「特殊」な街

 開拓長とギルド長が夫婦だという驚きの事実、そして大陸間移動の費用について聞いた俺とミトは早速冒険者登録をするべくギルドの一階にあるカウンターに並んでいた。


 ギルドのカウンターはそのほとんどが冒険者用のもので、端にあるカウンターの上に「ご依頼・新規登録の方」という案内板が天井からぶら下げてあったのでそこに並んでいる。


 残念ながら登録時の絡まれイベントが起きることはなさそうだ。なにせこのギルドにいる冒険者の半数は開拓依頼帰りの人達。つまり知り合いだ。ギルドへの報告は既に全員終わったようで併設された酒場で昼間っから酒を飲んで騒いでいる。


 既に酒の回った顔見知りの冒険者に「新人冒険者君、困ったら先輩を頼るんだぜ」などとウザ絡みをされたので一応絡まれたともいえないのかな。チラチラとミトを見ながら絡んできたのでミト目当てで頼もしい所でもアピールしようとしたんだろう。


「お次の方どうぞー」


 少し間の抜けた声で案内してくれたのは職員の制服に身を包んだ若い女性。黒目がちなたれ目で全体的におっとりとした印象を受ける。


「登録でよろしいですかー?」


 冒険者とのやり取りを見ていたのだろうか。既にカウンターの上には登録書と書かれた紙が二枚準備されていた。


「はい」

「それではこちらにお名前と開示可能なものだけで構いませんので所持スキルとレベルをご記入くださいー。代筆は必要ですかー?」

「いえ、結構です」


 俺はもちろんミトも識字は問題ない。俺はレイブン、ミトはミトラという名前で登録する。冒険者はその門戸を広くするためステータスチェックは行われない。スキルも自己申告制だ。もちろん虚偽のスキルを申告した場合は罰則があり最悪の場合は永久追放に罰金、場合によっては犯罪者とされることもある。そして奥の手を持ちたいという人のために所持しているスキルを全て申告する必要はない。


 冒険者登録後にスキルを取得することもあるがそちらも自己申告制なので人によっては登録時のスキルのままらしい。指名依頼なんかが欲しい場合はスキルを登録しておいた方がいいんだろうけど。


 俺は無難に剣術スキルと生活魔法スキルを記入。ミトは弓術、風魔法、植物魔法、薬師を記入している。しかしスキルレベルは少し落としているな。まぁ見た目年齢二十歳そこそこだしそっちの方がいいのかもな。


 トラブルは出来るだけ回避したいのでエルフということは秘密にしている。唯一の特徴の耳は魔道具のイヤーカフで偽装をしているし、そもそも普段は髪に隠れて見えない。魔道具は組織にいた頃に支給されたものなのだそう。組織内でもエルフということは公にはしていなかったらしい。


「あらー、お二人ともスキルに恵まれましたねー」


 俺たちの登録書をみた職員さんが少し声を落として感想を述べた。他の冒険者に聞こえないように配慮してくれたのだろうか。俺もミトラも開拓所で開示済みのスキルだから他の人にバレても問題はないんだけどな。個人情報についてきちんと教育されているみたいだ。


「依頼やランクについての説明は登録時に説明することになっていますので、ご存じだとしても聞いてくださいねー」


 俺たちが記入した登録書を別の職員に渡し、カウンターに使い回されているだろう皺が目立つイラスト入りの紙を広げて説明を始めた。


「冒険者はその実力と実績に応じてランクが分けられます。登録したばかりのルーキーはGランク、見習い冒険者となります。つまりお二人もそうですね。各ギルドが定めた依頼を一定数クリアするとFランクとなります。Gランクのままですとその他の依頼は受けられませんのでまずはFランクを目指して頑張ってくださいねー。受注依頼もランク毎に分かれていてFランクの方は一つ上、つまりEランクまでの依頼を受注することができます。ただしご自分のランクより二つ低い依頼は受注できませんのでご注意ください。DランクになるとFランクの依頼は受注できません。低ランク冒険者がギルドにおらずギルドが必要だと判断した場合は受注が可能となります。ここまではよろしいいですかー?」


 自分のランクの一つ下と一つ上のランクの依頼のみ受注可能ってことね。


「ランク昇級についてはCランクまでは各ギルドの裁量での昇級が認められています。Bランク以上への昇級は特殊な審査を受ける必要があります。またCランク以上になると冒険者ギルドからのサポートが手厚くなる代わりに、拒否が出来ない指名依頼という制度があります。またこの大陸限定でCランク以上の冒険者は一定期間開拓依頼を受注していただくことになります。指名依頼、開拓依頼ともに受注拒否された場合はランクの降格、場合によっては除名処分となりますのでご注意くださいー」


 なるほど、厄介事に巻き込まれないようにするためにはDランクで留めたほうがいいか。でもランクが高い方が報酬も多いだろうし、強い魔物と戦うならランク上げたほうがいいのか。うーん、悩むな。


「Aランクまで上がるとSランク冒険者への道が開かれます。Sランク冒険者は各国で貴族待遇となりギルドからも最高のサポートをお約束しますー。ですがSランクになるには実力、実績に加えて有力者からの推薦も必要となりますので非常に狭き門となっていますー」


 Sランク冒険者、いわゆる人外ってやつだな。Aランク冒険者でも人の枠を超えているって言われることもあるけど。そう考えると開拓所のウイップさんは元Aランク冒険者って言っていたな。その強さ見てみたかったな。


「依頼については通常の依頼の他に薬草の納品や周辺魔物の討伐などのギルドが発注している常設依頼もありますー。いくつかの常設納品依頼は目安のランクはありますが受注制限はありませんので通常依頼のついでに採取をされる冒険者の方も多いですねー」


 なるほど。


「ここまでで何かご質問ありますかー?」


 以前ガニルムの冒険者ギルドでも説明を受けたし、開拓所やここへの道中でも先輩冒険者から色々聞いていたから特に質問は無いかな。


「俺は大丈夫。ミトは?」

「私も大丈夫です」


 ミトラと登録しているが俺は愛称でミトと呼んでいるという体だ。わざわざ呼び名変えられるほど器用じゃないんでね。


「報酬金については各国に収める税を天引きしていますので冒険者は徴税されませんし基本的に移動も制限されませんので是非国を跨いでご活躍してくださいねー」


 国どころか大陸を跨ぐ予定ですので。


「どこかの国に仕官する場合は除名となりますが、復帰の際は元のランクが保証されますので転職もご自由にしていただいて構いませんー。その際は最寄りの冒険者ギルドでお手続きをしてくださいねー」


 そこまで説明すると革製のトレーに金属製のプレートを乗せた職員がやって来た。先ほど俺たちの登録書を持って行った人だ。


 そのトレーを受け取ると俺たちの前に置き説明を続けるおっとり系職員さん。


「こちらが冒険者の証となりますー。身分証となり、各種お手続きにも必要となりますので失くさないようにお気を付け下さいねー。再発行には大銀貨一枚をいただきますー。また活動しているギルド以外、ご本人の確認が取れない場合は再発行出来ずGランクから再スタートとなってしまいますのでー」


 まじか。


「こちらのプレートに魔力を込めていただけますかー」


 言われるがままにそれぞれの名前が彫り込まれたプレートに魔力を込める。薄っすらと光り、すぐに発光は収まった。


「これでこのプレートの魔力認証が完了しましたー。もう一度魔力を込めてみてくださいー」


 今度は青色にプレートが光った。ミトも同様だ。


「ではお互いのプレートに魔力を込めてみてくださいー」


 プレートを交換し魔力を流すと自分のプレートに比べて少し抵抗がある。そして赤く光った。


「はいー、このようにご自身以外の魔力には赤く反応しますので他人のプレートを使うことは出来ませんー。他人のプレートの利用、窃盗が発覚した場合は冒険者ギルドが地獄の底まで追い詰めますので絶対にしないでくださいねー」


 その間延びした口調でスルーしそうになったが、とんでもないことを言ったな。つまり冒険者ギルド総力を挙げてってことか。する予定もないけどプレートの偽装はしないようにしよう。


「依頼失敗時の罰金は依頼毎に異なりますので都度ご確認下さいねー。説明は以上となりますー。シエイラ地下遺跡については説明必要ですかー?」


 地下遺跡? なんだそれは? 聞きなれない単語が出てきたな。もしかしてこれがこの街の「特殊」な事情ってやつか? 説明してくれるっていうのだから教えてもらおうじゃないか。


「お願いします」

「はい、シエイラ地下遺跡、その名の通りこのシエイラの街の地下にある巨大な遺跡ですねー。この街の地下というよりこの遺跡の上に街が出来た、というのが正しい表現ですけどー」

「この街の地下に?」


 思わず床を指さして確認すると、心得顔で深く頷く職員さん。


「どれだけ深いのか、現在四十六階層まで確認されていますが最深部へはまだ誰も到達していませんねー。未探索エリアには古代の秘宝が隠されているかもしれないと冒険者の皆さんが日々探索を進めていらっしゃいますー。浅い階層はゴーストやスケルトン、スライム等の低級の魔物しか出現しませんが深く潜れば潜るほど魔物の強さも比例していきますー」

「日々探索されているなら魔物は討伐されているのでは?」


 疑問に思ったのかミトも質問をする。確かにその通りだ。


「それがこの遺跡の不思議なところなんですー。倒しても倒しても遺跡の魔物はどんどん湧き出てくるのですよー。なので地下遺跡から魔物が溢れないように遺跡の魔物討伐はランク関係無しの常設依頼となっているんですよー」


 それってラノベでよくあるダンジョン的な場所なんじゃないのかな? ダンジョン内では魔物の死体は吸収されてアイテムだけドロップするご都合展開的な。


「魔物が遺跡内で死ぬと魔石と素材だけ残して死体が消えたりしません?」

「はい? そんな訳ないじゃないですかー? ゴースト系の魔物はまだしもそれ以外は死体も残りますよー。ですので探索される冒険者は解体が得意な方や運び屋さん、マジックバッグが必須だったりしますねー」


 何言ってるんだこの子は? みたいな顔されちまったじゃねーかよ。ですよねー。死体が消えるわけないですよね。


「遺跡自体は開放されているのでどなたでも入場はご自由です。死亡確認のため正規の入場口の利用をお勧めしていますー」

「正規?」

「遺跡の上に街があるので入口を作ろうと思えば作れますからねー。万が一の氾濫対策で勝手に入口を作ることは禁止していますがー」

「存在はする、と」

「ええー、崩落事故で出来てしまうこともありますのでー。探索にお勧めのアイテムや浅い階層の探索済みマップがセットになった冊子は銀貨一枚で販売中ですよー」


 銀貨一枚っていったら安い食堂で二人分のランチ代くらいか、随分安いな。印刷技術や製紙技術はあまり発達していないからそれなりに高価になるはずではないのか?


 俺のそんな疑問を感じ取ったのか。職員さんは続ける。


「ギルドとしては新人冒険者の方の生存率を少しでも上げたいですからねー。その措置の一環ですよー」


 ふうん、良心的なんだな。


「じゃあ二冊下さい」


 開拓所で貰ったカンパが入った革袋から銀貨を二枚取り出し支払う。


「はい、どうぞー。他には何かご質問はありますかー」

「いや、今日のところはもう大丈夫です。なにか質問があったときはこのカウンターで?」

「冒険者登録が完了したので次回からは通常カウンターでお願いします―」

「わかりました。ご説明ありがとうございます」

「いえいえー、それでは良い冒険者ライフを!」


 酒場で飲んだくれている開拓依頼終わりの冒険者たちに挨拶をしてギルドを出た俺たちは希望の風の女性メンバーに教えてもらったお薦めの宿に向かうことにした。

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