正妻の座
武器を新調したその日の夜。俺は一人、ラスファルト島へ転移してきた。
【裏倉庫】から取り出したのは漆黒の剣。鍔に埋め込まれた水晶竜の瞳は俺の流した魔力に呼応して何かを訴えるような視線を俺に向けている。
俺が盗賊からドロップしたジルバンド鉱製の剣。本来であれば拾得物であるこの剣に【授銘】をしても効果は無いのだろうけど、俺の魔力によって変質したこの剣はエビオルスさんが言っていた「大きな変化」を遂げているといっても過言ではない。
「ってことは【授銘】できるのかもな」
…何故だろう。【授銘】と口にした瞬間から水晶竜の瞳からの圧が凄い気がする。
「ナイトメアクラッシャー…」
あれ? 睨まれてる? ねぇ、これ確実に睨んでるよね?
「ワンダフルデストロイヤー…」
ああ、これも違うと。
「シャイニングフラッシュソード…」
えっ? 呆れてます? その視線は一体なんだよ。
「インフィニティブリンガー…」
…おかしいな、魔力を通しているのに瞳が閉じた…。
「おーい」
コンコンと刀身を軽く叩くと半開きの瞳が俺を睨みつける。魂が宿るのは【授銘】してからって話だったよな、これどう考えても自我あるよね!?
その後も俺が考えたセンスの塊でしかないナイスネーミングはお気に召さないようで気が付けば太陽がうっすらと顔を覗かせていた。
「…冥竜剣」
最早何個目かわからない程に名前をひねり出した結果、ようやく気に入ったのか赤と黒の瞳がカッと見開いた。そして急速に吸われる魔力。
『まぁオレサマの名前としては及第点というところだが、メイリュウケンで良しとしてやるよ、アルジ』
…。
あぁ、ハイハイ。武器が喋るやつね。知ってるよ、そのパターン。なんかね、もう、うっすらそんな感じがしてたからね。もうね、「しゃ、喋ったー!」なんて驚くと思ったら大間違いですよ。
だけどさ、一応聞いておくよ。マナーみたいなもんだからね。
「なんで喋れるんだよ? っていうか意識あんの? どうなってんの?」
『なんだなんだ、意識があるも何もオレサマの魂を呼び起こしたのはアルジじゃねぇかよ』
「呼び起こした?」
『ああ、水晶竜という種族に生まれたオレサマだったが、激しい争いの後、消耗していたところを偶然遭遇した人間に殺されちまった。まぁ、それは別に今更どうでもいいんだけどよ。オレサマだって散々殺しつくしてきたからな、自分が殺されることも覚悟していたさ。だがな、気が付いたらこの瞳にオレサマの魂が宿っていたんだ。なんでかは知らねぇけどよ。瞳に魂が宿ったといっても何が出来るわけでもねえ。オレサマの意識も段々と希薄になってきて、もう消えるんだと思っていたんだがよ』
どこか遠くを見ていた視線をいつの間にか俺に向けてくる冥竜剣。
『アルジの力ですっかり元気になっちまったってわけさ』
「なるほどね。ところで勝手に名前つけちゃったけど、もしかして生きている時に名前あったんじゃない?」
長く生きた竜種は言語を解するし、魔物に分類されることもあるけど場合によっては一つの種族として分類されることもある。言語を解するといっても傲慢で人のことなんか基本的に見下しているから、竜種に遭遇したら何もできずに死ぬことの方が多いんだけどね。
逸話では竜種の里があるなんてことも聞くし、独自の文化を築いている竜種もいかもしれないってことだ。
『ああ、竜族の中でも水晶竜は知能が高いからな。産み落とされたときに名を与えられたさ。だがその名もオレサマが死んだとき、遥か昔に朽ち果てちまった。オレサマを呼び起こしておいて、アルジはいつまでもオレサマに名を与えねえんだもんな。ようやく名を付けると思ったがみょうちきりんな名を付けようとするんだから参っちまったぜ』
失礼だな。どの名前もかっこよかったでしょうが!
「名ってそんなに大事なもんなの」
呼び起こしたら名を付けるのが当たり前みたいに言ってるけど、そんなに重要なものなのか?
『おいおい、アルジの力で呼び起こされたんだぜ? そりゃあアルジに名をつけてもらわねぇとオレサマの存在が保てないじゃないかよ』
チョットナニイッテルカワカラナイ。
『まったく、これだから人間は…。まぁいいか、それよりいつもいつも暗いところにいれておかないで外に出しておいてくれよな。折角意識が戻ったんだ、人の世界を見せてくれよ』
え!? 無理無理無理。こんな気味の悪い剣持ち歩くなんて黒騎士モードのときならまだしも、純真を売りにしているレイブン・ユークァルのイメージに合わないじゃないか。
久しぶりに話せるからか、やたらと饒舌な冥竜剣。どうやら意思の疎通ができるのが俺だけらしい。因みに念話的なサムシングで俺から呼びかけることは出来ず、直接話しかけなければならないらしい。
うん、持ち歩けるわけないな。
『おいおいおいおい、ちょっと待ってくれよアルジ!』
問答無用で俺が【裏倉庫】に冥竜剣をしまおうとすると慌てたように俺に呼びかけてきた。
「そんなこと言ったって、お前は黒騎士モード用の武器なんだから持ち歩けないって」
一応気を使って気味が悪いということは黙っておくのはせめてもの優しさだ。
この際だから俺が邪神の魂で転生したことやら、黒騎士モードのことはミトとタイスケ以外に知られていないことなんかも話してしまうことにした。
「…という訳だからお前は普段は持ち歩けないんだよ」
『アルジ、お前すげぇやつなんだな。たかが人間がオレサマの魂を呼び起こすなんて不思議に思ったが神の魂か。…なぁ、オレサマの姿がカムフラージュできればいつも持ち歩いてくれるのか?』
「うーん、そんなこと言ったって今日武器を新調したばっかりだからなぁ」
腰に下げていた剣を朝日にかざす。
鍔にはめ込まれた魔石がキラリと光る、良く言えば質実剛健、悪く言えば何の変哲もない剣だがその品質は一級品だ。
流石にこの剣とは別の剣を持ち歩くのは不自然だろう。剣が壊れでもしたらそれを口実に持ち替えてもいいけど、この品質の剣がそうそう壊れるとも思えないし、そんなつもりもない。
それに冥竜剣の元がこれだ。カムフラージュといったって滲み出る禍々しさは隠しようがないと思うんだよな。
『なんだ、アルジはそんな剣が好みなのか?』
「いや、好みというかさ。…お前もカッコいいと思うよ」
って何言ってんだ俺は。恋愛ドラマみたいなセリフじゃねぇかよ、と内心ツッコミを入れたところだったが、冥竜剣がその瞳を閉じると魔力を放つ。
「わっ、突然どうしたんだよ!」
まさか俺に惚れちまったか? なんて馬鹿なことが一瞬頭をよぎったが、冥竜剣は俺の手を離れ宙に浮かび放つ魔力が強くなっていく。
ピキピキと氷が水に溶けるような音が鳴り始めると冥竜剣を黒い水晶が覆っていく。
「えっ? えっ?」
戸惑う俺を他所に今度はパリンという音とともに黒い水晶が弾ける様に砕け散ると、俺の左手にあるエビオルスさん作の剣と瓜二つの剣が浮いていた。
『ほら、これでどうだ! 水晶竜は擬態が得意だからな。アルジ好みになってやったぞ。普段はこの状態でいればいいんだろう。元のオレサマも好きみたいだから、アルジの言う黒騎士なんちゃらの時は元に戻ってやるよ』
ご丁寧にガニルム鉱で塗装された冥竜剣の鞘も何の変哲もないありきたりなものに変化していた。
「ソウデスネ」
『ヒャッハー! やったぜ。これでいつも一緒だなアルジ!』
「…ソウデスネ」
疲れた、眠い、もう聞く気力もない。精神的にも肉体的にも疲労がピークに達した俺は今日のところは宿に帰ろうと冥竜剣を身に着けポルトアリアに戻ることにした。水晶竜の擬態やこの変化能力についてはまた今度詳しく聞くことにしよう、そう心に決めて。
この冥竜剣が俺の眷属となっていたことに気がついたのは翌日のことだった。
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▶ Up眷属化(Lv3)…レベルに応じた人数、自身の眷属にできる、生命力に+30。
▼眷属:ミト・ズゥレ・ソソララソ、フッサ・ンモゥカキ、冥竜剣
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