邪神とは

 焚火に炙られた大きな塊肉から肉汁が滴り落ち、香ばしい匂いとともに白い煙が立ち昇り焚火の煙に合流するのをボーっと見つめていた。【裏倉庫】から取り出した獣の肉に、塩と香草を塗して焼いただけのシンプルな料理だが腹ペコな俺の食欲を刺激するには十分。その焼き上がりを今か今かと待ちわびていた。


 モナとフッサから獣人族の差別について聞いた後、地下二十三階に出現する魔物の効率的な狩り方や解体方法についてアドバイスを貰った。拠点を共同で使ってもいいと誘われもしたのだがそれについてはやんわりとお断りをした。彼女らにしてみれば獣人族を毛嫌いしない冒険者とは仲良くしたいという想いがあるようだ。フッサは子供好きなようで俺が魔物の解体方法について尋ねると嬉しそうな表情をしていたのが印象的だった。


 俺としても彼等とは友好的な関係を築いていきたいと思ったが、拠点の共同使用を断ったのは何故か。


 だって魔物が徘徊する場所で一晩過ごすなんて、心も体も休まらないだろ?


 という訳で地下遺跡十一階と同様、人目につかない小部屋に【影移動】の座標を登録し、一晩を明かすためにラスファルト島へ転移してきたのだ。ここには魔物どころか生物が存在しないので襲われる心配もないし、俺たち以外に人はいないので会話の内容にも気を付ける必要も無い。邪気の影響で生物のようにウネウネと動く植物はあるが、あれは生物ではないはずだ。


 モナとフッサと別れてからもしばらく魔物を探して探索を続けた結果、マッドスライムとリーフエレメントの両魔物とも遭遇し討伐することができた。


 マッドスライムは擬態を見破っても吐き出す酸が厄介だったが、俺が囮になっているところをミトの風魔法で仕留めることができた。リーフエレメントにしても、魔物自体が纏う葉の動きに注意すれば手こずることはなかった。本来、リーフエレメントは森に生息していて、周囲の植物も自在に操ることから危険な魔物とされているが、この遺跡を構成する植物を操ることはできないようでランクの割に討伐は簡単だった。


 そしてビートルマンも何匹か討伐しているうちに、初戦程苦戦することはなくなってきた。フッサに解体を教わった時に体の構造を学び、攻撃が通りやすい部位を知ったことも要因の一つだが、剣術のスキルレベルが二に上がったことも大きく関係している。


 初めてのスキルレベルアップで感じたのは、ステータス補正による力上昇と明らかに剣の扱いが上達したことだ。父との日々の稽古で徐々に取り回しが上達するのを感じたこともあるが、それとは大違いだ。大げさに言えば剣が体の一部になったような、そんな感じ。


 そこから調子に乗って碌に休憩をとることもなくぶっ続けで探索を続けた結果、空腹と眠気のダブルパンチを喰らっている真最中なんだけど。


 焼きあがったお肉を食べてすぐに眠りに落ちたいところだが、そうもいかない。


 モナから聞いたこの大陸の獣人族の信仰。彼らが信仰しているのは進化と発展の神、そしてそれは邪神ズワゥラスのことだった。邪神が進化と発展の神というのは非常に驚いた俺とは対照的に、ミトはその話を聞いても落ち着いていた。つまりミトは邪神が進化と発展の神ということを知っていたということだ。


 俺は邪神イコール悪だと思い込んでいた。それはこの世界を創造し六柱の神とは違い、邪神は異界からやってきた神で世界に破滅をもたらそうとした神だと教えられたからだ。だがその一方で進化と発展の神として信仰されているという側面もある。


 一応邪神の力を持って転生した者としてはこの世界の邪神について知っておかなければならないだろう。


 でも疲れているし眠いからやっぱり明日にしようかな。ミトってうんちく語りだすと長いんだよな。


「ズワゥラス様がこの世界に降臨なされたのは世界を滅亡させるためではないのです」


 あっ、もう始まっちゃうのね? そうかぁ。


 お肉食べながらでもいいかな。


「創造神たちによって世界が創り出されてからは平和だったと神話では語り継がれていますが、そもそも争いという概念が無かったからそれは当然のことでした。全ての生物が神により管理される世界。果たしてそれを平和と呼ぶことができるのでしょうか」


 ふむふむ。


「生まれ、子を作り、死ぬ。ただそれだけが繰り返される世界」


 確かにそれはちょっとなぁ。


「そんな世界を哀れんだ異界の神。それこそがズワゥラス様なのです」


 え。まじで? 実は邪神っていい奴だったのか。


「異界の神として強大な力を持つズワゥラス様は世界の在り方を正そうと、この世界に恐怖の対象となる魔物を生み出しました。この世界の人々がその恐怖に打ち勝ち、自らの意志で文明を発展できるようにと願いを込めて」


 かなり手段としては強引な気もするけどな。


「結果、人々はスキルとステータスを手に入れ、創造神とともにズワゥラス様を封印するに至ったのです」


 うーん、創造神からしたら自分たちが上手く管理していた世界にいちゃもんつけられた上にめちゃくちゃにされたんだから、たまったもんじゃないよな。


「創造神たちは人々の信仰がズワゥラス様に向かないよう、聖神教を立ち上げズワゥラス様を邪神とした神話を広め人々の認識を歪めたのです」

「だけど、聖神教の手の届かない一部の閉ざされた文化を持つ人々、特に獣人族の間では邪神を進化と発展の神として信仰を続けていたってことか」


 なるほどねぇ。確かに創造神サイドからしたら邪神は悪なんだろうけど、人類にとってはそうとも言えないよなぁ。創造神によって管理された世界は理想郷だったのかもしれないけど、それは神の視点であってそこに生きる物たちにとってはある種のディストピアだったのかもしれないしな。


 邪神に関係しているからってそれを悪だと決めつけてしまうのは愚かな行為なのかもしれない。前世の記憶があって邪神の力を持っているからそう思うだけかもしれないけど。少なくとも、俺自身が邪神を信仰しているからって差別をしちゃいけないよな。


 邪神を崇める組織? あれは別だ。俺に害をなした時点で敵と認定しておりますので、いつか壊滅させてやる所存であります。

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