第3話 願い

「できるのですか?」

「ええ。ですがそれにはルイーゼさんの協力が必要です」


 すると彼女は身を乗り出して、思いを伝えるように強く言った。


「何でしょう。できることなら何でもいたします!」


 アルテイシアはルイーゼの様子を見て優しくと笑うと、真新しい荒目を手に取りながら言った。


「では、あなたの恋人の話をしてもらえませんか。彼がいるのは死者の国。そこから特定の人物の魂を呼び出すとなると、まずはどういう為人ひととなりかを聞かねばなりません」


 ルイーゼはその話に納得すると、「分かりました」と頷いた。


 アルテイシアは、ルイーゼの恋人がどういう人物だったのか、彼とどういう思い出があったのかを事細かに聞き、羽筆はねふでで書き留めておく。時折ルイーゼは恋人を思い出しては笑ったり涙したり、言葉を詰まらせることはあったが、取り乱すことはなく最後までアルテイシアの質問に答えてくれた。


 ルイーゼの恋人の名前はダニエル。


 9年前に始まった「ロハーニア戦争」のため、自国の兵士として駆り出され戦地へと向かったという。ロハーニアは、東のウーファイア王国と西のトルネオ帝国の間にある国で、両国の緩衝材のような役割をになってきていた。しかし、遡ること15年程前、ロハーニアの大統領がウーファイア王国の方に肩入れするような経済政策を取った。単純に言えば、トルネオ帝国の輸入品には高い関税をかけ、ウーファイア王国のものには関税をかけない、というような具合である。


 ロハーニアは両国のどちらの肩も持たないからこそ、土地を維持ししてきたが、その一線を越えてしまったのだ。


 当然トルネオ帝国は面白くない。


 そうして積もりに積もった小さな鬱憤うっぷんが、一つの砲弾による攻撃によって弾け、戦争という舞台の幕を開けてしまったのである。


 ダニエルは気弱な人ゆえに、最後まで戦地へ行くことに否定的だったという。


「彼は、ロハーニアの土地が、砲弾や人の血によって変わっていく姿を見たくないと言っていましたが、それと同時にトルネオ帝国の人たちと争いたくないとも言っていました。あの国にもダニエルの大切な友がいましたから……」


 国に背くことも考えたが、召集令状が届いた限りは行かなくてはならない。もしそれに背けば、家族や友人、恋人が代わりに牢に連れていかれることになる。ダニエルは意を決して戦地へ赴き、その3か月後帰らぬ人となった。


「最後にお聞きしたいことが。彼の亡骸は見ましたか?」


 アルテイシアの質問に、ルイーゼは沈んだ表情でゆるく首を横に振る。


「いいえ。彼が着ていたものや荷物は帰ってきましたが、彼自身は両耳と千切れた右足だけ……。私は怖くて見ていません」

「そうですか」

「これが……私とダニエルの話です」


 大まかなことを聞き終わる頃には、夜が明けていた。


 アルテイシアは、一度家に帰るというルイーゼに「彼を蘇らすために、彼の写真か肖像画が必要です。もし可能であれば、戦地から戻って来た彼の荷物も。何か一つあると助かります。準備が整い次第、後日改めて来てください」と頼んだ。


「写真ならこれを……」


 ルイーゼが、ロケットを差し出そうとしたのでアルテイシアは丁重に断った。


「申し訳ありませんがそれは受け取れません。それに、できればロケットの写真以外のものをお願いしたいのです」

「どうしてですか?」


 ルイーゼは小首を傾げる。彼が写っている写真であればなんでもよさそうな気がするのだろう。だがそれは魔法を使わないからこその疑問である。


「できれば、体全体写っているものがいいです。『蘇り』の魔法を使うときには、どの魂かを探す必要がありますが、同時に人品骨柄じんぴんこつがらの情報も必要で写真は風采ふうさいを知る手助けになるのです。ですが、ロケットの写真はあなたが長く大切にしていたものでしょう。手放さない方が良い。魔法に触れたとき、変わってしまわないとは言い切れませんから」


 ルイーゼはロケットを優しく撫でると、「そうですね」と言った。


「それなら別の写真を用意します。彼が出兵する前に撮りましたから……」

「では、それを持って来てもらいましょう。それと他にもお願いしたいことが三つあります」

「何でしょうか」

「一つ目」


 アルテイシアはそう言って、右手の人差し指を立てた。


「彼が生き返ることは誰にも言わないこと」


 次に彼女は中指を立てる。


「二つ目、彼が再生した後は私がこの森に用意した家に住み、外へ出ないこと」


 最後に親指を出す。


「三つ目、彼に食事をさせないこと。これを守ることができたならば、あなたは恋人との生活を長らく続けることができるでしょう」


 ルイーゼはアルテイシアの指を見て、こくりと頷く。


「分かりました。それと、あの……報酬の方ですが……」


 聞きづらそうに言うと、アルテイシアは「成功したら、150リラルドをいただきます」と言った。ロハーニアの低所得者の月給が100リラルドくらいなので、ひと月半といったところだ。ルイーゼは少し安堵の表情を浮かべる。


「どうかしましたか?」


 アルテイシアが不思議そうに尋ねる。


「料金が思ったより安かったものですから……」

「そうですか?」

「どんな法外な値段を吹っ掛けられても二つ返事でお願いするつもりでしたが、まさかそれくらいで何とかなるなんて思わなくて……。あ、でも変更はなしですよっ!」


 両手に拳を握って訴える彼女に対し、アルテイシアはくすくすと笑う。


「もちろんです。料金は変わりません」

「ありがとうございます。……じゃあ、よろしくお願いします」

「ええ。お待ちしています」


 ルイーゼは大きく頷くと、徹夜明けに加え彼を思い出して涙したために腫れぼったい目をしていたが、清々しい顔でアルテイシアの家を後にした。


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