調査結果

 ポルトアリアの街を不穏な空気が包んでいた。不安な顔で噂話をする人々、我先にと街を出る人々、何より街あちこちで兵士と冒険者の混成部隊が民家や商店、宿や酒場に立ち入っては関係者を取り調べしているのだ。


「む、この酒場にも調査の手が入ったようだな」

「うぅ、船代が…」


 俺の目の前には「立入禁止」と書かれた立て看板の置かれた酒場の入り口。既に立ち入り調査は終わったのか衛兵が二人、入り口に立っているだけだ。


「ここの酒場も邪教の信者が経営していたらしいわよ」


 近所の人だろうか、おば様達がそんな話をしているのが聞こえてきた。


 俺達がギルドに報告に行ったその日には大掛かりな立ち入り調査が行われた。投書に邪神を崇める組織と関係があると書かれていた施設全てにだ。俺達が一日ギルドに拘束されている間に。


 そして翌日、俺がレイカー達から快く教えてもらっていた組織の拠点を確認しに行ってみれば悉く立ち入り調査が入った後。近所の人の話では関係者は皆連行されていったらしい。また拠点内にあったものはそのほとんどが押収されてしまったようだ。


 邪神を崇める組織の拠点にあるだろう現金を頂戴して、ジルバンド大陸への船代に充てようとしていた俺の計画には早くも黄色信号が点ってしまった。俺とフッサ、ミトとモナに分かれて調べているが、俺とフッサが確認した拠点は今のところ全てに調査が入った後だった。


「あんな投書がなければ拠点の金目の物は全て俺の物だったのに。ネズミの野郎、余計なことしやがって…。うん? あれは?」


 恨み節を呟いていると、俺達と同じく酒場を確認し苦々しそうな顔をしている初老の男がいた。その顔はどこかで見た顔だ。


「あれはモナの実家の番頭さんか」


 怪しいな。モナには実家と邪神を崇める組織の拠点のひとつであるアカラサルマ商会の繋がりは表向きの商売での関係じゃないか、とは言ったものの、あの番頭の表情は怪しすぎる。


「フッサ、あの男がモナの実家の番頭さんなんだけど、あの顔怪しいと思わない?」

「む、確かに怪しいが、あの表情が怪しいというのならば、主殿も十分に怪しいのでは」

「そう言われれば確かにそうか…って俺はいいのっ!」


 まったく、このプリティフェイスを前にしてなんてことを言うんだ。


「俺とフッサの受け持ちの拠点の確認はここで最後だし、番頭さんはこっちに気が付いてはいないし、ここは尾行でもしようか」


 フッサと自分自身に闇魔法スキルの【隠者】をかけ、酒場の前から立ち去る番頭の後をこっそりと追うことにした。


 やたらと角を曲がり、どう考えても非効率な道を選択して歩いていく番頭。おいおい、これって尾行を気にしながら歩いている的なやつじゃないのか?


 番頭さんがやって来たのは商店が多く立ち並ぶ一角。そこにある二階建ての一見普通の建物の裏口。ポケットから鍵を取り出し中に入っていく番頭さん。


 一体何の建物なのか確認しようと正面に向かった俺とフッサ。


「む」

「ミトにモナ」


 そう、そこには別行動中の二人がいたのだ。


「主様!」

「ちょ、ちょっと。どこから出てきたんだい? 今、突然現れなかったかい?」


 【隠者】の効果で俺たち二人に気が付いていなかった彼女達は大きく驚き、声を上げた。


「ふふーん。まだまだ二人も甘いね」


 ミトは「風が教えてくれていましたので」とかいって俺の接近に気が付いていると思ったけどそうでもなかったらしい。俺の【隠者】は風すらも欺くということかな。


「どうしてここに?」

「それはこっちのセリフだよ。ここはあたし達の担当だろう?」

「担当?」


 彼女達が立っていたのは「肉のアカラサルマ」という看板の掲げられた建物の前。そう、あのアカラサルマ商会の経営する店舗の一つだ。そしてモナの実家のモルフォッケ商会の番頭が裏口から入っていった建物でもある。


 モナが「担当」と口にしたのはここが邪神を崇める組織の拠点の一つだからだ。俺達が調べた場所とは違い、こちらには立ち入り調査が入った形跡はない。だが…。


「営業はしていないの?」

「ええ、どうやら今日からお休みのようです。ご近所の方に聞いてもよくわからないそうです。今まで予告もなくお休みになったことはないらしく、皆さん戸惑っていらっしゃいました」

「レイブンたちはなんでここに?」

「なんでって…」

「うむ、モナの実家のモルフォッケ商会といったか、そこの番頭が怪しい動きをしていたのでな。主様とともに後をつけてきたのだ」


 俺がモナに伝えるか迷っていると、すかさずフッサがその理由を告げてしまった。


「ちょっ、フッサ! そういうデリケートなことはもうちょっと慎重に…」

「そうかい、フッサ、教えてくれてありがとう。レイブンもあたしのことを気遣わせちまって悪かったね」


 フッサからその理由を聞いたモナは袖もないのに腕まくりをするような仕草をしながら肉のアカラサルマへ鼻息荒く進んでいく


「おい、モナ、何をするつもりなんだ」

「エッジの野郎はその中にいるんだろ、捕まえて奴の知っていることを洗いざらい吐かせるに決まっているだろう!」

「エッジ?」

「うちの番頭の名前だよ」


 番頭のエッジね。ゆで卵が好きそうな名前だな。


「って、ちょっと待ってよ!」


 今にも乗り込みそうなモナをフッサに羽交い絞めにしてもらいその場を離れ、一旦近くの公園にやって来た俺達。騒ぎのせいなのか人のいない公園のベンチに座り、お互いの調査結果を報告しあうことにした。


「そっちはどうだったの?」

「こちらはアカラサルマ商会関係のみどこも立入調査はされておりませんでしたが、それ以外は全て調査が入った後でした」

「そっか、こっちは全滅だよ」

「むう、アカラサルマ商会のみ無事ということか。これはどういうことだ?」

「うーん、単にアカラサルマ商会だけは拠点であることが投書に書かれていなかったってことだろうけど。規模としては一番大きいこの商会が無事なのは何か意図的なものを感じるよね」

「泳がせている、ということでしょうか」

「その可能性もあるけど…」

「ぐうぅ、むぐぅ」


 俺達三人が話し合っている中、芋虫のように縄でぐるぐる巻きにされ猿轡をされたモナが拘束を振り払おうとしている。


「アカラサルマ商会の建物を誰か見張っているような気配はあった?」

「いえ、怪しい人物は特には」

「さすがに泳がせているなら見張りくらいはあるだろうし。うーん」


 ネズミの正体がわかればその目的もわかるんだろうけど。


「冒険者ギルドに行ってみれば何かわかるのではないか」

「そうですね、ギルドが情報を出していなくても、立入調査に同行した冒険者から何か聞けるかもしれませんし」


 ということで冒険者ギルドに場所を移した俺達。途中グルグル巻きのモナを担ぐフッサを見た人から何事かと視線を送られることもあったけど、肉のアカラサルマからギルドまでは距離が近かったこともありトラブルなく移動はできた。ギルドに着くころには多少は冷静さを取り戻したようだったのでモナの拘束は解き、職員さんに立入調査について尋ねることにした。


 昨日と同様何故か別室に通された俺達。どうやら他の冒険者にはまだ公にはなっていない情報を教えてくれるらしい。地下施設情報をもたらした俺達、一応は関係者という立場になっているようだ。


「何かわかったんですか?」

「いえ、それが連行した人は皆口をそろえて知らぬ存ぜぬの一点張りでして…」

「投書にあった場所は全てお調べになったのですか?」

「ええ、その全てを調査し、物品の押収や関係者の捕縛をしたのですが目新しい情報は得ることはできませんでした。取り調べは進めていますが先ほど申し上げた通りで。また物品も量が量ですので調べるのに時間がかかっております」


 この話を真に受けるなら投書にはアカラサルマ商会については書かれていなかったということか。


「魔法陣の調査は?」

「それが古代語を用いた古い技術の魔法陣のようで解析には至っておりません」


 そちらも進捗は無しか。


「魔法陣の場所はどこだったんですか?」

「場所、ですか?」

「はい、配置から他の魔法陣が特定できるかもしれないかと思って。一応これでも魔法スキル持ちなんで」


 俺達に状況を説明してくれていた職員さんが胸元から街の地図を取り出すと、同じく胸元からペンを取り出し、印をつけた。その谷間にマジックバッグでも仕込んでいるんだろうか。


「あ、それってサトウ工房の」

「ギルドで流行っているんですよ、これ。持ち運ぶときにも服が汚れないですし、見た目もいいですしね。魔法陣があったのはこの印の場所です。調査中で封鎖されていますが…」「場所だけでもわかれば大丈夫です。これはいただいても?」

「はい、どうぞお持ちください。何かわかれば是非情報の提供をお願いします」


 頭を下げた職員さんは「それでは」と部屋を出て行ってしまった。


「場所なんて聞いてどうするんだい? さっさとアカラサルマに殴り込みに行けばいいじゃないか」


 ご機嫌斜めなモナがフンっと吐き捨てるように言うが、アカラサルマ商会関連はもう少し様子を見ることにした。やはり、いくつかの魔法陣の場所まで特定できた「ネズミ」がアカラサルマ商会だけを見逃すなんてありえないと思ったからだ。


 そしてその日の夜。フッサとモナには悪いがミトに一服盛ってもらいちょっとばかし深い眠りについてもらった。


 ポルトアリアの街を暗躍する二つの影。黒騎士と仮面のエルフの出番だぜ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る