そしてジルバンドへ
「なんじゃ、その顔は? 家族のことなんか大切にしていなさそうなジジイが自分を迎えに来たのが不思議でたまらんという顔じゃな」
「そ、そんなことは…」
「カッカッカ、相変わらずわかりやすい顔じゃ。なぁに、ワシだって孫が別の大陸に単身飛ばされたと聞けば心配で探しにも来るわい。お前の父も母も来たがっていたがの、あれも小さいとはいえ領地を預かっている身じゃ、そう自由には動けん」
「…じいちゃん、アーメリアにタダで行けるとはレイブンも孝行者じゃな、まぁ死んでいるかどうかだけでも確かめてやらんと、なんて言っていたじゃないか…」
セッテイン兄のジト目を向けられてもどこ吹く風のじいちゃん、我が道を行くというかなんというか、この人はそういう人だからそんな発言をしていたとしても驚くようなことじゃない。それよりも今の話の中で気になることがひとつ。
「タダって?」
我が家は貴族といっても三男の学費を出すことが負担になる程度には裕福ではない。貴族としては国内でも下から数えた方がはるかに早い資産状況のはずだ。いくら俺が可愛い息子だとしても、大陸間航海船のチケットなんておいそれと捻出できるはずがない。
「あぁ、レイブンからの手紙が届いてすぐにガナン辺境伯が国王陛下に頼んでこちらの大陸のギルドと連絡をとったんだよ。そしたらすでにレイブンは街を発ったってことでさ。辺境伯がお抱えの騎士をアーメリアに向かわせようとしたところで、どこからかじいちゃんがその話を聞きつけたらしくてね。ワシが行ってやろう、ってことになったらしいんだ。騎士を向かわせるつもりだったなら、ワシが向かう経費もお前持ちじゃろ、なんて辺境伯に言ったそうだよ。オチ兄が遠い目で話していたよ」
人の金でする旅は気楽でええわい、と笑顔のじいちゃん。まぁ、この人ならさもありなん。じいちゃん自身は貴族ではないし、ガナン辺境伯とも古い知り合いらしいしね。因みに俺たち兄弟がじいちゃんのことを「お爺様」なんて堅苦しく言わないのはじいちゃんが言い出したことだ。ワシは貴族ではないから家族から「様」を付けられるなんて気持ちが悪い、とかなんとか。
「じいちゃんはわかったけど、なんでセッテイン兄も一緒なの?」
「ああ、俺は騎士学校を卒業して騎士団に入団したんだけどさ、じいちゃんがこれだろ? アーメリアに渡っても本当にレイブンを探すかわからない、適当に旅を楽しむんじゃないかってことでお目付け役として勅令で一緒に来たんだよ。じいちゃんも孫がお目付け役なら無茶はしないだろうってことでさ」
「勅令?」
「そ。まぁ、勅令っていっても、辺境伯からのお願いってのは誰の目から見ても明らかだけどさ。ガナン辺境伯がそこまでするくらいにはレイブンのことを気にしているってこと。騎士団の俺をわざわざ向かわせたのは自分の身を犠牲にソルージア嬢だけでも送り届けた英雄の息子、なんて噂が国中に広まっているから国民へのアピールもあるんだろうけど」
うん? なにやら不穏な話があったな。俺のことが国中で噂になっているってどういうことだよ!
「なに、そのままの話じゃよ。その優秀さを疎まれた貴族の子供が賊に誘拐、しかしながら迷うことなく自分を顧みずに辺境伯家のご令嬢の送還を優先したという若き少年少女の物語じゃ。尾ひれどころか背びれや胸びれ、足や羽も生えての、次代の英雄の誕生やら、辺境伯家が権威を高めるための自作自演やら、邪神の仕業やら原型を留めておらんがな。かっかっか」
なんだか真実に迫っているものもあるけど、噂なんてそんなもんか。だけど、これってこのまま国に戻ったら悪目立ちして余計なトラブルに巻き込まれたりするんじゃないか? あくまで俺が求めるのは無事に長生きすることだ、じいちゃんとセッテイン兄にも会えたことだしいっその事戻るのはやめにするか。…いや、迎えまで来てもらっているんだ、さすがに帰らないと悪いか。
「さて、折角別大陸まで来たんじゃ。レイブンも見つかったし、ここからならお前たちだけでも帰れるじゃろ。ワシはもう少しこの大陸を旅してから…」
「駄目だよ。じいちゃんも国に戻すようにとも命じられているんだから」
「ぐっ」
じゃあな、とくるりとターンしてこの場を離れようとしたじいちゃんの腕をがっちりと掴むセッテイン兄。騎士学校卒だけあっていい動きをしている。
まぁ、本気でじいちゃんが逃げ出そうとすれば捕まえることなんてできないだろうし、ふざけているんだろうけどね。
「セッテインや、真面目なのはお前の美点じゃが場合によっては欠点になることもあるということは忘れてはならんぞ。特に今、こういう時にはじゃな…」
「…ばあちゃんに言いつけるよ」
「ぐっ」
その一言で顔を青くしたじいちゃんは諦めたのかふぅっと溜息を一つ。
「仕方ない、大人しくレイブンを連れ帰るとするか。…時にレイブンよ、しばらく見ないうちに腕をあげたようじゃな」
「そりゃ最後に会ったのはスキルを授かる前なんだから成長くらいしてるよ」
実際はスキルどころか【邪神の魔力】なんてとんでもないモノまで授かってますけどね。
「冒険者として活動していると聞いとったが…ふむ、後で久しぶりに手合わせでもしてみるか」
「げっ」
「げ、とはなんじゃ。セッテインといいレイブンといいワシの稽古を嫌がるとは腑抜けになったものじゃな」
この父にしてあの息子あり。苛烈な稽古を俺に課してきた我が父に輪をかけてじいちゃんの稽古は厳しいものだ。相手が子供だろうと容赦がない、数秒おきにやってくる命の危機の連続。思い出しただけで身震いしてしまう。当時はスキルも無いただの子供だぜ、そりゃ軽くトラウマにもなるよ。それ以外は面白いじいちゃんなんだけどなぁ。
セッテイン兄の方も苦笑いをしている。よく見ればその身体にはいくつか傷跡のようなものがあるのは、道中に稽古をつけられていたのかもしれない。あとでこっそり回復魔法でもかけてあげようかな。
「あの、主様…。こちらの方々は?」
しばらく俺達のやり取りを見守っていたミト達。なかなかいいタイミングで声をかけてくれた。おかげで稽古のことは有耶無耶にできそうだ。
「ああ、紹介するよ。俺の父方の祖父サイモン・ユークァルと」
「ご挨拶が遅れました、兄のセッテイン・ユークァルです。レイブンがお世話になっております。…まさかこのようにお綺麗な方と一緒だとは」
俺の言葉を遮って微笑を浮かべミトと挨拶を交わすセッテイン兄。
「ところでレイブン、今彼女が「主様」と言っていたようだが?」
そして俺に顔を近づけてくる。近い、近い。目が血走っておりますよ、お兄様。
「家族が心配している中、こんな美人と旅をしていたのか…俺なんかじいちゃんに痛めつけられながらここまでやって来たっていうのに…」
心の声が駄々洩れのセッテイン兄、なんかごめんよ。そんなお兄様を横にじいちゃんと自己紹介を済ませるミト、モナ、フッサ。三人の力量を見定めようと目を細めていたじいちゃんは僅かに口角を上げた。
「ふむ、面白そうなメンツじゃ。レイブンは人の縁にも恵まれておるようじゃな」
俺の頭をポンポンと優しく叩くじいちゃん。俺の仲間たちはどうやらお眼鏡にかなった様だ。目を細めて見つめていたからといっても何かスキルを発動したということではない、じいちゃん曰く「ワシくらいになればなんとなくわかるんじゃよ」とのことだ。
「特に茶髪のおなご、モナといったかの。なにやらいい瞳を持っているな」
どうやら新しい獲物を見つけたようだ、モナには悪いけど道中は餌食になってもらうとしよう。稽古は辛いけど、それ自体はちゃんとしたものだからモナのためにもなるはずだ。俺は遠慮するつもりだけどね。
「そこから出てきたってことは乗船チケットを購入したのか? 冒険者ってそんなに儲かるのか?」
正気に戻ったセッテイン兄が俺達の出てきた建物を指差して聞いてくる。そこで俺は閃いたね、この場の最適解を。
「…いやぁ、まだまだ駆け出しの俺達じゃ手が出せなくって困っていたんだよ」
もちろん嘘である。俺の言葉にジト目を向けてくるミトとモナ。どうやら二人には俺の魂胆がわかったらしい。
「安心せい、ワシが買うてやる。レイブン一人の予定じゃったが仲間と離れろなどと無粋なことを言うほど落ちぶれちゃおらん。全員分任せてもらおうかの!」
「…じいちゃん、任せろっていうけど、それって全部辺境伯様に請求が…」
俺が邪神を崇める組織から大金を回収していることなど知る由もないじいちゃんが、どんと胸を叩いている横で、こめかみを抑えるように額に手を当てる兄。
「あの、主様? 代金は手に入れたはずではありませんか?」
小声で確かめてくるミトにシッと口に人差し指を当てる。それ以上の発言はいけない。このままいけば乗船チケットに充てようとしていた白金貨五枚、つまり五千万円丸儲けなんだから。
「さ、じいちゃん。街を案内するよ。そうだ! 顔見知りになったリゾートホテルがあるんだよ。まだ船の整備で一週間は出航しないだろうしそこに泊まるのはどうかな」
じいちゃんが余計なことに気が付く前にこの場を離れようと背中を押す俺、フッサはこの短い時間で大金が浮いたことには気づいていないのか、俺と久しぶりに再会した家族のやり取りを優しい眼差しで見守ってくれている。一方、俺の行動の真意を理解したミトとモナからの視線が突き刺さるが、そんなものは白金貨五枚に比べれば大したことはない。
「あの、もしかしてチケット代って…」
「あぁ、いや、まあ、あはは」
勘のいいセッテイン兄がモナに何か聞いているようだけど、気にしない。気にしないったら気にしない!
他人の資金での豪華客船の旅、楽しみだな!
◆◆◆
以上で第四章本編終了となります。数話閑話を投稿し、次章はある程度まとまった量のストックが出来てからの投稿となります。ここまでお読みいただきありがとうございました!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます