目をそらして手を出した結果
ゾルピデム漬けになって見えた幻覚は私の心を捉えて離さない。それは今でも。
この世界の科学と物理を学んでいたら絶対に見えないものを見た。壊れた奥行知覚。バグだらけの世界。
それでも私の中ではそれは幻覚ではなかったんだ。確固たる現実の一部であるとも思えたんだ。狂人は真理を掴む。凡人に馬鹿にされても狂人だけが見えているものはもっとも真実に近かったのだ。私はその片鱗を見た。
幻覚の中ではのったりとした異常色彩とぐにゃぐにゃとしたZ軸、ふわふわとした意識だけが漂っていた。それでいて異常に冴える思考。哲学的思考。
それに比べ現実はあまりにも灰色だ。
そんなことを知り合いに話したら「現実世界でなにか楽しいこと、ハマれるものを探すといい」と言われた。一緒に探そうとは言ってくれなかったが。
幻覚よりも面白くてハマれるもの。そんなものが現実にあるだろうか。
私はその、幻覚を上回るものを探すために色々なものに手を出した。
金継ぎやステンドグラスが上達した。別の友人が勧めてくれたライフル射撃にも手を付けたり、アクアリウムをやってみたり、植物を育ててみたり…
それをやっている間は楽しかった。気分が高揚し、のめりこめた。
ただ、そうやって好きなことに打ち込んでいる私に冷や水を浴びせる存在、犯罪者がやってくる。第一話でも記述したように、私の住む家にはたびたび犯罪者が侵入してくる。そうすると一日二日は監視カメラのSDカード内のデータを別の記録媒体に移し替えたり、警察官にお茶出しをしなければならず立てていた予定が全部崩れてしまう。
犯罪者に怯える。
犯罪者の存在が私の生活に影を落とす。何事も手につかなくなる。
自分の病気と犯罪者のせいで、中断してしまった趣味がたくさんある。
結局私は何一つ満足いくまでのめりこめなかった。全てが中途半端なまま。
ただそれを「好き」だという気持ちを無駄にしたくなかった。なにか形にして、当時感じた「好き」を残せたらよかった。
自分の好きなことを表現することも出来ず、幻覚を上回るなにかにも出会えず。
中途半端な私は一生胸を張って趣味を語ることはできないし、相変わらず現実は灰色なように感じる。
結局私は現実から目を背けるために面白そうなものを触れただけだった。
犯罪者に狙われているという現実から。病気に苦しんでいる現実から。幻覚よりも美しくない現実から一時離れたかっただけだ。
… 逃避の手段として趣味を消費してきた私でも、それでも「好きだ」という気持ちには噓偽りがなかったはずだ。
一度は手を休めてしまったが、やっぱり好きだという気持ちを嘘にしたくない。
もう一度、今度はちゃんと腰を据えてやってみようか。
そんな風に思っている今日この頃。
自殺への道が遠ざかっていることにも目をそらして。
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