44 勇者サイド

 ━━勇者視点



「うぅん……ハッ!」

「お。起きたか、兄ちゃん」


 目を覚ますと、知らない天井が目に飛び込んできた。

 直後に横から聞こえてきた声の方を見れば、そこには港町グレースで仲間にした美幼女『ミミ』がいる。

 あれ? 俺、どうなったんだ?

 なんだか記憶が曖昧だ。

 ええっと……確かゲーム知識を参考にして、ミミを仲間にするために港町グレースに行って、それから……。


「目ぇ覚ましたんなら安静にしてろよ。なんせ、兄ちゃんは思いっきり気絶した後、しばらく起きなかったんだからな」

「え?」


 俺、気絶してたのか?

 ああ、そっか。だから記憶が曖昧なのか。

 というか、あの町で気絶させられるの何回目だよ。

 俺のステータスはチートのはずなのに、頭の打ちどころが悪すぎたってパターンが多すぎる。

 まあ、気絶はしてもダメージはゼロに等しいから大丈夫だけど。


「いや、一時はマジでやばかったんだぜ? 半死半生の重傷だったんだからな? アリシアの姉ちゃんがいなかったらどうなってたか」

「…………へ?」


 半死半生の、重、傷……?

 え? え?

 どういうことだ?

 なんでそんなことに!?


「一人で玄無に突っ込んでった時は焦ったぜ。あんな無茶してたら、いつか死ぬぞ?」


 玄無に突っ込んでいった?

 あ、いや、思い出してきた。

 そうだ。

 俺は玄無に挑んだんだ。

 玄無。

 『ブレイブ・ロード・ストーリー』の物語のキーポイントになる、四体の大魔獣の中の一体。

 本来なら、全く別の場所に現れるはずのボスモンスター。


 あの町で出てくるのは完全に予想外で混乱した。

 けど、玄無の討伐推奨レベルは45。

 それはあくまでも四人組のパーティーでの話であって、俺のパーティーメンバーはアリシアとミミだけな上に、ミミは初期も初期のレベル10だから戦力にはならず、アリシアもまだレベル35だから玄無の相手には不足。


 だけど、俺のステータスはチートだ。

 レベルこそ50だが、隠しダンジョンの魔導書で覚えたいくつものチートスキルのおかげで、実質レベル60を超える力がある。

 玄無の単騎討伐も充分に可能なレベル。

 だから、楽勝だと思って、何も考えずに飛び出して、それで……。


「あ……」


 思い出した。

 俺の攻撃が全然効かなくて、反撃のブレスに飲み込まれたんだ。

 同時に「なんで?」って言葉が脳裏を埋め尽くす。

 勝てたはずだ。

 むしろ、ステータス的に勝てなきゃおかしいはずだ。

 玄無なんて、俺のステータスなら楽勝のはずなんだ。

 それなのに、俺の必殺の一撃が全然効かなくて、それで驚いて動きが止まって、そこをブレスに飲み込まれた。

 改めて「なんで?」としか思えない。


 そもそも、あの町での出来事は最初からおかしかった。

 本来、港町グレースで起こるイベントは『八凶星』の一角、『洗教星』オクトパルスとの戦いと、その戦いのキーマンになったミミがイベント終了後に仲間になるって内容だ。

 主人公はミミに財布を盗まれそうになって、捕まえて「なんでそんなことをしたんだ」ってことを聞くうちにあの町の問題を知り、ミミと成り行きで行動を共にするうちに地神教の暗躍を知り、少しずつイベントを進めていって、最終的に地下の秘密基地でオクトパルスとの戦闘になるって感じだった。


 なのに、オクトパルスなんて全然出てこないし、代わりに出てきたのはまさかの玄無。

 ミミとの出会い方だって全然違う。

 気づいた時には、何故か一緒の牢屋にぶち込まれてた。


「でもまあ、それでも兄ちゃんとアリシアの姉ちゃんには感謝してる。二人のおかげで、アタシの家族は助かった。ホントにサンキューな」

「あ、ああ」


 一応、ミミの境遇自体はゲームと同じだった。

 ストリートチルドレンの仲間達を助けるために金が必要で、盗みをして、その結果、牢屋に入れられてた。

 だから、ゲームの勇者と同じように、ミミに才能を感じたって言って、ミミの仲間達ごと助けるってアリシアに宣言すれば、仲間みたいな関係になることはできた。

 何故かいたユリアは仲間になるどころか、取り付く島もすらなかったけど。


 というか、ユリアに関しても謎だ。

 仲間にできなかったのは、必要なフラグが全く立ってなかったのが原因だろうけど、本来の町にいなくてあの町にいた理由は謎だし、一緒にいた女の子二人は全く見覚えがないし、不審者扱いされたし……。

 いや、最後のは自分でもテンパって変なことやってた自覚あるから仕方ないけども。


「……まあ、あれだ。町も領地も吹っ飛んじまったが、あんま気落ちすんなよ。

 あんな化け物、どうにもならねぇ。

 それにアタシらを虐げてた町長も領主も死んだみたいだし、アタシ的には若干清々してんだ。

 少なくとも、アタシは責めねぇからさ」

「…………え?」


 町が、吹っ飛んだ……?

 町長と領主が死んだ?

 そう言われて、頭が真っ白になりかける。

 けど……ああ、そうだ。思い出した。

 玄無のブレスが、全部飲み込んだんだ。

 そうだよな。

 あんなの食らったら、町は吹っ飛ぶよな。

 人だって、死ぬ、よ、な……。


「ッ!?」


 そうだよ。

 人は死ぬんだよ。

 俺の目の前で、いっぱい死んだんだよ。

 なのに……俺はどうした?


 玄無に町が吹っ飛ばされるのは見てたはずだ。

 でも、見えてなかった。

 ゲーム画面越しのイベントみたいに捉えて、壊れた町も、死んだ人にも全く注意を払わずにボスモンスターに突撃して、あっさりと返り討ちにされた。


―――


 タカハシ・ハルト Lv50


 HP 1800/1800

 MP 2200/2200


 筋力 2010

 耐久 1850

 知力 2100

 敏捷 2000


 スキル


『聖剣術:Lv50』

『聖光魔法:Lv50』

『HP超々増強:Lv50』

『HP超速回復:Lv50』

『MP超々増強:Lv50』

『MP超速回復:Lv50』

『筋力超々上昇:Lv50』

『耐久超々上昇:Lv50』

『知力超々上昇:Lv50』

『俊敏超々上昇:Lv50』

『天剣:Lv50』

『大魔導:Lv50』

『極光:Lv50』

『斬撃超々強化:Lv50』

『光属性超々強化:Lv50』

『状態異常耐性:Lv50』

神聖斬セイント・スラッシュ:Lv50』

閃光突シャイン・ストライク:Lv50』

聖光壁プロテクト・レイ:Lv50』

黙示録の光アポカリプス・レイ:Lv50』


―――


 俺のステータス。

 光属性特化ながら、勇者固有のチートスキル『聖剣術』『聖光魔法』は魔に属する全てに対して効果抜群なので、特化型としての欠点が無いに等しいガチビルド。

 索敵なんかは仲間に頼る必要があるけど、こと戦闘に置いては間違いなく最強の構成。

 そう。最強の、はずだ。


 それに加えてゲーム知識という、ある意味、最強ステータス以上のチート。

 圧倒的な戦闘力と、未来を知るがごとき情報力。

 この二つを合わせ持った俺は、ずっと憧れた『特別な存在』になれたはずだった。


 前の世界にいた頃の俺は、凡人だった。

 何をやっても平均以下の男だった。

 いつも誰かに見下されて、ふてくされてゲームに逃げて。

 それがこの世界に勇者として召喚されるなんて奇跡のおかげで、ようやく特別で凄い奴になれたと思ったのに。

 なのに、玄無なんて中盤のボスに瞬殺されて、沢山の人を目の前で死なせて、なんの役にも立てなくて……。


 この日、俺は自分のチート能力に、いや俺自身の存在意義に、大きな大きな疑問を持った。






 ◆◆◆






「そうですか。勇者様が目覚めましたか」


 その報告を聞いて、『聖女』アリシア・セイクリアは、疲労の色が濃い顔に安堵の表情を浮かべた。

 激務続きの中、ようやく良いニュースを聞けて、彼女の心も多少は安らぐ。


「……とはいえ、喜んでばかりもいられませんね。今回の一件で、既に勇者様の『予知』から外れ始めていることが証明されてしまったのですから」


 『勇者の予知』。

 当代の勇者だけでなく、歴代勇者の何人かもまた持っていた能力。

 記録によればその精度はピンキリであり、百発百中させた勇者もいれば、フワッとしかわからなかった勇者もいたとのことだ。

 だが、共通する特徴として、予知の内容を変えれば変えるほどに、どんどん予知は当てにならなくなっていくらしい。


 既に当代勇者はこの能力を何度も使っている。

 いや、正確に言えばアリシアが口車に乗せて使わせた。

 何故か勇者達はこの能力を秘匿することが多いので、上手いこと掌の上で転がして、有益な情報を喋らせるのも聖女の仕事の一つだ。


 その結果、わかったことは数多い。

 当代魔王の能力、四大魔獣の出現予測ポイント、暗躍する八凶星達の居場所、優秀な人材の埋もれている場所。

 特に大きかったのは、メサイヤ神聖国の枢機卿に化けて堂々と国内で動き回っていた『変容星』の暗躍を暴いたことだ。

 勇者が独断専行に走ったことで討伐こそできなかったものの、奴に深手を負わせて敗走させることはできた。

 最高の結果は逃したが、あのまま『変容星』に好き勝手にされるよりは、よほど良い。

 奴の計画が成就していたらと思うとゾッとする。


 奴と同等の脅威である他の八凶星達の居場所も割れた。

 力の三将は北部三大国と表立って激突しているが、問題は水面下で動いて、思いもよらない場所を襲撃してくる知恵の五将だったのだ。

 その5人の居場所が割れた。


 メサイヤ神聖国で暗躍していた『変容星』。

 大陸西部で多くのダンジョンを支配下に置こうとしている『奇怪星』。

 大陸南部を裏で牛耳ろうとしている『傾国星』。

 東部国境地帯の襲撃を目論んでいる『軍傭星』……は元から捕捉していたが。


 そして、今回の一件の本来の目的であった『洗教星』。

 自分達勇者パーティーの前には姿を現さなかったが、玄無を相手に善戦してくれたというパーティー『リベリオール』が討伐してくれたとバロンからの報告で知った。

 位置情報自体は正しかったのだ。

 本来の予定からはズレたが、人類の脅威の一角が討たれたのは素直に喜ばしい。


 しかし、予知に無かった玄無の出現によって、喜んでいる場合ではなくなった。

 予知は使えば使うほどにズレていく。

 予知を覆そうとして動いた結果、予知の内容から外れてしまうからだ。

 今回で言えば、恐らく逃した『変容星』から情報が行ったか、もしくは『洗教星』を確実に討伐するために、事前に部隊を送り込んだのが原因だろう。

 こちらの動きを見て、向こうもまた予定とは違う動きをしたということだ。

 予知と違う『洗教星』の行動は、それで説明がつく。


 玄無もまた、変わった運命が呼び寄せてしまったのだろう。

 一つの事象が変われば、連動してあらゆる事象が変わっていき、世界は大きく変化する。

 勇者達の世界では、この現象をバタフライエフェクトと言うらしい。

 蝶の羽ばたき程度の小さな変化が、結果として嵐を巻き起こすほどの大変化を呼ぶことから、そう名づけられたそうだ。


 とんでもない爆弾だった『変容星』を排除するため、予知の内容に積極的に干渉した以上、こうなることは覚悟の上ではあったが。

 しかし、こうなってくるともう、他の予知も当てにはならないかもしれない。

 特に四大魔獣の出現予測ポイントは無意味と化したと考えた方がいいだろう。

 八凶星に関してはわからないが……まあ、予知から外れるために、長年をかけた計画に変更を強いられるなら、それはそれで悪くはない。


「予知に頼れなくなった以上、これからは正攻法で魔王軍を打倒できる戦力を集めていくべきなのですが……連絡不備でリベリオールとバロンさんが旅立ってしまったのは痛いですね」


 世界に何人もいないSランク冒険者、バロン・バロメッツ。

 彼と協力したとはいえ、あの玄無とたった1パーティーで戦って生還してみせたリベリオール。

 どちらも勇者パーティーに勧誘したい人材達だ。

 バロンに関しては、元々この一件の後に、最低限南部の『傾国星』との戦いへの共闘を求めるつもりで南部から呼び出したのだが……。


 しかし、バロンはアリシアが玄無との戦いや、あの戦いの生存者達の移住に関する手続き、ミミの勇者パーティー加入という無理を通すための手続きなどで忙殺されている間に、リベリオールと共に北部へと行ってしまったらしい。

 予知の内容は機密扱いであり、バロンには合流した後で時間を作って直接伝えるつもりだったのが災いした。

 そんな時間を作れないほどに忙しかったからだ。

 『変容星』、玄無と続いてしまった戦いの後始末でゴタゴタしていなければと嘆いたが、全ては後の祭り。


「まあ、そっちに関してはまだいいでしょう」


 北部に行ったということは、力の三将が率いる魔王軍の本隊と戦うために北部三大国のいずれかへ向かった可能性が高い。

 あの三国とはそれなりに強固な繋がりがあるので、少し時間はかかっても連絡を入れることは可能だ。


「問題は……勇者様本人ですよね」


 「はぁ」と、アリシアは憂鬱そうにため息を吐く。

 当代勇者、タカハシ・ハルトの能力値は高い。

 召喚直後であるにも関わらず、能力値だけであれば、既に人類最強の北の三英雄すら超えているだろう。

 歴代勇者達と比べても遜色のない化け物っぷり。

 にも関わらず……。


 現在のハルトの実力は、北の三英雄にやや劣るメサイヤ神聖国最強の男『聖騎士』と互角程度である。


「基礎ができていないせいで、恵まれた能力をまるで活かせていない。

 それを指摘しても、イベント? とやらを優先して各地を飛び回ることを選ぶせいで訓練に当てる時間が無い」


 アリシアは再びため息を吐く。

 彼には、剣を思いのままに操る能力がある。

 しかし、当の本人が『剣を使った正しい戦い方』を知らないせいで、動きが良いだけの素人剣術になってしまっている。

 彼には、大魔法を簡単に制御できるだけの知力がある。

 しかし、魔力制御、術式の理解、構築、生成、安定化などを殆ど意識せず、ほぼほぼ感覚任せにやっているせいで、本来の威力を全く出せていない。

 まさに、宝の持ち腐れと呼ぶしかない状態なのだ。


「もっと強く指摘できればいいのですが、勇者様より弱い私達の言葉では届かない。

 『聖騎士』様の言葉ならあるいはと思いますが……あのチキンハートには荷が重いかもしれませんね」


 一見するとクール系の有能にしか見えないくせに、中身は気弱のビビリで、言うべきこともロクに言えない顔馴染みを思い浮かべ、アリシアはまたしてもため息を吐く。

 ため息の吐き過ぎで、そろそろ幸せが枯渇しそうだ。


「せめて、今回の敗戦が良い薬になってくれればいいのですがね。

 まあ、普通に考えれば、良い薬どころかトラウマになるでしょうが……。はぁ……」


 アリシアのため息は止まらない。

 聖女とは苦労の多い役職なのだ。

 しかし、嘆いてばかりもいられない。

 まずは目の前の問題から対処しようと、アリシアは北へ旅立ったバロン達へと連絡を取るべく動き出した。

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