第42話
矢頭が静かに扉を開ける。
がやがやと聞こえてくるそこは、実験教室だった。普通のクラスよりも大きな部屋には、ざっと30人余りほどの人がいた。どの人が所属部員なのかはわからないが、見分けがつかぬ程には仲睦まじい様子だった。
瀬名は意外にも2人ほど女がいたことに驚きながらも、全く知らない人だという事に安心する。
その30人余りの人々はわいわいと遊んでいた。それはトランプであったり、ボードゲームだったり、将棋であったり、明らかに持ち込んではいけなさそうなカードゲームであったり……本当に大丈夫か?この部活。
「本当に居たんだな。」
集団の中から一人が、こちらの方へ近づいてきた。
「だから言ったでしょ。」
そう矢頭が自信満々に言った。
なんだと疑問符を浮かべていると、その一人の人物が口を開いた。
「こんにちは、遊戯部部長の
握手を求められたので素直に返す。
「見学少年です。こんにちは。」
そう事務的に対応しながらも、瀬名は更に疑問符を浮かべていた。
その人は部長と言った。だが部活動説明会で見た人と外見的特徴が違った。少なくとも髪は赤かったはず。だが目の前にいる岩神は、白髪だった。
チラチラと辺りを見渡していると、ちょうど見かけた赤髪の人がカードゲームの辺りに居た。こそこそとプレイヤーに耳打ちしている。何やら不正のかほりがする。
「この部活の概要は必要か?」
「いや、大丈夫だよ。」
「それじゃ、何か遊んでくか?大体はあると思うが…」
そう言いながら岩神はぐるりと辺りを見回す。それに習い、瀬名もその視線の先を追っていった。
ここに居る人達は、こちらを気にしながらゲームなり会話をするか、気にせずゲームをする人達だけだった。よく目を凝らすが、余っている遊具なり何なりは見つけられなかった。
部長の岩神と一緒に2周ぐらい部室を見渡していると、矢頭が口を開いた。
「見学少年、良いと思うんだ。」
先ほどのように自信満々の様子。もはや何も思う事もないが、岩神は違ったようだ。
「ほう。」
矢頭の言葉に、僅かに首を伸ばす。更には目元を細め笑みを浮かべるが、彼が纏う雰囲気は少し堅苦しくなった。
変な部活に変な部長だなーと瀬名が思っていると、岩神は動く。
「よし、準備しろ。」
その言葉と同時に岩神と幾人の部員たちは動き出した。
ある者は実験室に沢山ある棚の一つを開け、段ボールを取り出す。ある者は教卓の側にたった一つだけある木製の机を動かす。ある者達は動き出し、部長達の周りを陣取った。
部長が瀬名の目の前に立ちはだかると、その間に木製の机は置かれた。そこに段ボールから取り出した2つの道具が投げ渡された。
黄色のヘルメットに、赤と黄色のピコピコハンマーが宙を舞う。その2つを見ただけで、瀬名はこの後何が起きるのか。何となく予想出来た。
いつの間にか側に寄っていたある者はそれを受け取ると、目の前の机に綺麗に並べた。そしてしゅたたたと下がって人込みに紛れて行った。
「これより、入部試験を行う。」
岩神が言う。
まるで今から殴り合うように、腕を半歩退く。
「叩いて被ってじゃんけんポン。3本先取、構えろ。」
真面目な表情から繰り出される叩いて被ってじゃんけんポンに笑えばよいのか、先ほどの完璧なまでの準備の流れに拍手をすれば良いのか、少年漫画の領分でデュ〇ル!と言いながら構えでもすればよいのか。
瀬名は悩む。側に視線を送ると、近くにいたはずの矢頭が少し遠くで誰かと談笑しながらこちらを見ていた。その他の部員と思われる人たちも、戸惑いの様子はなかった。
……もしかして部員は全員こんなことをしたのだろうか。これで勝てたら入部資格取得って感じなのかな。想像よりもガチガチだった。なら負けるしかないな。これでは幽霊部員もクソもなさそうだ。いや、3ヵ月ぐらい続けて退部するというのも手段にあったりするのか?
瀬名は更に悩む。だが辺りは沈黙を貫くだけ……いや、何かしらのカードゲームと将棋の駒の音が聞こえてきた。流石の集中力だな。
それから数秒の間を持ち、相手に合わせるように瀬名も拳を前に突き出した。そして目と目を合わせ合図する。
結局、瀬名は決めた。
勝って笑う事あるかもしれないが、負けて泣くことは無い。安定を取るなら結末は一つ。
「「叩いて被ってじゃんけんポン。」」
お、負けた。
瀬名はゆっくりとヘルメットを取りに行く。それよりも先に、岩神はツッコミのように素早く頭をずり叩く。
想像以上の火力にいててと頭をさする。流石に本気を歌うだけはあったようだ。
相手が拳を準備したので、こちらもする。
「「叩いて被ってじゃんけんポン。」」
「「相子でポン。」」
あ、勝った。
瀬名は先ほどと同じようにゆっくりとピコピコハンマーを取りに行く。そしてそれよりも先に、岩神はヘルメットを被る。
もう一度じゃんけんポンをし、瀬名が負けて頭をしばかれた所で岩神は言う。
「腑抜け!!真面目にしろ!」
片手にピコピコハンマーを持ちながら瀬名を指差す。だが岩神の様子など気にしない瀬名はその返事として拳を付き出す。
「やる気なし。さっさと終わらせよう。」
「見損なったぞ見学少年。」
「それはどうもこれが見学少年だ。」
「ならばやる気を出させてやる。賭け事をしようか。何が欲しい?」
なんだその強引でありながら、あながち間違いでもなさそうな手段。
よくもスムーズにそんな事を言い出せる。さすがは遊戯部の部長とでもいうべきか。
「結構です。」
「もちろんゼロからやり直しだから安心してくれ。」
心配している点が全く違う。すでに2敗してるから不利だと言いたいわけではない。
「まさかこちらの話を聞いていらっしゃらない?」
「やる気ない者に聞く耳なし。」
「じゃ、失礼します。おつかれっしたー」
これを好機と見た瀬名は、素早く扉を目指す。だが岩神はいち早く対応する。
「封鎖しろ!」
まるで熟練集団のように、2つしかない扉が人の壁によって閉ざされる。
団結力がすごい。底辺組でも見た事がある景色だ。……おかしいな。嫌な予感してないんだけど。裏切りですか嫌な予感君?
突然な動きに若干焦るが、周囲を見渡せば、その焦りはすぐに収まる。
ちらっと見てみたら窓は無事だったからだ。
よし、そこから逃げるか。
後退るように、その場から離れていく。
そして壁際に近づき、後ろ手で窓を開きながらそのまま体を後ろに倒そうとした。だが部長が飛んでくる。肩を押さえつける手があった。
「おいおい何をするつもりだ?この部活で人身事故はやめてくれよ。」
「安心してくれていい。事故にはならない。」
「もっとやばいじゃねぇか、やめないか!」
両肩が抑え付けられる。
「事件でもないよ。僕、3階から落ちた程度じゃ怪我しない。OK?」
「窓も封鎖しろ!」
そう言うのと同時に強く引っ張られる。
その流れのままに部屋の中心へと引っ張られていた。背後を確認すると、人の壁が生まれていた。だが総勢30人程度、素人がこの少しだけ大きな教室を完全封鎖できるほど甘くない。
「腕が鳴るな。」
瀬名はそう言いながら肩をぱきぱきと鳴らしながら腕を回す。
「おいやめろ見学少年。先生呼ぶぞ。」
「それは反則だろ卑怯者。」
そう言いながら、肩に置いた手を下す。やる気が一気に削がれた。そして同時に、瀬名は思い出した。窓から出入りすることは問題ということを。
流石に30人もほぼ初対面のない人達全員に同じことを言われてしまえば、いじめだと嘆き逃げ切ることすらできない。危なかった。
「そんなに嫌なのか?」
「別に、ただ部活動にぶち込まれるのが嫌だった。」
「強引に入部させたりしないよ。」
「そうなの?」
ならいいや。強制じゃないならどうでもいいや。さて、そんな事よりも大切な事は、
「それで賭け事だっけ?」
「嫌ならいいぞ。」
「購買のパン、美味しそうだよな。でも人多いよな。」
「なるほどな。」
まるで理解したとでも言わんばかりの風貌だった。それで瀬名は確信した。これはやれる。冗談で済ますタイプではないと。
「パシリ3ヵ月でどうだ。」
「いいだろう。」
さすがは遊戯部の部長。話しが解る。
これで瀬名のやる気スイッチが起動した。それどころかキングナイトのド根性スイッチまで入った。
念願のうまい購買のパンが手に入るのだ。やるしかない。本来であれば後1、2年待たなければ入手が困難だという予定が、無くなるのだ。やるしかない。
運が良いことに、叩いて被ってじゃんけんポンは得意だと言える。そういえば一度も前世でもやった記憶はなかったが、勝てる自信があった。
身体能力、反射能力、集中力。今世の瀬名は万全だった。
まず、じゃんけんには必勝法がある。俺が今世だから見つけることが出来た方法、そして幾度と底辺組でわからせてきた方法だ。
「「叩いて被ってじゃんけんポン。」」
じゃんけんの結果を確認するよりも先に、空いている左手を2つの道具に近づけさせる。
そして結果を確認し、勝利を得るのと同時に道具を掴む。今ばかりは死線を潜り抜けてきた己の体を酷使し、全力でピコピコハンマーを振り上げる。
スパーンッ
下から上へ、かつらを抉り取る一撃だった。
「次。」
合図し瀬名は、拳を前に突き出す。
岩神の表情が変わるが気にしない。どんな表情になっていようとも、手加減する気は毛頭もないからだ。相手がそれなりに出来る事は、先の数戦で知っている。
「「叩いて被ってじゃんけんポン。」」
じゃんけんの必勝法。それは俺が2分割を思い出した時に得た。まぁ、結局は底辺組で習得した方法だ。
この世の中の事柄の大半は2つに分けられる。
はいか、いいえか。好きか、嫌いか。殴るか、蹴るか。
これの通りじゃんけんの3つのポージングも分けられる。それは指を開くか閉じるか。すなわちグーかそれ以外かだ。
ここまで出来たら後は簡単。
集中力と反射能力を使って、判断する。グーで相子にするか、チョキで勝つか相子なのか。
相手が後出しやらフェイントをして来たらこれは必勝法にならないが、そこまで来てやっと真のじゃんけんとなる。それ以外は幼稚なお遊び。初心者狩りに等し。
後は先ほどとほぼ同じだ。
確実にチョキで勝ち切り、相手の頭を叩く。
まるでかるたを取るように、まるで侍の居合のように、まるでラリアットのように。下から斜め上へと、相手の頭の側頭部を掠り取る軌道で、潰す。
ほら、これで後一勝。
見える、見えるぞ。購買のうまいパンが俺の昼食に見える世界線が。
そこで顎を伝う水の感覚を覚えた。反射的に瀬名はそれを手で拭く。つい、よだれが漏れていた。
なぜか今日も昼食を持ってきていないので瀬名は腹が減っていた。もはや習慣になってしまったような雰囲気がある。
今日は比較的早起きだった。もちろん昼食のお弁当を準備する時間はあった。なんならちょっとコンビニにでも寄る余裕もあった。
だが普通にめんどくさいという感情が現れた。
正直、底辺組から離れて明らかに消費カロリーが減ったと自覚がある。だからこそ一食ぐらい抜いても問題ない。ちょうどいい空腹感というやつだろう。一食分の金も減る。
もう、これでいいんじゃないかな。
「次。」
拳を付き出し合図する。
「っく。」
岩神の顔が歪む。どうやら戦力を見誤ったようだな。だが、手遅れ。俺の勝ちだ。
俺が人参をぶら下げられた馬で終わると思うなよ。人参ベッドを用意しなさい。そして人参シャワーも用意しなさい。そうしてやっと俺が片膝をつくというものだ。
「「叩いて被ってじゃんけんポン。」」
じゃんけんで勝つ。それはこの世の理の如く、その後にピコピコハンマーで頭を叩き割るところまでがセットであった。
と、思っていた。
あれ?そう思う瀬名の指は空を切っていた。あるべき感覚が、そこにはなかった。
驚き戸惑う瀬名は視線を下に持っていくが、ピコピコハンマーが手刀によって吹き飛ばされているのが見えた。そしてヘルメットを被る岩神の姿も。
俺の速さに対応できるとは、流石としか言いようがない。だがそれはそうとして、瀬名は口を開く。
「人の心ないんか?」
俺がどれだけ購買のパンに恋焦がれ、どれほど追い求めているのか知らないのだろか。それを遮るとは……いや違う。瀬名君、ちょっと心がオープンになってますよ。本音は心の奥底に仕舞っておこう。
「何のことだ?」
本音を隠しておこうと決めたが、岩神の態度にはイラっときた。
だが再び先ほどの考えを思い出し、無言で見つめることにした。だが岩神は相変わらず当然、といった様子だった。
ならばよろしい戦争だ。
叩いて被ってじゃんけんポンの決まったルールはあまりない。てか知らない。だから不正ではないと認識する。そう、不正ではない。
「「叩いて被ってじゃんけんポン。」」
まるでこの世の理の如く、瀬名が勝つ。が、またピコピコハンマーが飛ばされた。
それを予見していた瀬名は手を大きく振り回し、吹き飛ばされたピコピコハンマーを手に取り、攻める。
が、ヘルメットに防がれた。……これでは時間が足らないか。
互いに構える。そこに会話はなかった。
「「叩いて被ってじゃんけんポン。」」
先ほどと同じように瀬名は大きく手を振り回す。それと同時に、もう片方の手でヘルメットに手刀を送る。真横へと絶対に手が届かない場所へ飛ばす。
そしてその頭を叩き割ろうとしたら、空ぶっていた。
岩神は物理的に後ろへと下がる事で避けていた。
「おい、逃げるのはルール違反だろ。」
ピコピコハンマーで自分の手を叩き、ピコピコ言わせながら近づいていく。それに合わせて岩神はじりじりと後退していく。
「いくらなんでもおかしいだろ!なぜ勝てない!!」
「お前が弱い。俺が強い。あーゆーあんだーすたん?」
「不正だ!無効だ!」
「何をどう不正した?言ってみろ。おら。」
違和感には気が付いたのか。すごいな。
確かにぐーでは相子しかせず、基本的にチョキで勝つしかやっていない。だが一回はパーで勝ったし、試行回数も少ない。明確な違和感は感じ取れないと思っていたのだが、どうやら岩神は何かしらの違和感に気が付いたらしい。すごいな。
これは俺が甘いというべきなのか、岩神がやべぇと言うべきなのか。
まぁ、そんなことはどうでもいい。
今、勝てればいい。どのような違和感を感じていようとも関係ない。どんなに怪しかろうと今勝って購買ゲットできたらなんでもいいんだよ。この後の事は知らん。
さぁ、その頭かち割らせろ。
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