第53話
家を出ても、俺の隣を歩く姉さんは上機嫌だ。電車に揺られている最中も終始にこやかで、会話にも花が咲く。目的地に着くまで時間はかかるが、これなら退屈させることもない。
「電車に乗るのも、随分と久々だな」
「そう、ね。私も、久しぶり」
「まぁ、2人ともあまり遠出しないからな」
だから、今回はいい機会だった。
服を買うだけなら近場で済ませてもいい。しかし折角のデートなのだ。たまには遠くまで足を運んでみたいとも思う。
「けど、人少ないわね。いつもこんなものなのかしら」
「みんな、出来るだけ寝ていたいんだろう」
休日の早朝の電車内はがらんとしている。だからこそ、俺たちは難なく椅子に座ることが出来たのだが、姉さんはというと。
「……まぁ、朝早かったみたいだからな」
しばらく話していた姉さんは、次第にこっくりこっくりと船を漕ぎはじめると、やがて穏やかな寝息を立て、俺の肩に頭を預けて寝てしまった。うっすらと化粧もしてるみたいだし、かなり早くから準備していたのだろう。
そしてここまで距離が近づくと、姉さんからほのかに香る、さりげない身だしなみも感じるようになる。
「香水もつけているのか」
普段の落ち着く香りではないが、それでも華やかな香りで大人っぽく、我が姉ながら色気を感じる。服装や化粧だけでなく、こういった部分にまで気を使えるのは流石というべきか。
姉さんを見習って、春花と行く時は俺もつけた方がいいのだろうか?
「と、いけないな」
今、俺の隣にいるのは姉さん。それなのに春花のことを考えてしまっては失礼にもほどがあるな。
だから今日は、ひとまず春花のことは抜きにして、姉さんとのデートを楽しもうと思う。
「そろそろだな」
華やかな香りに包まれ、地元から電車に揺られること2時間ほど。ようやく目的地に着いた。
「着いたか。姉さん、起きろ。着いたぞ」
「すぅ、す……ん……ふぁ? たつ、み?」
寝ぼけているのか、姉さんはきょろきょろと辺りを見回す。目はぼんやりとしていて、口元には少し涎が垂れていた。
「よく寝れたみたいだな。だが早く下りないと、扉が閉まってしまうぞ」
「……へ? あ、そ、そうねっ」
ようや意識が覚醒した姉さんはいそいそと下りる準備をする。
電車を下りて駅から出ると、風に乗ってやってきた潮の香りがした。俺たちがやってきた場所は、隣県の、海岸沿いの埋立地にある大規模な商業施設だ。
この施設。数年前に完成したのだが、直後からデートスポットとしてかなり話題になっていた……らしい。
施設内には買い物をする店や飲食店だけでなく、ゲームセンターや映画館なんかもあり、いわく1日ではすべて回り切れないのだとか。
そして、そんな娯楽にも負けないここのおすすめは、なんと言っても海に面した広大な公園……だそうだ。
今まで知ったように言ってきたが、俺が調べたわけではない。昨晩、あの後姉さんが「ここに行きたい」とスマホの画面を見せてきて、電車の中でもあれやこれやと教えてくれたのだ。
誘った側なのだからここは率先して調べた方がいいのだろうが、あいにくと俺はそういうのには全く詳しくない。すべて姉さんに任せっきりだ。
「ん~、気持ちいいっ!」
姉さんは腕をぐ~と天高くめがけて上げ、大きく伸びをする。
すると気持ちよさそうに目を細める姉さんの髪を、海から吹いてくる風がさぁっとなびかせた。
「ああ。たしかに、この風は気持ちいいな」
都会のそれとは違う心地よさに、俺も少し浸る。
「これだけ気持ちいいんだ。海の見える公園とやらはすぐそこなんだろう。しばらくを歩いてみるか」
「うん。そうしましょ」
おすすめと大々的に宣伝しているのだ。ここまで来て味合わないのももったいない。俺と姉さんは目の前に拡がる海の方へと向かった。
少し歩けば、緑豊かな広い公園にたどり着く。綺麗に舗装された散策路の道沿には色とりどりの花が植えられ目にも鮮やかだ。
辺りには子連れの家族、ランニングをしている者や犬の散歩をしている者。そして、カップルがちらほらと見えた。俺たちも、もしかしたらそのように見えているのだろうか。
まぁ、それならそれでいい。他人の視線を気にしてもしょうがない。それにあまりじろじろ見ていると、そのカップルのデートの邪魔になってしまう。
他のことに気をとられていてはこちらもデートを楽しめないだろうし、人間観察なんて不躾な真似をするのは止めようと視線を戻すと、2人の子供たちが俺たちの横を追い抜いて行った。
「おねえちゃん、はやくっ」
「ちょっと、あんまり急ぐと転ぶよっ」
俺と姉さんは、2人してその背中を見つめた。恐らく、姉弟なのだろう。
姉と思われる女の子が先を走る男の子を追いかけると、男の子は立ち止まり女の子が追い付くのを待つ。女の子が追い付けば、2人は手をつなぎ並んで歩いて行く。仲の良い姉弟だと思った。
その光景が酷く懐かしい感じがして、俺はちらりと姉さんを見る。
「…………あ」
見れば姉さんは、去っていく子供たちのつながれている手を懐かしむような。そしてうらやむような目で見ていた。見た目とは裏腹に、幼い少女のように見える姿だ。
「なぁ、姉さん」
「…………え?」
俺はたまらなくなって、自然と導かれたように姉さんの手をぎゅっと握る。
「はぐれると、大変だからな」
「う、うん……」
自分からやっておいて、俺は照れ臭くなって誤魔化した。姉さんはというと、驚き目を見開いて、最後には頬を赤らめ、微笑みを浮かべた表情で小さく頷いた。
そうして俺たちは今日のデートを思いっきり楽しむため、昔のように手をつなぎ並んで歩くのだった。
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