Vedete-29:相克にて(あるいは、敏と視し/双を求まば/ラフィカディヴェント)

 同刻、真衣座マイザー領:南西方面、『舵繰殷坐ダクルインザ』。この地における輩玖珠ヤクラックスの要衝とも言える、この見渡す限りの蒼き高原の只中に藤壷フジツボが如くべたりと貼り付きし白亜の八角形/石造りの巨大建造物は、異様と威容とを攻め方には与える。


 が、その堅牢さは今、十全には発揮されていないように見受けられた。要塞の北東側、大門を護るように左右に幅広く展開せし兵士および色氣使いらの陣、総数二千ばかりであろうか。一角の守備として見るに相当なる軍勢である。が、折からの南風により土埃が舞う中、各々の顔には困惑と怒気、その双方が絡みついているように見て取れる。


「……」


 その大軍に相対せし、ひとりの長身なる人影……臙脂色の軍服上着をそのしなやかそうな身体にかちりと纏っているが、その下は深緑色の大袴だろうか、ゆったりとした影姿シルエットを風に靡かせた、ひと目、奇妙なる出で立ちではある。頭頂部にて高々と金環にて結い絞り上げられたる藍色の髪、褐色のつややかな、しかして傲岸さと風格をも纏わせ滲ませたる流麗な顔の左半分は黒き布が幾重にも巻きつけられており、鋭き右の眼だけが鳶色の光を放っているが、その部分部分、および全身を通しての色氣の流れは静謐ながら底の知れない不気味さを周囲に放っているように思われる。


「リク家からの使者かと思ったが……どうやらそこまで穏便なるものでも無さそうだな……であれば『何用か』とでも問えば良いのかな、リアルダ殿よ」


 相対するは、「八角形」の一辺に腕組みをしつつ立ち尽くすばかりのひとりの人影……紫の具足……の如き物を屈強なる体躯に着けているように見えるが、身体の線にぴたりと沿うほどに薄く作られているのであろうか、鎧を纏っているというよりは、そのような紋様を肌に直に描いているかのように遠目よりは映る。暗い、深緑の髪は無造作に頭の後ろの方で束ねられ、風にうっすらとたなびいており、同じく深緑をした切れ長の瞳は落ち着きを孕みて眼下の闖入者を鋭く見据えている。背中には身長ほどある棒状の……「槍」、であろうか、黒光りするそれをこれまた無造作にその筋肉によろわれた肩に掛けるようにして背負っていた。


 ギリアデ=ル・浬杷流砂リベルサス。「将」の中では最古参にて、各地数多の戦場を巡りたつはものと真衣座の内でも名は高い。色氣に特化したかのような輩の多い「将」の中では珍しく「武人」と顕すとしっくりと来る、威風堂々たる立ち居振る舞いであり、実際にその槍技は高い水準レベルにて極められており、白兵戦における戦闘能力は色氣抜きでも一騎当千と評されている。


「はは、言わずもとは話が早い。まあ諸々端折って申し上げると、『サシで勝負を』、ということになり申す」


 その碧の瞳を下から覗き込むようにして、リアルダは周囲の殺気立つ空気を物ともしていぬようなそのような佇まいにて傲岸なる笑みを浮かべるのであるが。はっきり異常なる物言いではある。途端に吹き巻くようにして「敵意」「害意」「殺意」がその周囲を覆い尽くす。そんな一触即発の雰囲気の中、


「……いかなそれがしが兵法の何をも知らぬ凡婦ボンフとは言え、流石にその荒唐無稽は呑めない。出直すか、今ここで肉片も骨片も残らぬほどに蹂躙されるか、どちらかを選択いただきたい」


 あくまで落ち着き払ってそう言葉を降り落としてきた相手ギリアデルの顔貌をねめつけつつ、おっと、以前の私の如きメンタルの御仁かと思いきや……割と冷静、との内なる思考はこちらもあくまで軽やかげなリアルダである。まあとは言え、久方ぶりのこのような機会よ……大儀は無論忘れてはおらぬものの、その過程は己の裁量にて取り計らってもよかろう……と、自分に言い聞かせるようにして、ふむふむと思考を反芻したりしてもいる。その、どことなくこの場を楽しんでいるまである安穏さに痺れを切らしたか、


「ギリアデル殿ッ!! この痴れ者の始末、このシムツーザにッ!!」


 軍勢の一角から甲高い名乗りを上げながら飛び出て来たるは、これまた細身長身の槍持ちの「鎧武者」。それを先陣に、リアルダを囲むようにして待機していた集団の堰が切られ、千は下らぬと思われし色氣使いの者共がその中心に向けて一斉に雪崩が如くに殺到し始める。


(必要以上に血の気が多いな、ここの輩は)


 その統率の取れていなさに軽く嘆息つくも、まあ、概ねそれがしの意どおりと見てよしとするか……と、ギリアデルが知れ切った行く末は見ずに踵を返し自らは建屋の中へ戻ろうとした、その、


 刹那、だった……


「ぅぅうううううるせぇぇぇええんだよぉぉぉおおおああああああッ!!」


 そんな鋭くも野卑なる声が下方から響いたかと思った瞬間、いつの間に発動していたのであろう、突如現れていた巨大な「緑色の竜巻」が如くの暴の力が、その場にいた者たち、その周囲の物体および空気もすべて巻き込みながら、


「……ッ!!」


 吏騎ネームド雑兵モブの分け隔てなく、一律平等に、天のほど高くまで噴き上げ吹っ飛ばしているのであった。連なる兵の群れ。人間の高波と言ったらよいか、人の壁と言ったらよいか、ともかく初見の惨状に絶句しつつも、自らの残る陣営に命を飛ばそうとするギリアデル。が、


「……左竜巻を色氣ごと右回転……右竜巻を同じく色氣ごと左回転……!!」


 状況確認がために覗き込んだその先では、先ほどからの声の主が不穏なることを更にのたまい始めているのであった。そしてその言葉通りに「もうひとつ」、逆回転の「緑竜巻」が不気味な風切り音を纏いながら静かに発生してくる。右と左、至近距離で触れず離れず暴れるその二つの竜巻は、互いが互いの回転を喰うかのようにして、さらに威力を増していくように見受けられた。そして、


「……そのふたつの竜巻の間に生じる『過色氣状態』の圧倒的摩砕空間は、まさに歯車的色氣嵐の島宇宙トスモッ!!」


 穏便ならざるリアルダの胴間声と共に、ついに「竜巻」同士ががちりと噛み合うかのように接触すると、瞬で方向ベクトルが定まったのか、瞬きの間も無く遥か高みまでその場にあるものを抗うこともさせず、反射的思考に及ばせる前に全て巻き込み轢断しつつ突き上げていくのであった。


 血肉の雨がしとどに降り続けるという異状の只中においても、ギリアデルは思考を巡らせている。なるほど単騎にて伸してきただけのことはある……そしておそらく色氣力を温存するためにあのような小さめの技をふたつ絡ませて威力を乗算的に、あるいは指数関数的に局所にて高めた……恐るべき「策」と言わざるを得ない。だが、それにしても術者の身体になまなかならざる負荷負担を掛けざるを得ないのは自明。であれば……


「いいだろうッリアルダ殿よッ!! 『サシでの勝負』、の申し出、このギリアデルしかと承った!! しかして随分な『御挨拶』であったがおそらくは『Ⅳ式』以上の連発と見た……この私との斬り結びまでに色氣力の回復は存分には見込めないとは思うが、こちらは全力でいかせてもらう……それが戦場のことわりであれば」


 口上を述べつつ、背中の槍を抜きざま構えると、石造りの建屋よりふらり踏み出す。今しがたまで大気の蠢いていた眼下の地場に軽く色氣を撃ち込みつつ、自らの身体はふわりと降り立たせる。彼我距離十五メトラァ、ほどか、相変わらず力の籠っていなさそうな体躯を中空に突っ立たせかけるようにしたまま、臙脂色の軍服の前併せをぞんざいに片手指にて外している相手リアルダの、鳶色の右瞳が妖しくも鈍く輝く。そしてこちらに視線および意識を切らぬように口を開くと、


「今のは『Ⅳ式』にあらず……」


 のたまいつつ手を掛けたのは、腰に佩いた一振りの大刀の如き得物。それを身体のひねりに合わせた最小限の右腕の挙作によりて瞬の後には既に抜き放ち終えている。


「『Ⅲ式』にて候」


 その体から張りつめた密度にて溢れ出てくるのは、先ほど色氣の大技を放ったばかりとは思えぬほどの、芳醇と形容してよいかは分からぬものの、旺盛なる波動の流れなのであった。まあ「Ⅳ」と「Ⅲ」ならそこまで体負担は変わらぬのではとの疑問はあるものの、未だ途切れも収まりも見せぬ色氣の方が脅威ではある。切り換えたギリアデルは呼吸を思い切り吸い込む/一度完全に止める/断続的に吐き出すという周回ルーティンにてその頻度を速めていく。浅黒きその二の腕や喉元に真白き「回路」の如き紋様が現れ出てきてはそれに沿うようにして「緑色の円」が動き始める。


 相手も「緑」の色氣。の割りには先ほどの「竜巻」……見知った技では無かった。おそらくは何らかの「業」をも練り込まれていると見た。一筋縄ではいかないことは先ほどの「歯車竜巻」の時、さらに遡ってはこの要衝へとひとりふらり無防備に現れたる時よりも薄々感じてはいた。そして名にし負うリクシァナが筆頭司督、リ=アルダ・志群諄シムレクトと来た。


 相手にとって不足は無い。


「ギリアデル・リベルサス。推して参る」

「ま、ま、そういうの取っ払っちゃってさぁ……」


 口上と共に槍を刺突の構えにて引き絞って見せたものの、相手はまだその右手の刀をぶら下げたままである。よほど舐められているか、あるいは……


「本気でやろうぜ……私の精神テンションは今!! 名も無き一兵卒時代にもどっているッ!! 残虐!不遜!! その私がキサマを斬り伸し伏せるぜッ!!」


 本気で一対一サシを望んでいる……瞬でその内面のみならず外面も野卑さに覆われたかに見える相手だが、何故かその熱に引き寄せられるような自分を感じてもいる。次の瞬間、リベルサスの方も同じような何かが外れたような笑顔を突き合わせると、


「ハッ、乗ったッ!! おもて見は兎も角もどうやらやはり似た者のようだ……であれば。であればこちらも只の槍使い。存分にやらせてもらうぜぇァッ!!」


 大上段に槍を掲げるという隙だらけにも程がある態勢にて、ただ気合いは更に高め振り切れさせつつ突っ込んでいく。果たして、一触即発というのも憚られるようなそのような混沌の喧嘩場に、周囲の色氣も空気も何もかもが巻き込まれていくようなのであった。

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