ナントカの災難
長らく投稿止まっており、すみませんでした。更新再開いたします。
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「なんかすっきりしないなぁ」
ここを監視していた鳥は謎のままだし、司教は力を吸い取っただけで終わったしでこの一週間の苦労が晴れるような爽快感はない。
「まぁ、これはありがたいけど」
背中に意識を向ければその輪郭も今やはっきりとわかる悪魔のような翼。吸い取った邪気が特殊なものだったのか、今まで俺が抑えてきた邪気とは毛色が随分と違うようだ。バサリと羽ばたかせれば体は宙に浮き、分解して体内にしまうことも出来る。
新たなスキルかとも思ったけど、ステータスを確認しても新たに取得はしていなかったのは少し残念かな。ステータス値はそこそこ伸びてはいたけどスキルレベルは頭打ち、地力が上がるのはいいけどドカンと強力なスキルでも手に入れたい今日この頃である。
ガラガラと教会の瓦礫を足で払いのけながら、これからする実験に使える適当なものがないかを探していると丁度いいものが目に入ってきた。
「おっ、これはいいんじゃないかな」
瓦礫に埋もれていたのは六十センチ程の大きさの石像だ。天使のような羽を広げた男性が剣を高らかに掲げる白い像はどこか神聖なオーラを放っている。…ような気がしないでもない。
聖神教について記憶の底から引っ張り出してみると、確かこの像は聖神教で祀られているナントカさんだ。なんだっけなぁ、神の遣いでどうとかこうとか…。
俺の生まれたイリュシュ王国の国教は聖神教。無論、聖神教についての教育も受けてはいるが流石に神の遣いの詳細までは憶えていない。
「あぁ、こんなに汚れちゃって…」
敬虔な聖神教徒ではない俺だが、神の遣いの像を雑に扱うほど人間性は荒んじゃいないさ。横たわっていた石像を丁重に扱いながらその場に立て、生活魔法スキルの【清掃】で汚れを落として差し上げることにした。
邪気を込めて。
俺が魔力を込めると、まるで新品のように傷一つ、汚れ一つなくなった石像は次第に黒く染まっていく。その翼は爛れ、次第に翼竜の化石のような骨だけの翼に変化する。掲げていた剣は形を変え、命を刈り取るための鎌のようになりまるで死神のように変化した。当然神聖なオーラなどは消え、触れるだけで呪われそうなおどろおどろしいナニカを放っている。
「よし、気持ち悪い! これで準備万端だな」
変貌してしまった神の遣いのナントカさん。彼に恨みがあるわけではない。俺の予想が正しければ…。
邪気の吸収。
俺がこの場で実験したかったことだ。街にまき散らされた、というか俺がまき散らした特濃邪気水は司教がいい感じに回収。そしてそれを俺が吸収したので現在街は邪気に汚染されていない。
これを見て俺が思ったのが邪気は吸収できるのではないか、ということだ。今までは抑えることに集中していた邪気だが、もし吸収できるのなら今後多少邪気を街中で放っても被害を最小限に抑えられるのではないか、ということ。
自分の尻は自分で拭ける大人になりたいからね。
ということで石像に向かい手を伸ばし「邪気よ、戻れ」と強く念じてみる。あの巨人の邪気だって吸収できたんだから、込めたてほやほやの石像の邪気くらいすんなり吸収でき…。
「ぐぬぬぬぬぬぬ」
…さっきはできたんだ。不可能と思うから不可能なのであって人間やればできるはず…。
「むむむむむむむぅ」
…。どれだけ強く念じてみても神の遣いのナントカさんの像はどちらかというと邪神の遣いのように変化したまま。何か吸収特殊な条件でもあるのか石像に込めた邪気はそのままである。
「そういえば、司教の邪気はなんだかそれ自体に意識があるようなまるで生き物みたいな感じがしたよなぁ…」
それから何度か吸収を試してみたが目の前の像は相変わらず。その虚空を見つめる瞳は俺のことを恨めしく思っているかのようですらある。少し前の勇ましい表情はどこへいったのやら、最早この像がナントカさんだったということは背中にある神の遣いを示す刻印だけとなってしまった。
「…あー、うーん…。よしっ! 出来ないものは仕方ない、か。…うん、うん、元々出来なかったんだしな。人間諦めが肝心だよな。切り替え、切り替えっと」
ちょっと残念ではあるけど。
無理やり気持ちを変えようと大きめの独り言だけど、誰もいないので変な目を向けられることもない。
邪気が吸収できるなら便利になると思っただけにこの結果には少々落胆してしまったのは言うまでもない。心なしか目の前の像もこの状況を悲観しているような表情だ。
…あれ? これって…表情が変化してないか?
いや、あまり細かいことは気にしないようにしよう。そっとナントカさんの石像を瓦礫の隅に戻して謝罪を込めて手を合わせる。証拠隠滅っと。
「主殿!」
俺が現実から目を逸らしていると遠くからワォン、と鳴き声が聞こえたと思ったらよく知った気配が近づいてきた。決して某スーパーマーケットで決済をしたのではない。
あれはなんだか随分と久しぶりに見る【獣化】モードのフッサだ。俺を見つけた彼は大跳躍。
「無事か!?」
シュタッという効果音でも聞こえてきそうな華麗な着地を決めて【獣化】を解いたフッサの第一声。うん、この通りピンピンしているよ。
「まぁね」
黒騎士モードを解除してクルリと一周。今すぐに社交界に華々しくデビューしてもおかしくはないほどに華麗なターンを決めて笑顔を決める。スッキリとした勝ち方ではなかったけど、それをこの場で伝えても何か変わるわけでもない。
心配をしてくれた、というか突然の転移で心配をかけた彼に愚痴を言うほど心は荒んじゃいない。
そしてさらに高速で近づいてくる魔力が二つ。
「主様!」
「ぐふっ」
風魔法の補助が入った二人組だ。俺の姿を確認するや否やタックル、いや、抱き着いてきたミトとゼェハァと息を切らせたモナ。なかなかいいタックルだったぜ、ミトさんよ。世界目指してみるかい?
「先ほどの邪気、一体何が起きたのですか!?」
「ああ、えーっとね…」
さて一連の事情について三人への説明はどうしたものかと考えていたらこの場に近づく多くの気配。そうだよな、ミトとフッサは俺の眷属化の影響か邪気による影響は少ないようだし、モナは二人に連れられてきたと考えれば、避難していた集団の中でもここへ向かうタイミングは一番早かったはずだ。そして、他の冒険者達だってあの状況で何もしないはずはない。
邪気の影響は個人差があり、ハンナ姉さんのように神聖魔法スキルがあれば抵抗力がある人だっている。それにあの父親も神聖魔法スキルなんてないのに割と平気そうだったしな。
つまりこの場には今、多くの人が向かっているという状況だ。
「一旦場所を変えようか。説明はそれからで!」
念のため【隠者】を全員にかけてその場を後にした俺達。どうやらここへ来る際にはミトの【隠者】で姿を隠してきたらしく、三人が街に入ったという目撃情報は無いだろうということで、しれっと街の外の避難キャンプに移動することにした。
本件に紫電の一撃は無関係ということをアピールしておきたいからね。
「おや、レイブンさん。もうお体は大丈夫ですかな? 昨日から体調を崩されておられた上に先ほどの邪気は堪えたのではないですか?」
戻ってきた俺達に声をかけてきたのはサトウリゾートの支配人。俺が封印されている間、三人はアモンドさん達の手伝いをしていたのだが、俺のことは体調不良ということにしておいてくれたらしい。
「ご心配ありがとうございます。俺のことよりも皆さんは大丈夫でしたか?」
「ええ、まだ気分が悪いという者もおりますが、どうも今回の邪気はあまり強くなかったようですな。今はもうほとんどの者が動き回っております。おお、そうだ、冒険者ギルドの方が冒険者の方々を集めておられましたが皆様はよろしいのですか」
「あー、俺がまだ本調子ではないので…」
「ふむ、そうですな。あまり無理はなさらない方がよろしいでしょう。何か消化のいい食べ物でも届けさせましょう」
にこやかな紳士スマイルで断る間もなく踵を返した支配人。彼の話だと邪気の影響はかなり限定的だったみたいだ。封印を破ってから巨人化した司教を倒すまでの時間は邪気が発生していたはずだけど、俺が吸収したからそこまで害は無かったのかな。
そこからミト達が寝泊まりしていたテントに移動。辺りには誰もいないが念のため防音の魔道具で盗聴を防止して皆と別れてからのことを話すことにした。
「って、まぁ、そんな感じでさ…」
「主様、まだ何も聞いておりませんよ?」
チッ、色々誤魔化すのが面倒だったからかくかくしかじか的な便利ワードが通用するかと思ったんだけど、上手くいかないみたいだ。
「うーん、俺が何かしたってことでもないんだけどさ。一連の犯人は聖神教のトリオン・ゼラム・ミタン司祭、実は邪教の人だったみたいでさ。その様子を遠目から伺っていたんだけど、魔法陣が発動して巨人化した司教が邪気を発したと思ったら急速に萎んで動かなくなっちゃったんだよね。遠目で見ていたっていっても所々見逃してたし、巨人化した司教が暴れていたのは誰かと戦っていたみたいなんだけど、俺の位置からはよく見えなかったんだ。それで位置を変えようと動いたら萎んじゃってさ」
俺が邪教と口にするとミトは少しだけ眉をピクリと動かす。もちろん説明としては全くの噓八百だけど、俺と邪神の繋がりをこの場の全員が知っているわけではないので邪気については司教のせいということにしておこう。あの場には俺しかいなかったんだし、黒騎士についても濁しておく。この場の話が他の誰かに伝わることはないとは思うけど念のため。
「ちょ、ちょっと待ちなよ。司教が邪教の人間だったなんてあんた一体どこでそんな話を…」
「うん? そりゃあ、誰かさんが眠り姫になっている間に調べたに決まっているじゃないか。街の人に信じてもらうだけの証拠もなくてギルドには報告できなかったけどさ」
ということにしておこう。聖神教の司教がこの騒動の首謀者だったなんて街に来て数日の冒険者である俺が騒いだところで信じてもらえないだろうし、と言うとモナも納得したようだ。正義感強めのモナなら「それならすぐにギルドに報告すべきじゃないかい」と言いそうだからね。
「それにしてもお一人で向かわれるのは危険です」
今度はミトのお説教タイムだ。彼女が心配する気持ちもわからなくはないけど、街一つを壊滅させるほどの魔法がどんな結果を引き起こすか、想像は出来なかった。だから俺一人なら【影移動】ですぐに逃げられるという理由で一人向かうことにした。それに加護だってあるしね。三人を危険な目に合わせたくなかったなんてお優しい理由じゃないんだからね、勘違いしないでよね!
「いやぁ、ごめんごめん。ちょっと様子を見るだけのつもりだったからさ。でも夜通し警戒していたから流石に眠いや。ちょっと横になっていい?」
お説教が長くなりそうだったのでお子様モードを全面に出して胡坐をかいているフッサの元へ。うーん、モフモフ気持ちいい。
ふわぁと欠伸をして可愛らしさを全開にした俺。お子様モードの俺にミトが弱いのを利用してお説教から逃げるとしよう。俺の中に眠るCawaiiよ、今こそその力を解放するのだぁ!
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