その11 禁煙ファシズム

 東京都千代田区にある私立ケインズ女子高校は本来の意味でリベラルな学校で、在学生には(後略)



 ある日曜日、朝から食べ歩きに出かけた私は硬式テニス部所属の2年生である宇津田うつだ志乃しの先輩が路上の喫煙所で誰かと言い争っているのを見かけてこっそり近寄った。


「……ですから、ここの喫煙所で煙草たばこを吸われると私の家まで煙が届いて迷惑なので、せめて日曜日の朝は使わないようにして頂きたいんです。煙草は身体によくないですし、大体あなたたちは女子高生じゃないですか。そもそも喫煙自体をやめた方がいいと思うんです……」

「はあ? あたしらは全員高3で3留してるから年齢的には違法でも何でもねーし、日曜の朝練の前にここでタバコ吸って何が悪いんですかあ? 身体に悪いって言うけどあたしらが自分の身体をどうするかはあたしらの自由だし、そういうのを禁煙ファシズムって言うんでしょーが。これ以上何か文句あります?」

「い、いえ……申し訳なかったです……」


 3人で喫煙していたのは制服から察するに私立サッチャー女子高校の不良生徒たちらしく、この近所に住んでいる志乃先輩は彼女らに喫煙をやめさせようとしたものの完全に論破されてしまったようだった。


「先輩、大変でしたね。でもここから先輩のお家だと割と離れてるような……」

「私は昔から感覚が鋭いから、日曜の朝に窓開けてるとここからでも煙草の臭いが飛んでくるの。もうちょっと上手く説得すればよかったのかしら……」

「な、なるほど……」


 元々メンタルが弱いからか涙目で逃げ去った志乃先輩に話しかけると、先輩はまだ彼女らへの説得を諦めきれないようだったので私は何かアドバイスできないか考えた。


「そうですねー、喫煙者の人ってただ単に健康によくないって言われたら反発しますけど、もっと具体的に喫煙による健康への悪影響を説明してみればいいんじゃないですか? 発がんリスクの増加をグラフにして見せるとか、あまり知られてないCOPD慢性閉塞性肺疾患? の恐ろしさを伝えてみるとか……」

「確かにそれはいい考えね。また話しかけるのは怖いから、ちょっとやり方を工夫するわ……」


 志乃先輩は何かを思いつくとそのまま自宅に帰っていき、私はそれ以上は特に気にせずに食べ歩きに向かった。



 その翌週の日曜日、志乃先輩にメッセージアプリで呼ばれて例の喫煙所の近くに行くと、先輩はラジコンで動く箱型の風船らしきものを空中にぷかぷかと浮かべていた。


「うわっ先輩それ何ですか? 何か上にチラシみたいなのが置かれてますけど……」

「これはミト君の飛行機のプラモデルを改造して作ったラジコン水素風船で、今からこれをあの不良たちの頭上に飛ばしてチラシをばらまくの。こうすれば直接会わずに煙草の有害さを伝えられると思って……」

「えっ、水素風船ってそれ火元に近づけると危な


 ドカーン!!!


 先輩が飛ばした水素風船は煙草を吸っている3人の不良の頭上に来た瞬間引火して爆発し、彼女らは制服姿のまま吹き飛ばされた。


「てめーいきなり何しやがる!! あたしらが気に食わねーからってテロに訴えることはねーだろうがあ!!」

「ひぃー誰か助けてー!! 集団スモーカーに襲われてまーす!!」


 うろたえている志乃先輩を見つけて3人でリンチし始めた不良たちから距離を取りつつ、私はこれは流石に自業自得だと思った。



 (続く)

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