どっちか借りれねぇかな」

 体育教師によって開けられた引き戸の先には、先日見たのより幾分狭い空間が広がった。

「そっちに竹刀とかあるから探してこい。保健委員こっち」

 近くにいる生徒に指示を飛ばしながら体育教師はなにやら準備をし、少し埃の被っている大きな、柳田や清水が持っていたのと同じ袋を引っ張り運んだ。

「七組の清水か、八組の柳田、どっちか確か自習だったと思うから呼んできてくれねぇか。頼むわ」

「はい」

 返事をしてそのまま小走りに出ていく保健委員ふたりを見送り、始めるぞ、と体育教師が袋の中から取り出した防具の一つを片手で掲げた。

「コレ、なんだ」

「カブト!」

「んなわけあるか」

 クラスのアホ代表が大声で珍回答を叫ぶと、隣の奴がツッコんだ。どうやら、防具やそれぞれの役目から説明するらしい。詳しく知っているわけではないものの、なぜか知った気になって聞き流そうとしてしまうが、何かの間違いで筆記テストがあるかもしれない。皆無とはいえない展開を想定し、耳を傾ける。

「コレは面な。頭守る防具だ。んで、このアゴのところのは突き技から守るのについてるやつな」

 教師も特に詳しい訳ではないようで、雑な説明をしながら一つ一つを手に取り、指差し説明している。

--清水か柳田か、どっち来んだろ。

 と、いつの間にか思考は外れ、落ち着かない。

「んで、最後な。コレは垂って名前なんだけど、あってもなくても、まぁ、いいやつだな」

「それ、ないとダメっす」

 おー、来たか、と教師が手招きソイツを格技室へと迎え入れた。

「で、柳田。なんでコレないとダメなの?」

「それないと胴に当たり損ねた竹刀が脚とかに当たって痛ぇんですよ」

 やって来たのは柳田で、緩い雰囲気のまま説明をし、教師の手にある垂を掴み制服のまま自分の腰元に巻き始めた。

「あれ、これ俺いる?」

 ゾワリ、と入口の方から聞こえた声に背中が粟立った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る