第7話 決死の選択
次の日。
邪羅威が予告したように、街のヤクザ事務所が襲われた。
事務所にいた組員は皆殺しだという。
血なまぐさい風は暴風となって街に死の香りを運んだ。
食事を終えた私は、夏樹と恋華を伴ってトイレに行った。
「いよいよだよ」
邪羅威はヤクザたちを始末したら、そのまま鯨螺たちを殺しにくると言っていた。
「いつ来るの?」
「たぶん、今日中」
「私たちはどうしてれば良いのかな?」
「普通に、普通にしてればいいよ」
ガチャッ!!
ふいにトイレのドアが開いた。
「なにが来るんだ?ん?」
アドルがそこには立っていた。
私たちを見下ろしながらニヤついている。
「別に……」
私は素っ気なく答えて顔を伏せた。
夏樹と恋華は無言だけど、体が小さく震えてる。
「フフッ…聞こえていたぞ。オイ」
アドルがどくと数人の黒服がどかどかとトイレに入ってきた。
「邪羅威に頼んだのはこいつらだ。なにか奴の情報を知っているかもしれん。鯨螺に知らせろ。時間はないぞ」
「えっ?それは?」
アドルに黒服が聞き返す。
「警察とヤクザを潰した。残るは鯨螺たち、邪羅威はすぐにでも来るだろう。周りを固めておけ」
アドルの読みはあたっている。
私たちはホールに引っ立てられ、真ん中に座らされた。
周りを黒服に囲まれて逃げることもできない。
夏樹も恋華も顔面蒼白で震えている。
私も自分の手が小刻みに震えているのがわかった。
やがて廊下を大人数で歩く音がしてホールのドアが勢いよく開いた。
「どういうことだ!?これは!?」
鯨螺が怒鳴りながら私たちの前に来る。
「どうもこうもない。邪羅威を依頼したのはこいつらだ」
アドルが鯨螺に言う。
「えっ!そ、そうなんですか!?なんで?」
「昨日からここの奴等全員を見ていた。その中で明らかにこいつらだけが邪羅威の名前、ニュースに対して異なる反応をしていた」
「は、はあ……」
「それで目をつけていたら、案の定トイレでコソコソ話していたのさ」
「嘘っ!私たちはそんなこと知らない!!」
「ほう」
アドルがニヤッとすると人差し指を立ててチッチッチッと舌打ちしながら振った。
「目の動き、発汗、筋肉の動き、呼吸、人間の心理は無意識に体に現れる。俺はどんな僅かな動きもわかる」
「そんなのハッタリだよ!」
「愛泉」
鯨螺が哀れむような目で私を見た。
「嘘をついてるのはおまえだな」
「な、なに言ってるのさ!!」
「俺はアドルさんに命を預けてる。どちらを信用するかは考えるまでもない」
言い終わると鯨螺はボロボロと涙を流し始めた。
「残念だあ~俺はおまえを愛していたのに、おまえは最高の玩具だったのに!!」
なにこいつ……
「おまえたちもだ!!」
声を張り上げながら夏樹と恋華を指さす。
「俺はおまえたちに快適な生活を提供していた。互いを尊重することで、信じ合えてると思っていたのに!!」
こいつはマジでそう思ってたのか?
そうなら驚く他ない。
イカレてる……
「しかし腑に落ちないのは、いったいどうやって頼んだんだ?おまえたちだけでは無理だろう?」
鯨螺が私たちの顔を見る。
「それより、こいつらに邪羅威の情報を吐かせろ」
アドルが鯨螺に指示する。
「は、はい!おらっ!そういうことだ!!奴のことを教えろ!!」
邪羅威との約束を思い出した。
私は邪羅威を絶対に裏切らない!
それは、裏切れば殺されるとかそんな理由からじゃない。
邪羅威は私たちの依頼に命をかけてくれてる。
だから私は裏切らない!
それが私の中の真実だからだ。
「俺は拷問とかは嫌いなんだ。それに可愛いおまえたちを苦しませたくない……おい!」
「はっ」
鯨螺が側にいる黒服を一人呼ぶ。
「ダルマの用意をしろ」
「わかりました」
支持された黒服が出ていく。
「ダルマ……?」
「そう。ダルマだ」
「ダルマってなに!?」
恋華が怯えながら聞く。
「今からおまえたちの両手足を麻酔なしで切断する」
「ええっ!!?」
三人、驚いて声を上げた。
「その後で切り口をバーナーで焼いて止血する……その後で順番に犯してやる……何度も何度もな」
「ひっ……」
夏樹が短い悲鳴をあげる。
「想像してみろ?妊娠したら本当にダルマみたいだろう?」
クックックッと鯨螺が肩を揺すりながら笑う。
私は全身の血の気が引く気がした。
「もっとも、手足を切るときに痛みでショック死、または発狂した奴もいる……まあ、そういうのを犯すのも一興ではあるがな……グヒヒヒヒ……ブヒャハハハハッ!!」
鯨螺は太った全身を揺らして笑った。
「悪趣味な奴」
その様を見ていてアドルは蔑むように鼻で笑う。
しかし鯨螺は意に介さず笑い続けた。
やがて出て行った黒服が、斧とガスバーナーを運んできた。
「ひいいいいーー!!」
「いやああああッ!!」
恋華と夏樹が泣き叫ぶ。
私もガタガタと体が震えだした。
「正直に全て話したら、今回だけは見逃してやる。どうだ?」
鯨螺はニヤニヤしながら目を細めて私たちの顔を見た。
「見てみろ?自分たちの手を。まだ付いてる。動かせる。どうする?ん~?」
私の手足……まだ付いてる。
動く……感覚もある。
失いたくない……
でも……
「よし!わかった!」
鯨螺がパンと手を叩いた。
「もういい!最初はおまえからだ」
夏樹を指差した。
黒服が愕然とする夏樹の頭と肩を押さえつけて床に押し付ける。
「いやああああ!!やめてえーー!!」
泣き叫ぶ夏樹、後ろでは恋華が悲鳴を上げるように泣きだした。
「斧を俺によこせ」
鯨螺が舌なめずりして黒服から斧を受け取る。
「やめてえー!私じゃない!!私は関係ない!!」
夏樹が叫ぶ。
「ん~どうした~?」
鯨螺がニタリと顔を歪める。
「全部、愛泉が計画したの!殺し屋を頼もうって!!」
えっ……
夏樹の発言に耳を疑った。
「そ、そうなの!!最初は冗談かと思ったの!!本気じゃなかった!!」
恋華が私の後ろで叫んだ。
「そうかあ……どうやって依頼したんだ?」
「愛泉が村木って客を仲介して頼むって!!」
「そう!私たちは止めたのに!!」
「ふうん。そうか、そうか」
鯨螺は夏樹と恋華の話を聞いて悲しいような顔をしてうなずく。
「おい!それより邪羅威のことを聞け」
アドルが鯨螺にピシャリと言った。
「は、はい~へへへ」
アドルに卑屈に笑うと、鯨螺は夏樹に訊ねた。
「なあ?その殺し屋はどんな奴だ?ん?」
「知らないの!私たちは会ってない!!」
「ほんとうか~?」
「愛泉が会ってるわ!!愛泉の客だから!」
夏樹が叫ぶ。
「客?」
「そう!村木と一緒にこの前来た客が殺し屋って聞いた!」
恋華も続いた。
「おまえら誰か覚えてるか?」
黒服達に聞く鯨螺。
「なんか、メガネをかけた優男で……」
「とても裏社会の人間には見えませんでした……」
「そうか……」
なにか思案すると鯨螺は再び夏樹に目をやる。
「よく話してくれたな」
「ごめんなさい……ごめんなさい」
「わかった。よくわかった」
労わるように頭を撫でる鯨螺。
「だが、仲間を裏切るような奴は嫌いだ」
グシャン!!
「きゃあああああーっ!!」
恋華が悲鳴を上げた。
夏樹の頭に斧が振り下ろされて、ザクロのように弾けた!
私と恋華の顔に生暖かい血がかかる。
続いて恋華が押さえつけられる。
「いやああああッ!!」
「止めてよ!!」
「やかましいわ!!」
ドカッ!!
「グウッ!!」
止めようとした私の顔面を鯨螺が蹴った。
「助けて……助けて……」
消え入りそうな声で懇願する恋華を見下ろしながら、鯨螺が口を開いた。
「約束どおりダルマだけは勘弁してやったんだから感謝しろよ」
グシャン!!
バシャッ!!
新しい血飛沫が私にかかる。
髪の毛もなにも二人の血で真っ赤になった。
「さあ、会ったことがあるおまえが言え。邪羅威はどんな奴だ?武器は刀だけか?」
アドルが私に質問する。
しかし私は答えない。
「愛泉~素直になれ。な?痛くしないで楽にしてやるから」
鯨螺が猫撫で声で言うのを聞いて笑いが込み上げてきた。
「フフフ…アハハ……アッハハハハハ!!」
「ん?なんだ?」
「死ねよガマガエル」
「てめえええええー!!メス豚の分際でー!!」
鯨螺が斧を振り上げたときだった。
ドオオオオーーン!!
なにかの爆発音とともにホールの壁もミシミシと音をたてた。
「な、なんだあ!?」
斧を振り上げたまま鯨螺がキョロキョロする。
バアーン!
勢いよくドアが開いた。
「た、たいへんです!!」
黒服が一人、血相を変えて駆け込んで来た。
「どうした!?なんだ一体!?」
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