その13 理解のある彼くん

 東京都千代田区にある私立ケインズ女子高校は本来の意味でリベラルな学校で、在学生には寛容の精神と資本主義思想が教え込まれている。



 ある日の放課後、お腹が空いた私、灰田はいだ菜々ななは高校の近くにある行きつけの飲食店で2回目のお昼ご飯を食べていた。


「やっぱりここのカレーは美味しいですー。この揚げ物は新作ですか?」

「ナナちゃんみたいなヴィーガンのお客さんにも対応してね、白身魚フライの代わりに作ってみたんだよ! よくコロッケとかハルマキみたいって言われるけどね、これはサモサっていうインド料理なんだよ」


 このお店は10年ほど前に夫婦で日本にやって来たカレクンさんが経営しているインド料理店「エン・パーシー」で、とても良心的な価格設定かつ菜食主義の人にも配慮したメニューが用意されているので私も1、2週間に1回は必ず食べに来ていた。


 注文した定食メニューにはインドカレーとナンとサラダに加えて前回までなかったサモサというジャガイモや豆が入った揚げ物が付いており、私はその美味しさと代替食の新メニューを作ってくれたカレクンさんの配慮の両方に感動していた。


「そういえばね、今度このコンテストに出場することになったんだよ! 内容はよく分からないんだけどね、奥さんと一緒に出ればお店の宣伝にもなると思ってね。よかったらナナちゃんもお友達と見に来てくれないかな?」

「へえー、奥さんや恋人がいる男性限定のコンテストで、優勝すれば10万円も貰えるんですね。分かりました、部活の友達とか誘って見に行きますね」


 カレクンさんが見せてくれたチラシには内容が当日まで未発表という謎のコンテストの案内が記されており、普段お世話になっている仲なので私は硬式テニス部の面々を誘って見学しに行くことにした。


 そしてコンテスト当日……


「会場の皆様、改めまして本日は理解のある彼くんコンテストにお集まり頂きありがとうございます! 書類審査と一次・二次審査は既に終了し、決勝戦は私立アダムスミス高校2年生の水戸みとまなぶ君と飲食店経営者のリカイ=ノアル・カレクンさんとの一騎討ちとなります!!」


「一体何するコンテストなのかと思ってたけど結構すごかったわね。書類審査で大勢集めたのに一次審査で顔面偏差値50以下の人が全員落とされた時はびっくりしたわ」

「そうですね、二次試験では水戸さんが宇津田先輩の目の前で先輩の魅力を語って、その愛情の深さには審査員の方々も驚嘆されていましたね」

「何でもいいけどここまで来たからにはミト君に勝って貰わなくちゃ。10万円で高級なプレゼントを買って貰うのよ……」

「は、ははは……」


 私から硬式テニス部の面々を誘うよりも前に宇津田うつだ志乃しの先輩の彼氏である水戸さんがコンテストに出場することになり、私は志乃先輩を含めたいつもの3人と共に水戸さんとカレクンさんとの一騎討ちを観戦していた。


「最終審査はシミュレーション形式で行われます! 今日は日曜日、目の前にはお昼寝中におねしょをしてしまい泣いている3歳の息子、キッチンには沸かしかけのやかん、お風呂洗いもまだ終わっていなくて洗濯機はちょうど運転終了! 真の『理解のある彼くん』ならここでやることは一つしかないはずだぁ!! まずは水戸君!!」

「えーと、あの……じゃ、息子は俺がちょっと外で遊ばせとくから、志乃ちゃんは他よろしく!」

「審査終了! 次はカレクンさん!!」

「この程度のてんてこ舞いはね、インドの実家では当たり前だったよ! やかんは一旦止めてお風呂をざっと洗ってから息子と一緒に洗濯物を片付けるね!! たまの日曜日なのに奥さんを働かせられないよ!!」

「素晴らしい! 全然『理解のある彼くん』ではありませんがその素晴らしい生活力に敬意を表してコンテストはカレクンさんの優勝となりました! 皆様、どうぞ盛大な拍手を!!」


「ミト君が負けるなんて……こんな結果とうてい理解できないわ……」

「これ勝って嬉しいですか……?」


 彼氏が理解のある彼くんコンテストで敗北して悲しんでいる志乃先輩に、私は自分が付き合うなら絶対カレクンさんみたいな男性がいいなと思った。



 (続く)

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