第7話  通信管制塔:Communication Control Tower

「…ザァ……ザザッ………。…ザ…ちら、ラグランジュ…2……。

現……レギオ………襲撃を………ザッ…。

メ…デ……メー……我々は……残されたコロ……で……新天…に…。」


宇宙に逃げ延びた人間から通信が部屋に響く、我々の破壊工作は失敗したようだ。

しかし、これでこの星に残った者たちには逃げ場がなくなった。

「これでいい、これで…。」

今後の展開を考えると顔面の装甲が重なり笑みを作り出す。


「浄化してくれよう、我々”死者の使い”マラークによって…。」







あれからハルさんとツヴァイは塞ぎ込んでしまった。


僕はハルさんのコンテナの中でうずくまっていた。アノロンのお陰で僕たちは生き延びられたのだけど、あまりにも突然の別れに僕はどう考えればいいのか分からなかった…。

アノロンの犠牲の後、ハルさんは「行きましょう。」の一言で僕らは目的地に向かうことになった。多分、ハルさんとツヴァイもこの気持をどうすればいいのか分からないんだと思う。

だからこそ僕が何か言わなければいけないのに、何も思い浮かばない。それどころ悲しいはずなのに涙すら出てこなかった。そんな自分に怒りが込み上げてきた。


ハルさん「ヒューストン宇宙港が見えてきました。あと10分ほどで着くと思います。ツヴァ

     イ、警戒をお願いします。」


ツヴァイ「了解。」


二人共、機械的なやり取りをして感情的にならないように努めていた。僕も返事をしようと思ったけどなんて答えていいか分からず黙ってしまった。


ハルさん「イドロ?大丈夫ですか?」


ハルさんが僕を心配してくれた。心配の言葉にハルさんの感情が戻ってくれて僕は安心して涙した。

いや、悲しさを自分で消化できた涙なのかも知れない。僕は嗚咽おえつしながら泣いた。


ツヴァイ「イドロ、泣くなよ…。俺も我慢してんだ。俺の顔には出ないが、父さんが俺に泣く感

     情が出る時に眼を点滅させる様にプログラムを組み上げてんだぜ。俺恥ずかしいか

     ら、必死に止めているんだぞ…。」


なんとなくツヴァイの泣く仕草は察していたけど、本当にそうだとは思ってなかった。ツヴァイの告白に僕は笑いが込み上がった。悲しいのか面白いのか分からなかった。


ハルさん「…私は正直、この感情にどう対応したらわかりませんでした。これが悲しい感情なの

     は理解してますが、この感情と向き合うすべを持ち合わせてません。どうしたらいい

     のでしょう。」


ツヴァイ「お前な、こういう悲しい時は悲しいって事を言葉に出すのが正解だ。…って父さんが

     言ってたけどよ………。ああぁ!もう、アノロンの兄貴は最高の兄貴だったぜ!イド

     ロも何か言え!」


ツヴァイは励ます為に対処法を言ったはずなのに恥ずかしくなったのか僕に振ってきた。


イドロ「うん、アノロンは僕らを守るために頑張ってくれた。僕らはアノロンに感謝しなきゃ

    ね…。ありがとうって。」


ハルさん「私もアノロンがかばってくれなかったら、今頃鉄屑てつくずになって

     いたでしょう。とても恐ろしいことです。アノロンは恩人です。…ありがとうアノロ

     ン。」


ツヴァイ「…湿っぽくなったな。だがアノロンが繋げたチャンスだ、宇宙港に急ごうぜ。」


遠くに見える尖塔の並ぶ宇宙港はアノロンが切り開いてくれた道に通じるチャンスに見えた、その中の一際ひときわ高い電波塔が大きなパラボラアンテナを空に掲げていた。


イドロ「ハルさんあの高い塔みたいな建物がそう?」


ハルさん「はい、あそこが通信管制塔になります。ラグランジュ2に通信と記録を確認しにいき

     ましょう。」


僕らは管制塔の隣に停まった。ホバーの強風に砂が飛ばされて、足元に建物の一部が顔を出した。僕らの下に通信室などがあることがハルさんのレーダー探索で分かった。ハルさんは中に入れないから僕とツヴァイで中に入って操作することになった。ハルさんはいつも通り、遠隔でのサポートに回ってくれる。


ツヴァイ「それじゃ行こうか。ちょっと離れてろー。」


ハルさん「むやみに破壊しないようにお願いします。」


ツヴァイはハルさんの指示されたポイントに拳を振り下ろした。「バーン!」とツヴァイの足元に大穴が空いてツヴァイが飲み込まれた。


ツヴァイ「おおおううう!」


ツヴァイの姿が大穴の中に情けない言葉と共にパッと消えてった。


イドロ「ツヴァイ大丈夫~?」


ツヴァイ「おおう、大丈夫だぞ~。」


ツヴァイは気の抜けた返事を返して、変形した状態で穴から浮上してきた。


ツヴァイ「イドロ、乗れ!それじゃあ、ハル頼むぜ!」


ツヴァイは僕を乗せて大穴にまた降りていく。大穴の周辺はツヴァイが作った砂の山ができていたけど、通路は床のツルツルした材質がツヴァイのライトに照らされて、きれいな状態で保たれていたのが分かる。

ハルさんの表示では2つ下の階に目的の通信管制室があるみたいだ。


イドロ「とりあえず中の状態は大丈夫そうだね。ハルさんの案内通りに行ってみよう。」


薄暗い中に足元を照らす弱々しい安全灯がこの管制塔の電力の低下を表していた。


ハルさん《ここのデータベースを調べたら地下に電源設備があるようです。そこに向かってくだ

     さい。》


まずは電源の復旧の為に3階下の地下にある電源設備に向かう事にした。ハルさんのガイドを辿って突き当りのエレベーターに行き着くけど、ツヴァイには入れる大きさじゃなかった。


ツヴァイ「困ったな、これじゃ下に行けないぜ。」


ハルさん《この施設は当然ですが人間用に作られています。ここはイドロに言ってもらうしか

     ありませんね。」


イドロ「じゃあ僕、行ってくるよ。ツヴァイは一度ハルさんの所に戻って守ってあげて。」


そう言って僕はツヴァイから降りてエレベーターのボタンを押す。ツヴァイは警戒して周りを索敵していたけど、ただただ静かに佇む黒い闇に包まれた廊下があるだけだった。


ツヴァイ「とりあえず、ここには何も居ないようだが、イドロ気をつけて行けよ。」


ハルさん《私がナビゲートするので問題ありません。》


ツヴァイ「わかってるよ、んな事は!小型のが出てきても問題ないことは分かってるけどよ…。

     何か悪いがするんだ…。」


ツヴァイが弱気な発言をしてハルさんを驚かせた。


ハルさん《AIのアナタが予感だなんて事を言いだすなんて、壊れたのかしら?》


ツヴァイ「何だとッ!…いや、俺にも分からねぇが、悪いイメージがどんどん出力されてくるん   

     だ。俺が起きてからこれまで色々あったからな。多分、それが影響してるんだろう

     な。」


ハルさん《…珍しく素直に認めますね。確かにこれまでの道中でツヴァイにとって初めての経験

     が多いのは事実ですね。まだメンテナンスも出来ていませんから通信施設が使えるよ

     うになったら一度メンテナンスをしましょう。戦闘も行ったことですしデータを整理

     しましょう。》


ツヴァイ「そうだな。にしても、ハルがこんなに親切だと気持ち悪ぃな。」


ハルさん《優しくしたら、そう言うんですか…。ハァ…。》


心配して損をしたハルさんはツヴァイに噛みつくことはしなかった。ハルさんも色々あって思考に負担がかかっている様子だ。


イドロ「二人共、大丈夫だよ。ここまで来れたんだから僕だけでも大丈夫。ここの施設は人

    間用だから二人には周りの警戒をお願いするね。」


僕はそう言うと非常電源とモニター表示されたエレベーターに乗り込んだ。赤い警告灯が照らすエレベーター内は艶やかな金属の照り返しを見せる。

ガコンと音を鳴らしてエレベーターは下の階に向かう。すると視界の表示が突然消えてハルさんとの通信が途絶えた。


イドロ「ハ、ハルさん!ハルさん!」


パニックになりながらも僕は平常心を保とうと努めた。多分、電波遮断の設備があってそれが機能しているだけだと自分に言い聞かせる。二人に出来ると言ったのに情けなく思った。

今は自分の身につけている武器と武器の記憶が支えだった。


イドロ「落ち着かないと…。ここで頑張らないと二人の頑張りが無駄になっちゃう。」


エレベーターがガコンと音を立てて止まる、扉が開き暗闇の湧き出るような通路が続いていた。武器を構えて僕は記憶のスキルを頼りに発電設備を探索をはじめた。入り口の足元の床には施設の行き先が書いてあって向かう先は分かりやすい。地下は上の階とは違って埃っぽいコンクリートの肌の通路で、暗闇で僕の目でも見通せない通路に視線を向ける。

この先に目的の電源設備があるらしい、ライフルについているライトを点けて照らすけど奥は深い暗闇に沈んでいる。

僕はとても怖かったけど、ハルさんとツヴァイを失望させたくない思いで前に進む覚悟を決めた。僕の五感は緊張でいつも以上に敏感になった。

あたりを警戒しながら進むと、突き当りにぶつかり左右に道が分かれている。床には右側に電源設備が左側にはセキュリティーセンターの道が続く。静かで、だけど左の通路から視線を感じる。気のせいかもしれない。

でも僕は視線を無視することは出来なかった。


イドロ「確認するだけ…。大丈夫だ。」


僕は自分に言い聞かせて左の通路に入っていく。進むと右に進む曲がり角に出た。その角には僕に視線を向ける小動物がいた。僕の方をじっと見つめている。襲う気配はなくて怖がっているように見えた。

猫のような青い眼と耳、猛禽類のような嘴がついている。僕が知っているどの動物にも見えなかった。そしてその毛並みは柔らかそうな金属質でレギオンの特徴とも一致していた。

僕は動物を知識では知っているけど、接し方は知らなかった。でも僕は愛くるしい見た目の動物に声をかけずにいられなかった。


イドロ「…こ、こんにちわ。えっと、僕イドロ。」


僕の声に動物の耳だけが反応していた。でも眼は瞬きせずにじっと僕を見つめている。


イドロ「君は一人なの?」


動物に話しかけても微動だにしない。僕は腰を落として視線の高さを下げてもう一度話しかけてみた。


イドロ「こんにちは、君一人なの?」


動物は警戒しながらも僕によってきてくれた。角からするっと出てきた姿は猫の体と背中に身体お覆うような翼があって体色はくすんだ銀色。

あまりにも綺麗で繊細でかわいい動物は猫のように耳を後ろに向けて警戒しながら近寄ってきた。

手が届きそうなくらいに近づくとちょこんとその場に座って僕のことをまじまじと見つめ上げてくる。


イドロ「君は一人ぼっちなの?」


動物に触れたい気持ちが抑えられずに手を伸ばしてみる。動物は一瞬ビクッとしながらも僕の出した手の匂いを嗅いだ。敵意がないと気がついたのか、耳を立てて僕にすり寄ってきた。

金属質の毛並みは柔らかく思っていたほど固くはなかった。

心を開いてくれたことに僕は嬉しくなって動物の頭から背中を撫でていく、顔から笑みが自然と出てきた。

そのつかの間、僕の背後から物音がして小動物が反応した。僕も小動物を守るように臨戦態勢に移って物音のした方向に銃口を向ける。

コツ…コツ…と人の足音、いや、やけに重い低音の足音が暗闇から響く。ぼんやりと一対の赤い目が暗闇に浮かぶ。レギオンだ。


???「やぁ、少年。お初にお目にかかる。」


暗闇から響く男性の声、どこか優しげな、でも恐ろしさも兼ねた声だ。


???「数十年…このあたりを廻っていたが、初めて君みたいのに出会ったよ。今は事情があっ  

    て姿を見せることは出来ないが、気になってね、声を掛けてみたんだ。」


声の主は不穏な空気を出しつつ語りかける。自分は緊張で動けない。けど、口は動いた。


イドロ「…あなたは、レギオンなんですか?」


???「あぁ、それはどちらの意味の言葉かな?軍団か悪霊の集まりか。その意味で言えば私は

    違う存在だろう。うーむ、私は個で動くモノで悪霊共とも違う、今まで自分を形容する

    必要が無かった手前なんと名乗ろうか…。

    そうだ!マラーク天使とでも名乗ろう。

    …すまないね、君の質問にちゃんと答えよう。私はレギオンと呼ばれる者共と同じ因子

    により生まれたものである。同族、と表現してもいいが、同じ存在かと聞かれれば違う

    と言うしか無いモノだ。」


イドロ「えっと…。」


マラーク「ああ、すまないね。長い年月一人で過ごしてきたもので、ひとり語りが身に沁みてし

     まったんだ。さて、私は君に一つ忠告を授けに来たんだよ。」


イドロ「忠告?」


マラーク「警告とも言えるがね。それはさておき、イドロ君。君たちが先に戦ったあの大蛇は、

     まだ君たちを探している。そう、あの大蛇は獲物を飲み込むまでは逃さないだろう。

     気を付けるがいい、今の大蛇はすこぶる機嫌が悪い。かの大蛇を打ち負かすなら、

     ヤツの首を断ち切ることだ。幸運にも先の戦闘でを行って細くなったよ

     うである。君の友達の大剣なら切れるのではないかな?」


イドロ「ちょっと待って!あなたは何がしたいんですか?」


マラーク「なに、興味本位で貴方に接触したまでですよ。先程言ったように私は悪霊と同じ

     もので構成されているが別の存在だと認識するといい。私もそれを望んでる。

     それとサービスだ、ここで大蛇の討伐が叶えば悪霊共の襲撃を数日抑えてあげよう。

     そこの”ネフィリム”に免じてな。」


マラークは僕の足元の小動物を”ネフィリム”と呼んだ。僕はネフィリムを見るとネフィリムも僕を見つめ返していた。


マラーク「その子を頼むよ。」


マラークの言葉に僕ははっと目をマラークに向けた、でもそこにはマラークの赤い眼は消えて、足音もなくこの場から去っていた。ネフィリムも安心したのか僕の足に体を押し当て甘えてくる。マラークの目的はわからないけど彼の警告で言っていた大蛇がまだ生きていること、僕らを探していることをハルさんとツヴァイに報せるために急ぐ必要ができたのは確かだった。

ネフィリムに向き合い目を見つめて質問する。


イドロ「ネフィリム、僕と来てくれる?」


ネフィリム「ぴぃ!」


ネフィリムは元気よく返事をしてくれた。僕の言葉を理解してくれてるようだ。

とりあえず電源を復活させたら大蛇に居場所を知られてしまうと思って、僕とネフィリムはこのままハルさん達の所に急いで戻った。

エレベーターに乗って上へ登る間に大きい振動が響いた。それと同じタイミングでハルさんとの通信が回復する。


ハルさん《イドロ!良かった繋がったわ。何があったの?こっちは厄介な相手を探知したわ。》


イドロ「大蛇でしょ?さっき聞いたから急いで戻ってきたんだ。」


ハルさん《なんでその事を…。ひとまずイドロはそのまま避難をしていてください。》


イドロ「いや、合流しないと。まだ大蛇に捕捉されてないんだよね?大蛇を倒す方法があるんだ

    けど先手を打つ必要があるんだ。」


ツヴァイ《おう!なんか作戦があるんだな!》


イドロ「うん、ツヴァイの大剣が必要で、ハルさんには僕と一緒に急いで行ってもらいたいところがあるんだ。」



僕の頭の中には大蛇を倒す算段が出来ていた。

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