第31話 ダメの一点張り

 ほどなくしてつなちゃんはうちを出た。

 もう夜だったため、当然の帰宅だ。

 そして、そんな彼女を俺は駅まで送ることになった。

 なったも何も、言い出たのは俺だけど。


「悪いね送ってもらっちゃって」

「全然大丈夫です」


 笑うつなちゃんの表情に照れてしまったため、俺は頬を掻きながら目を逸らす。

 相手が女の子という事もあるけど、俺が一緒に居たいから送っているだけだ。

 今日は姉がいたし、あんまり話せなかった。

 もうちょっと二人の時間が欲しかっただけなんだ。


「瑛大君ってお姉ちゃんと一緒の部屋で寝てるんだね」

「まぁ、狭いので自分の部屋なんてなくて」

「よっぽど仲良くないと無理だよ。仲の良い弟とか羨ましいよ」

「つなちゃんは兄弟いるんですか?」

「ううん、一人っ子」

「そうなんですね……」


 サキュバスの弟という事は、普通の人間ではないのだろうか。

 男の淫魔だからインキュバス?

 普通に会話しているけど、つなちゃんはサキュバスなのだ。

 たまに忘れそうになる。


「つなちゃん」

「何?」

「つなちゃんって、彼氏とかいないんですか?」


 俺の問いにつなちゃんは苦笑しながら首を傾げた。


「いないけど急にどしたの」

「い、いや、気になっちゃって」

「私は生まれてこの方彼氏なんてできたことないよ。一番親しいのは瑛大君かも」

「……」


 嬉しさで胸がいっぱいになった。

 独占欲が満たされ、興奮する。


「あの、つなちゃん。……手繋ぎたいです」

「なんで?」

「……」


 勢いに任せて言った俺に、つなちゃんはゆっくり聞いてきた。

 俺もそこで少し冷静になる。


 俺は、つなちゃんの事が好きだ。


 これは友達としてとか、頼れるお姉さんとしてとか、キスしてくれる美人だからという事が理由なわけではなく、純粋に恋愛感情を抱いている。

 いつからかはわからない。

 でも、この前千陽ちゃんとの関係を考えた時に、俺は気付いたんだ。

 自分が今好きなのは、この浮世離れした美人だって。


 自分でも馬鹿だなぁとは思う。

 ちょっと優しくされたくらいで、迷惑かもしれない。

 でも、つなちゃんの事が好きだ。

 この人と俺は付き合いたい。


「好きだから」


 いつもどもったり噛んだりしている俺だけど、この一言だけはしっかり言えた。

 何度も心の中でシミュレートしていたから。


 俺の言葉につなちゃんは驚いたような顔をする。


「……前に言わなかったっけ。サキュバスを本気にしちゃダメだって」

「言われました」

「なんで忠告無視するの?」

「馬鹿だから、なんですかね……。はは」


 乾いた笑いを漏らす俺に、つなちゃんも合わせて苦笑した。

 困った子供を見るような優しい表情だ。


「この前私以外の子とデート行ってたじゃん」

「そ、それは。……でもやっぱり、そこでその子に対する感情が友情だとわかって、その上でつなちゃんに抱いてる感情がわかったと言うか」

「前に好きだって言ってた子は? もう好きじゃなくなったの?」

「良い子だとは思ってます。嫌いになったわけでもないです。ただ、それ以上につなちゃんの事が大好きになったんです」

「なにそれ。せっかくモテまくりになったのに、意味ないじゃん。そんなの勿体ないし、馬鹿じゃん」


 俺は、やっぱり馬鹿なのだろうか。

 今俺に好意を寄せてくれる人はたくさんいる。

 多分つなちゃんとキスだけの関係を続けていれば、どんな子とも付き合えるだろう。

 でも、もうそんなものいらない。

 どんな女子の好意より、つなちゃん一人に好きになってもらいたい。


 千陽ちゃんとのやりとりの事もある。

 あんなに明るくて可愛くて優しい子の想いを断ったんだ。

 中途半端な事をするのは彼女への不誠実にも当たると思う。

 俺は、逃げたくない。

 真っ直ぐ、自分の気持ちに向き合いたいんだ。


「なんか今日の瑛大君、結構押しが強いね」

「そ、そうですかね」

「別人みたい」


 つい最近の千陽ちゃんの告白が頭に残っているからかもしれない。

 あの子は、真っ直ぐで積極的だった。


 彼女は俯いて俺の手を見る。

 未だにつなちゃんに向けて伸ばしたままだった。

 そんな手を、彼女は取って。


「ダメだよ」


 握ることはせずに、押し戻された。


「私はサキュバスなの。あと大人なの。もっとよく考えなきゃダメ」

「お、俺はいっぱい考えました!」

「わ、わかってる。瑛大君がどういう子なのかも、わかってるつもりだし、君が色々考えた上で告白してくれたのはわかる。でもダメなものはダメ」

「なんで、ですか?」

「ダメだから」

「それじゃ、わかんないですよ……」


 つなちゃんはまったく話してくれない。

 ダメの一点張りだから、俺も感情のやりどころがない。

 取り合ってもらえていないんだ。


「瑛大君はすっごくいい子。私なんかには勿体ない」

「な、なにを……」

「帰るね。しばらく会わない。連絡もしないで」

「えっ?」

「ごめん。……ばいばい」


 つなちゃんはそう言って速足に去って行った。

 追いかけるべきかと迷ったけど、最後の表情が印象的で、追おうとする俺の足を止める。

 つなちゃんは、泣きそうな顔をしていた。

 だけど、なんだか少し深みがあるような気もして。


 振られたのに、何故か振られたという気持ちになれないのは、最後に褒められたからだろうか。

 振られた理由もよくわからなかったからだろうか。


 どちらにせよ、告白に失敗したことには変わりないし、つなちゃんの最後の表情がどうしても胸に残って、呼吸が苦しくなった。

 これからどうしよう。

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