第13話 思い出の花


 最近、僕の身のまわりでは妙なことが起こるみたいだった。


 僕が店内を見まわっていると、鮮やかな青い色の花が咲いている植木鉢があった。

 この世界では珍しくない花で、名はアヤメリアだった。花言葉はたしか…。

 

「あれ? これって僕が落として割ったはずだけど?」


 植木鉢にはヒビひとつなくって、僕は首をひねりながら事務室に入った。

 僕が金庫の中の帳簿を見ようとすると、置いていた位置が微妙に変わっているような気がした。


 僕は細かい事を気にしないようにして、事務仕事を続けた。



「あのう、すみません。」


 売り場から声がして、様子を覗くとジェシカさんがお客さんの相手をしていた。

 ちなみに、ユリさんは今日は部屋で寝こんでいた。



「花を探しているのですが。」


「うむ。安心せよ。私は町いちばんの専門家だ。なんという名の花だ?」


「彼女との思い出の花なんです。」


「それではわからぬ。どんな花だ?」


「覚えていないんです。」


「そなた、私をからかっているのか。」


 ジェシカさんがお客さんにくってかかりそうだったので、僕はいそいでとめに入った。


「いらっしゃいませ! お探ししますので、そのお花の特徴を教えていただけますか?」


 お客さんは気の弱そうなやせた若い人で、僕の質問に頭をかきむしった。


「だから、覚えていないんです! なのに、彼女はその花を持ってこいって! 私はもうおわりだ!」


 その人はついには泣きだしてしまった。


「やれやれ、忙しい奴だ。」


「よければ奥でお話をお聞きします。」




 その人はアズミンと名乗った。起きてきたユリさんが出したお茶を飲んで、落ちついた アズミンさんはポツポツと話しはじめた。


「私の彼女は幼なじみなんです。勇気を出して結婚を申し込んだのですが、受け入れるにはひとつだけ条件があると言われました。」


「それが『思い出の花』なのですか?」


「はい。本当に愛しているならわかるはずだと。でも私には見当もつかないんです。町中の花屋さんをまわって、珍しい花を買いましたが全て違うらしく…。」


 アズミンさんはまた頭をかきむしり、ジェシカさんは肩をすくめた。


「名前もわからぬ、色もわからぬ、形もわからぬでは探しようがないではないか。」


「ふふっ。専門家って言うわりにはたよりないですね。」


「なんだと。」


 ジェシカさんとユリさんの小競り合いが始まる前に、僕はなんとか手がかりを探ろうとした。


「彼女さんもこの町のかたですか?」


「はい。」


「おふたりが出会われたきっかけは?」


「それがもう、物心ついた時からずっと一緒でして、特には…。」


 僕は考えこんでしまったけど、ユリさんが夢みるような表情になった。


「ずーっと一緒の幼なじみとこれからも一緒だなんて、なんだか素敵。ユリは憧れちゃいます。ユリもいつか…。」


「そなたは憧れるだけでよい。」


 冷笑するジェシカさんに、ユリさんがポットを投げようとしたので僕は必死でさえぎった。


「やめてください、お客さんの前で。アズミンさん、なにか彼女さんと特別な思い出はありませんか?」


「そう言われても…。実は小さい頃からあまりにも一緒にいすぎて、ろくに特別なこともしていないのです。幼い頃はよく庭でおままごとなどをしていましたが。」



 結局、なんにもわからずじまいでアズミンさんは肩を落として帰っていった。




「美味だ! ユリ殿は料理人なのか?」


「ユリは花屋の店員です。」


 夕食時、フライパンを持ってブスッと答えたユリさんだったけど、料理の腕を褒められてまんざらでもなさそうだった。

 食事当番は僕とユリさんが交互につとめることになっていた。

 先制攻撃はユリさんだった。


「もしも、もしもですよ、家族になったら…なーんにもできない誰かさんと違って、ユリも店長さんも家事は得意だから分担できますね。」


「私はなんでもできるぞ。」


 ジェシカさんはハンバーグにかじりつきながら言ってのけた。ユリさんは口撃をゆるめなかった。


「ドカ食い以外になにができるんですか?」


「店主殿を朝まで寝かせない自信はある。」


「え。」


 ユリさんは、返事が予想外だったのか真っ赤な顔をしてうつむいてしまった。


「やめましょうよ。僕、長くひとりだったから、たくさんでの食事は楽しいし、嬉しいんです。」


 ふたりはハッとした表情になって、気まずそうだったけど、お互いにほほ笑みあってくれた。



「それにしても、あの『思い出の花』ってなんなのでしょうね? おままごとしか思い出がないなんて、ユリには難しすぎます。」


「おままごととはなんだ?」


「子どもの遊びですよ。家族の役を演じるんです。」


「ほう。人間族の子はそんな遊びをするのか。」


 興味津々な顔をするジェシカさんに、ユリさんは得意げだった。


「なつかしいですよね。ユリもよくしましたよ。泥だんごや雑草でごはんのマネとかしましたよね。」


「それだ!!」


 僕は叫び声をあげて立ちあがり、店から飛び出した。残されたふたりはポカンとしていたに違いなかった。


 


「お幸せに!」


 彼女さんと手を繋いで帰っていくアズミンさんの背中に、僕はおじぎをした。 


「来月挙式なんですね。よかったですね、店長。」


 手をふっていたユリさんと僕のほうに、ジェシカさんが植木鉢を持って近づいてきた。


「私としたことが、まさか思い出の花がこれだったとはな。やるな、店主殿。」


 植木鉢には、沢山の小さなハート型をした三つ葉の中に黄色い花が咲いていた。


「いえ、ユリさんのお手柄です。これはカタバミスと言う多年草で、繁殖力が強くてどこにでも生えるので雑草って言われちゃってますね。」


「だが、あのふたりにとっては幼き頃に共に遊んだ思い出の草花だったのだな。」


 ジェシカさんはおだやかな表情で納得している様子だった。


「雑草なので売上にはなりませんでしたけどね。」


「大丈夫でーす! ユリがアズミンさんの結婚式に飾るお花を受注してまーす!」


 僕たちは笑い、仕事に戻ろうとした。


「そういえば、店主殿と私にも思い出の花があるな。」


「え?」


 僕は意味がわからなくて聞き返してしまった。それがまた彼女の気にさわったらしい。


「覚えていないのか? あの植木鉢、私が魔法で修復しておいたのだ。」


「そうだったんですか!? たしか、アヤメリアの花言葉は『生涯に一度の出逢い』ですね。』


「忘れていたとはな。もういい。」


「ま、待って! ジェシカさん!?」


 僕が思わず彼女のそでをつかむと、ジェシカさんはニヤリと笑った。


「店主殿は、私に機嫌を直してほしいのか?」


「うん…。」


「ではそうだな、私とおままごとをしてもらおうか。」


「えっ!?」


「店主殿と私はつがいの役だ。ユリ殿はペット役だな。」


 ユリさんが聞きとがめたのか、小走りで戻ってきた。


「な、なんですって!? 夫婦役はユリがします! ジェシカさんこそ、凶暴なペットの猛犬役ね。」


「おもてに出よ。」


「受けてたつわ!」


 

 僕はまたため息をついて、頭を抱えてしまった。でも、こんな日々もいいなあと、その時の僕はたしかに思い始めていたのだった。

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