第2話 非凡な才能

 季節外れの雪が降り始めて早くも3日が経った。雪は一向に止む気配をみせず、街は一層深い雪に覆われていた。


 ニュースでも連日『異常気象』とテロップ付きで報道が続いている。どうやら全国的なものではなくこの地域、それよりも狭いこの街周辺でのみ起きている現象のようだ。


 地域のインターネット掲示板では大地震の前触れだ〜とか、秘密結社の科学兵器が〜などといった都市伝説めいたことも広まってきている。


「それにしてもよぉ、とんでもねぇ雪だよな。さみぃさみぃ」


 蓮乃はすのが腕を組みながら言ったのを、野仲のなかは寒々しい目で見ながら、「そうだね」とだけ答えた。体育の授業でこの寒さの中、半袖短パンで何言っているんだろうこの人は、と思いながら。


 体育館内では暖房がフル稼働しているようだが、それでもみな上着のファスナーを一番上まであげ、腕をさすりなんとか暖を取ろうとしている。


 現在は2クラス合同での体育で、室内での体力テストだ。こんな天気でなければ屋外でもいくつか行っているのが通年だが、今年の異常気象では仕方がない。


 野仲と蓮乃の2年2組と隣の1組との合同で実施されているため、あまり馴染みのない顔も多い。当然クラス替え前、1年生時の友人や顔馴染みもいるが。


 館内の壁際に設置されているパネルヒーターには暖を取ろうと各種目を終えた生徒たちがひしめき合っているが、おおよそがクラス単位でまとまっている。そんな中、隣のクラスの生徒がまとまっている辺りから2人組が野仲と蓮乃の方へ歩いてきた。


「野仲、計測終わった? てか蓮乃あんた寒くないの? バカなの?」


 眼鏡をかけたポニーテール姿の八条希はちじょうのぞみが野仲を呼ぶ、と同時に蓮乃に毒を吐く。


 八条は絵に描いたような学級委員長タイプで、1年生にして生徒会副会長を勤めていた。そして進級し2年生になると、3年生を差し置いて生徒会長に当選するほどの求心力をみせた。


 真面目で面倒見も良く礼儀正しい八条は、後輩からも先輩からも先生からも慕われ、頼られ、可愛がられている。特別人望の厚い彼女だが、なぜか蓮乃への言葉遣いだけが異常に悪く、そこだけが玉に瑕だと野仲は心の中でよく呟いていた。


「野仲くん、結果はどうだった?」


 八条の隣で凛として佇む東雲玲奈しののめれいなが野仲に声をかけると、野仲の背筋がしゃんと伸びて固まった。


 東雲は長身でスラリとした体型とは裏腹に運動神経抜群で、勉強も出来る完璧超人だ。人とのコミュニケーションが得意ではないためあまり友人は多くないが、容姿端麗なこともあり高嶺の花として男子生徒諸君からは絶大な人気がある。


 かく言う野仲も例外ではなく、東雲を前にするとまごまごしてしまうことが多かった。小学校からの付き合いなのに、だ。


 当然、大事な友達だ、うん。でもこればっかりはしょうがないじゃないか。と誰に言うでもない言い訳を心の中で何度繰り返してきたことか。


「蓮乃も僕もちょうど終わったとこだよ。蓮乃はまぁ、一位以外あり得ないだろうけど、僕の結果はいつも通り可もなく不可もなく、平均平均」


 野仲が自虐混じり答えると、東雲は一本に束ねられた漆黒に輝く長髪を少しいじりながら「それは十分すごいことだよ」と鈴を転がすような声で静かに返した。


 東雲の重量級の仕草と伏せ目がちな表情に、野仲は「あ、ぁぁありがとう」とだけなんとか答えて視線をそらす。


 その視線の先では蓮乃と八条が、「俺はバカじゃねぇ勉強が嫌いなだけだ!」「いいやあんたはただのバカよ勉強できないのはバカだからよ!」「んだとガリ勉メガネ委員長!」「なによ年中短パン小僧!」といつも通りの掛け合いをしている。


 八条と蓮乃のお決まりの掛け合いも一息付き、4人で雑談に興じていると、ふとこの異常気象に関する都市伝説の話題になった。


「この変な雪も、なぁんか陰謀だとか言われてるのよねぇ。バッカみたい。科学技術でそんなこと出来たとして、誰が好き好んでこの街あたりにだけ雪降らせるのよ。生産性もないし合理的じゃないわ」


 八条が誰とも知れぬ陰謀論者に毒を吐くのを、まぁまぁと野仲がなだめる。文句を言う割には八条はこの手の話題が好きなようで、たびたびこの面々に最新の都市伝説や陰謀論を毒気交じりに報告をしている。


「でもあれね、一番に騒ぎ出しそうなのどかが騒がないのも不思議よね」


 八条が横目で自分のクラスが集まっている方を見ながら呟く。その視線の先には、各生徒が仲の良いグループで集まって談笑する中、ひとりきりで外を眺める女生徒がいた。


紫宝院しほういんさん、ね」


 野仲は数ヶ月前の、和が転校してきた日のことを思い出し眉をひそめた。


 ——紫宝院和。彼女が野仲たち4人のクラスに転校してきたのは学年が上がる少し前、2月中旬のことだった。

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