昼と夕と、ぬくもり

お昼休み。

教室のざわめきの中、私はそっとお弁当の包みを開いた。


ふたを開けた瞬間、ふわっと甘い香り。

そう、これ。

焦げ目がちょっとだけついた、母の卵焼き。


あの頃は「また同じ味だ」なんて思ってたのに、

いまは、胸がきゅんとするほど嬉しい。


「またそれ入ってんの?ナツのお母さん、卵焼き職人だよね〜」

ゆながのぞきこんで、ニヤリと笑った。


「これがないと午後が乗り切れないのよ」


私は小さく笑いながら、ひとくち食べる。

やっぱり甘口。やっぱり、これがいい。

 

***


放課後。


「今日も寄り道なし?」


「うん、なんか……急に帰りたくなっちゃって」


ゆなとは門の前で手を振って別れた。

あの子もなんとなく、察してくれている気がする。


帰り道、いつもの坂道を下る。

陽の光がオレンジ色に変わってきて、蝉の声が遠ざかる。


家の前に着くと、縁側にちょこんと座っているルリが見えた。


「……ルリ」


声に気づいて、こちらを振り返る。

ふわふわの尻尾がぱたぱた揺れて、ゆっくりと立ち上がった。


走ってくるでもなく、

でも、確かに私を迎えにきた足取り。


そっとルリを抱きしめると、

体温と匂いがじんわりと胸にしみてきた。


玄関の戸を開けると、

「おかえり、ナツ」

台所から母の声がした。


夕飯の支度をしている背中。

あの姿を、私はもう一度見られるなんて思っていなかった。


「ただいま」


小さな声で返すと、母は手を止めて、ふと私を見た。


「ん?……なんか、泣きそうな顔してるよ」


「ううん、ちょっと目にゴミが入っただけ」


強がって笑ったけど、

目元はあったかくて、滲んでいた。


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