10 炎の魔法使い

 ミーシャの顔の横に表示された半透明のディスプレイ。

 めっちゃ見覚えがある。

 『ブレイブ・ロード・ストーリー』のステータス画面だ。

 自分ユリアのしか出てこないから、てっきり自分だけか、もしくはゲームに登場するキャラのステータスしか表示されないのかと思ってたんだが、どうやら違ったらしい。

 パーティーを組むことが発動条件なのか?


 って、今はそんな考察してる場合じゃねぇ!


「シャァッ!!」


 鼻にパンチを食らって警戒モードになってた化け猫が、とうとう、しびれを切らしたように飛びかかってきた。

 ミーシャがビクッとし、俺は頑丈さだけが取り柄の身として彼女を守るべく、奴の攻撃を受け止める。

 上から叩きつけるような猫パンチを、左腕を盾のように頭上に掲げてガード。

 だが、今の奴は警戒しているので、猫パンチした後、すぐに足を引っ込めて後ろに跳躍してしまったので、反撃もできない。


「だ、大丈夫なの!?」

「問題ない! それより範囲攻撃の魔法は使えるか!?」

「え、ええ!」

「だったら、それを連打してくれ! あのスピードだ。面での攻撃でなければ、とても当たらん!」

「わ、わかったわ! 『焼けろ、焼けろ、焼けろ! 熱を孕んで燃え上がれ!』」


 ミーシャが詠唱を開始する。

 化け猫は俺の方を脅威と思ってくれているのか、再びのすぐに下がれる控えめ猫パンチで俺を攻撃してきた。

 ありがたい!


「フッ!」


 再び左腕を盾に猫パンチを防ぐ。

 この時に重要なのは、自分は盾を持っているんだと強く思い込むこと。

 そうすれば、盾を持っている時のユリアの感覚を引っ張り出すことができる。

 やっぱり感覚が元のユリアより劣化してて、記憶の中にある衝撃を緩和させる技(多分、盾の必殺スキル『反抗の盾リフレクト・シールド』)とかは使えないが、元々それが使えたとしても強敵の攻撃を完全に受け止められるわけじゃなかったっぽいので、ユリアは受け流しの技法も心得ている。

 それを使えば、化け猫の攻撃を受け流して、体重差で吹っ飛ばされるのを避けることができる!


「『火炎となって燃え広がれ! 汝、炎の龍の化身なり!』 できたわ! 離れなさい!」


 ミーシャの言葉に従い、後ろに飛び退く。

 次の瞬間、視界を炎が埋め尽くした。


「『炎龍の息吹フレイムブレス』!!」

「ギニャァァアアアアアアッッ!?」


 術者の前方全てを焼き尽くす、紅蓮の炎が化け猫を飲み込んだ。

 ゲーム内最強の魔法使いである『賢者』も愛用する魔法。

 最上級魔法でこそないが、下級の魔法とは一線を画す大魔法だ。

 ミーシャのステータスにこれがあった時は驚いた。


 そんな大魔法の炎に焼かれ、化け猫が苦しそうにのたうち回る。

 毛皮に引火して火ダルマになり、地面をゴロゴロと転がって消火しようとしてるが、まるでできていない。


 すげぇ、さすが上級の魔法。

 俺のパンチなんぞより、ずっと効いてる。

 レベル99の攻撃力が、いくら魔法特化っぽいとはいえレベル15に負けるってどういうことだと思わなくもないが、今はそんなことはどうでもいい!


「効いてるぞ! もう一発だ!」

「わかってるわよ! 『焼けろ、焼けろ、焼けろ!』」


 ミーシャが追撃の詠唱を開始。

 それに多大な身の危険を感じたのか、化け猫は火ダルマになったまま強引に体を起こして、ミーシャに向かって駆けた。

 

「させん!」


 俺はミーシャの前に仁王立ちして、化け猫をギリギリまで引きつける。

 10メートル、5メートル、3メートル。

 よし、これだけ近ければ避けられまい!


「ふんッ!!」


 俺は全力・・で足に力を込めた。

 制御できない最高速度によって、俺の体は体勢が崩れきった滅茶苦茶な格好のまま砲弾のようにかっ飛ぶ。

 だが、着地も何も考えてない不格好な動きだろうと、この至近距離でこのスピードは避けられまい!

 何せ、単純な速度だけなら貴様の遥か上だからなぁ!


 必☆殺!!

 女騎士ダイナマイトタックル!!


「ギニャ!?」


 予想通り、化け猫は時速100キロは軽く超えてそうな俺の突進を避けられずに食らった。

 ゴキリ! という化け猫の骨のどれかが砕ける音がして、奴の巨体が遥か後方まで吹き飛ぶ。

 速度差のおかげで、どうにか当たり勝てた。


 だが、思ったほどのダメージじゃないし、思ったほど吹っ飛ばせてもいない。

 さっきの拳と違って、体全体でぶつかったのに、壁に叩きつけることもできずに床を転がらせただけだ。

 やっぱり、体重差のせいだな。

 ぶちかましをやるには、ユリアの体重が軽すぎる。

 重さは強さだ。

 お相撲さん達は正しかった。


 だが、今はこれでも充分!


「撃て!」

「『炎龍の息吹フレイムブレス』!!」


 床に転がった化け猫に、再びミーシャの大魔法が炸裂。

 化け猫はまたしても悲鳴を上げながら、のたうち回る。

 毛が燃え尽きたせいで、体についた火は消えたが、その状態は酷いもんだ。

 毛の下の皮も燃えまくって炭化状態。

 最初はミケ猫っぽい柄だったのに、今じゃ立派な黒猫だ。

 明らかに弱ってる。

 もうひと押しだ!


「ハァ……ハァ……!」


 しかし、弱ってるのはこっちも同じだった。

 ミーシャが肩で息をする。

 表示されるMPが随分と目減りしていた。

 『火龍の息吹フレイムブレス』は、撃ててあと一発だろう。

 体力が持っていかれてるってことは、何かそれ以上の無茶もしてるのかもしれない。


「『焼けろ、焼けろ、焼けろ! 熱を孕んで燃え上がれ!』」


 それでも、ミーシャは残った力を振り絞って最後の詠唱を始めた。

 おとこだ。

 決してまな板だからとかそういうことじゃなく、その根性は間違いなく漢だ。

 だったら、こっちにも曲がりなりにも男として、その心意気には報いたい!


「フシャァアアッッ!!」


 化け猫が最後の攻撃を開始した。

 死にかけの体に鞭打って、俺達を中心に円を描くように、広い通路の中を縦横無尽に走り回る。


 『火龍の息吹フレイムブレス』は術者の前方広範囲を焼き払う魔法だ。

 つまり、発動の瞬間に背後や側面にいたら当たらない。

 この猫、魔獣のくせに頭良いな!


「ッ……!」


 狙いを定められなくて、ミーシャが焦った顔を見せる。

 そんなミーシャの頭に、ユリアは反射的に手を乗せた。


「大丈夫だ。私が奴を捕まえる。信じろ」


 彼女を不安にさせないように、自信満々にそう告げる(ユリアが)。

 俺は正直、重大な責任にビビってるんだが、やるっきゃねぇ。


「ふー……」


 ユリアの残留思念が、体と心に染みついた癖が、息を深く吐き出して集中状態に入った。

 それを少しでも邪魔しないために、俺も全力で集中する。

 奴の動きを予測する。

 どんな小さな攻撃動作も見逃さず、読み切る!

 そして……


「!」


 来た!

 化け猫が地面を蹴り、背後からミーシャを狙って飛びかかってくる。

 ユリアはそれを察知し、即座にミーシャの前へ。

 しかし、万全の態勢を整える時間まではなかった。

 このまま受け止めても、体重差を考えれば止まらないから、俺ごとミーシャが轢き潰される!


 なら、どうするのか。

 ユリアが選んだ答えは……奴をぶん投げることだった。

 突き出された前脚を、両腕で抱えるようにガッチリと掴み、レベル99の怪力に任せて投げ飛ばす!


 奴が全力攻撃のために跳躍してたのが幸いした。

 地に足をつけて攻撃されていたら、どんな怪力で締めつけようが、綱引きの原理で引っこ抜かれていただろう。


 だが、この状況なら怪力による投げ技が成立する。

 ユリアは柔術も習っていた。

 戦場で武器を手放してしまった場合の補助技として、学園で教わっていたのだ。


 加えて、俺もちょっと前に授業で柔道を習った。

 ついでに、昔柔道をたしなんでいたという親父にその話をしたら、息子と娘に構ってもらいたい寂しがり屋の中年に技をかけられながら解説を聞かされた。

 それを忘れるにはまだ早かったみたいで、俺の感覚も普段より遥かに効率良くユリアの動きを支えてくれている。

 ありがとう親父!

 内心うぜぇとか思ってて、すまんかった!


 そうして、俺とユリア、二人分の必殺の投げが繰り出される!


「ハァアアアアアアアッッッ!!」


 必☆殺!!

 女騎士一本背負い!!

 奴の前脚を支点に、頭上で振り回すようにして、その巨体を横の地面に叩きつけた。

 化け猫の動きが止まる。

 そこに、ミーシャが杖を突き出した。


「やれ!!」

「『火龍の息吹フレイムブレス』!!」


 ゼロ距離からの爆炎が化け猫を飲み込んだ。

 燃える、燃える、燃える。

 化け猫の巨体が余すことなく燃えていく。

 悲鳴すらも火炎の奥に消えていき、断末魔の叫びすらも喉が焼けたのか発せられず…………化け猫は、ついにただの焼死体となった。


 全身炭化した化け猫に、念のためにトドメを刺しておく。

 チャラ男を仕留めそこねた前科があるからな。

 せめて、同じ失敗は繰り返すまい。


 そうして、今度こそ完璧に化け猫の討伐を確認した。

 俺は多大な達成感を胸に、万感の思いでミーシャに振り返る。

 ところが……


「!? ミーシャ!?」


 ミーシャは全ての力を出し尽くしたかのように、限界を迎えてフラリと倒れた。

 そんな彼女が地面に叩きつけられる前に、咄嗟に胸部装甲レベル99で受け止める。

 まさか死んだのかと思って冷や汗が止まらなかったが、ミーシャはちゃんと規則正しい寝息を立てていてくれた。


「お疲れ様。よく頑張ったな」


 本当にとてもとてもよく頑張った少女の頭を、ユリアは優しく撫でる。

 二人分の想いを乗せて、優しく撫でる。

 寝顔には最初の強がった様子も、チャラ男にやられた直後の怯えた様子も、さっきまでの覚悟を決めたような気高さもなく。

 ただの年相応の女の子が、安らかな顔で眠っているだけだった。


「うぅん……巨乳死すべしぃ……むにゃむにゃ……」


 なんか変な寝言が聞こえてきたが、それは無視しよう。

 今はこの極上のベッドの上で、ゆっくり休むといい。

 そうして俺は、ミーシャをお姫様抱っこしたまま、地上へと帰還した。

 なお、お姫様抱っこなのは、この姿勢が一番守りやすいからだ。

 おんぶでも、お米様抱っこでも、被弾した時に守りづらいからな。

 決してそれ以上の意味はない。

 生粋の巨乳好きの俺を、まな板に興奮させたら大したもんですよ。

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