第6話 行き先
「こんにちは、ダニエルさん。どうなさいました?」
アルテイシアが問うと、彼は
「ルイーゼを、ルイーゼを助けて下さい!」
アズールはすぐに彼の言っている意味を悟った。きっとルイーゼの調子が悪化したのだろう。主人を振り返って言った。
「アルテイシア様、私が見て参ります」
頭を下げ、出て行こうとしたアズールの左手を、アルテイシアは掴んで引き戻す。
「それは私が行く。――ダニエルさん、ルイーゼさんのところには私が向かいますから、安心なさってください」
彼女はダニエルに対して
「その代わり、ダニエルさんを連れてここへ行ってくれ」
彼女はスラックスのポケットから、四つ折りになっている小さな紙を取り出すと、アズールに手渡す。彼はそれを開いて、書いている内容を確認した。
「え、山へ行くのですか?」
驚いたアズールがメモから顔を上げると、アルテイシアは「そう」と頷くと、ドアの方へ行き黒いコートを羽織って言った。
「私も後からルイーゼさんを連れて行くから、先に行ってて」
「何故……?」
戸惑うアズールに、アルテイシアは自嘲気味の笑みを浮かべて言った。
「そこですべてが終わるはずだから」
——————————
「ルイーゼさん?」
森の中で気を失っていたのを助けたのは、アルテイシアだった。心配そうにルイーゼの顔を覗き込んでいる。ダニエルを蘇らせて以来なので、会うのはふた月ぶりだ。
「大丈夫ですか?」
その瞬間、ルイーゼははっとして起き上がった。
「ダニエルは⁉︎」
だが、立ち眩みがしてふらふらとすぐにその場にしゃがみこむ。
「急に動いては駄目ですよ。どうやら貧血みたいです。食事はしっかり取れていますか?」
アルテイシアの指摘に、ぴくりと肩を震わせる。
「……いいんです、私のことは。それよりもダニエルを探さなくちゃ」
ルイーゼが、傍にいるアルテイシアをやんわりと押しのけるようとしながら言う。それに対し、アルテイシアはきょとんとする。
「ダニエルさんなら、私の家に来ましたよ」
「え……?」
驚くルイーゼに、アルテイシアは言った。
「あなたの具合が悪いから、医者を呼んで欲しいと言われたのです」
「……ダニエルが?」
「ええ、そうです」
「……」
ルイーズは頭が痛そうに額を押さえながら、「本当に?」と低い声で聞く。
「本当ですよ」
しつこく聞いてくるルイーゼの表情を探りながら、アルテイシアは尋ねた。
「もしかして、何かありましたか?」
すると突然、ルイーゼが手を振り被りアルテイシアの左頬を打った。パチンッと乾いた音が森に響く。
「『もしかして』って……あなた、こうなることが分かっていたの?」
「こうなることとは?」
「ダニエルよ! 最初は生き返ったと思った! だけど全然私のことを見てくれない! 食事もできない、会話も同じことの繰り返し!」
ルイーゼはヒステリックに訴えた。こんな生活を望んだのではない、と。
「食事ができないことは最初にお伝えしましたが」
頬を左手で押さえながら、アルテイシアは静かに言う。
「でも、こんなの、こんなのってないわ……。私は彼が生きているときと同じような生活を望んでいたのよ。それなのに何もかも違う。これじゃあ何が楽しいのか分からない……」
手で顔を覆い泣き崩れるルイーズの背を、アルテイシアは優しく摩りながらも氷のように冷たい現実を告げた。
「生前と同じ生活ができないのは当たり前です。彼は死者なのですから」
ルイーゼは覆っていた手を顔から離す。すでに顔は涙でぐちゃぐちゃになっていたが、それでも目からは次から次へと涙が零れ落ちる。
「……そんなの……そんなことは……」
アルテイシアは彼女の様子を目を細めて眺めた。ルイーゼは理性の部分ではちゃんと分かっているのだ。彼がすでに帰らぬ人であることを。だが、気持ちが追いついていない。だから、今もそれを心の奥底で認められないでいる。
「……」
アルテイシアはどこから取り出したのか、淡い黄色のスカーフをルイーゼの首に掛けてやった。
「寒いですよ」
「……いらないわ。コートも着ているし」
はあ、と白い息を吐くルイーゼに対し、アルテイシアは彼女のおでこに軽く指を触れる。するとルイーゼの血色がよくなった。
「いえ、これから行く先には必要です。……これで多少は調子もいいでしょう」
ルイーゼ自身、急に体が軽くなったことに不思議な感覚を覚える。だが「何をしたのか」と聞く暇もなく、アルテイシアが彼女の手を取って言う。
「行きますよ」
「え……、どこに……?」
と、問いかけている間に、ルイーゼはアルテイシアに手を引かれながら宙に浮いた。
「……⁉」
驚きのあまり絶句したルイーゼだったが、アルテイシアからは何も言わないし、先ほど打ったことが気まずかったこともあって、何も言わず手を引かれるまま森の外へ向かって空を飛んだのである。
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