第8話 魔法道具

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「万事丸く収まったようでよかったです」


 いつも通り、クラブチェアに座わって本を読む主人の前に、お茶の入ったカップを置きながらアズールは言った。ろうそくにゆらめく彼の横顔は、少し安堵しているようにも見える。


「うん」

「でも、何故あんなことを?」

「これを見て」


 尋ねるアズールに、アルテイシアは読んでいた本――『魔術書』をアズールに見せる。装飾の凝っている『魔術書』は普段、中には何も書かれていない。だが、アルテイシアが魔法で解決したいことなどがあると、彼女の意を汲み取って適当な魔術式が浮かび上がる。


「『土人形を作る方法』……ですか。なんだ……やっぱり死者蘇生の術はなかったのですね」

「そう。だからできるわけがない」


 アルテイシアは頷いた。ルイーゼの依頼を受けるときに彼が「死んだ人間を生き返らせる方法はないはずですよね?」と言った通り、死者蘇生の魔法術というのは確立されていない。


「なるほど。それで『魔術書』は、土人形を作る方法を提示していたというわけですね」


 魔術式が出れば、使用者はそこに手を触れて魔力を与えればいい。そうすれば勝手に本が良いようにやってくれて、術を発動してくれるのだ。今回の土人形もその過程でできてる。


「そういうこと」

「でしたら、私には本当のことをおっしゃってくださればよかったのに……」

「敵をあざむくにはまずは味方からというだろう」

「ルイーゼさんは敵ではありませんよ」


 小さくため息をついてから、アズールは言葉を続けた。


「ですが、これで分かりました。ダニエル氏が同じ行動を繰り返していたのは――」

「ルイーゼさんに聞いたことしか再現できなかったから」


 アズールはようやく合点がいったようだった。


「では、彼女が来た日に恋人のことを事細かに聞いていたのは、そういう理由だったのですね」

「そう。紙に書いた情報を『魔術書』の適当なページに挟めば、あとはこの本が何とかしてくれるから」

「しかし、ダニエル氏の最後の行動……あれは? 本当に彼は戦争が終わったことを見届けたいと思っていたのですか?」


 するとアルテイシアは肩を竦めた。


「すまないが、それは私の想像に過ぎない。できるだけ早い段階で、ルイーゼさんと彼の生活は終わらせなければならなかったからね」

「……」


 何故「できるだけ早い段階で終わらせなければならなかったのだろう」と思ったアズールだったが、はっとして本に書いてある「魔力量」の部分を読むと、眉を寄せた。


「……魔法を行うのに使う魔力の量が、多かったからですか?」

「そうだね」

「お身体は平気ですか?」


 心配そうに尋ねるので、アルテイシアは微笑んでみせる。


「大丈夫。あなただって知っているでしょう。私の魔力所持量はほかの魔法使いに比べてずっと多いのだから」

「もう魔法使いはほとんどいないので、比べることはできませんけど……」

「じゃあ、アズールと比べたらってことにしておく」

「……その通りですけど」


 渋々と認めるアズールは言葉を続けた。


「でも……もし、ルイーゼさんがずっとダニエルさんに執着していたら、アルテイシア様も危なかったのでは?」

「それは否定できない」

「やっぱり、ウーファイアが残した魔法道具はろくでもないですね」


 真顔で悪態をつく彼に、アルテイシアは『魔術書』に触れながら「ちゃんと加減をして使っているからいいんだよ」と言う。


「それに私はこの本で、人を救いたいって思っているんだから止めるつもりもない」

「『魔術書』で沢山の魔法使いを葬ったからですか? ですが、その戦いが始まったのは私のせいで――」


 そう言いかけたアズールに、アルテイシアはゆるく首を横に振った。


「苦しんだのは私もアズールも一緒。違いなんてない。だから気にしないでって言っているのに」

「すみません……」


 アルテイシアは「ルイーゼさんは……」と話を変えた。


「―—恋人の亡骸を見ていない。だから気持ちがずっと、彷徨さまよっていたんじゃないかと思う」

「どういうことです? 亡骸なんて見ない方がいいのではありませんか?」


 アズールは不思議そうに尋ねる。確かにそういう考えもある。大好きだった人ほど見たくないかもしれない。でも本当は、大好きだったからこそ見た方がいいのだ。


「ねえ、アズールはお葬式ってどうしてすると思う?」


 尋ねられ、彼は小首を傾げる。


「死者にうらまれないようにするためではないのですか?」

「アズールがいたところの宗教はそうだったんだ?」


 アルテイシアが尋ねると、アズールは不機嫌そうに答えた。


「……馬鹿らしいとは思います。しかし我々には魂も見えませんし、死者の霊も見えませんから否定することもできません。ですから、自分以外の人間はそういう気持ちで死者をとむらっているのだと思っていました」

「そうか……」


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