第2話 A家のリエさん
ここからはそのA家のお子さん――嫁いで家を出た妹のリエさんの話になる。
A家は、前話でも述べた通り、母子家庭だ。それも、リエさんの母親だけではなく、祖母の方も、旦那さんがいない。ナカノさんの従姉妹のアカリさんは、それが離婚なのか死別なのかはわからなかったそうだが、後に離婚だったことを知ったらしい。つまりお祖母さんは、離婚して娘を連れて家を出、女手一つで育て上げたその娘が結婚して二児を儲け、離婚して戻ってきたというわけだ。
ただまぁ、それだって別にそこまで珍しくもないはずだ。咎められることでもない。
冠婚葬祭の何やらで、アカリさんはリエさんと交流する機会があったらしい。年はリエさんの方が五つくらい下なのだけれども、仕事柄、年上の人と触れ合うことが多いのだと言って、アカリさんにも気さくに話しかけてきたそうだ。リエさんの仕事は、市内のローカルスーパーのレジ担当だ。二人は同じ市内に住んでいる。
アカリさんがそこで受けたリエさんの印象は、『オラついたギャル』だった。
テレビで見るような、若くてキャピキャピした「ウチら最強☆」みたいなやつではなくて、もっと年齢的には上の、ドスの効いた『姐さん』みのあるギャルである。浜崎あゆみのあの特徴的な『A』のステッカーを車にババーンと貼ってるような、倖田來未をファッションリーダーと仰ぐような、深夜のドンキを上下ジャージ、キティちゃんの健康サンダル姿でうろつくような、とにかくそんな、平成のギャルがそのまま大人になったような感じだったそうだ。ピアスは軟骨までバチバチにあいていて、髪の色も一色ではなくて、茶髪なのか金髪なのか青なのか緑なのかといった具合だった。
正直、聞いているこちらとしては、外見の特徴だけでお腹いっぱいである。アカリさんも、そしてナカノさんも同じ感想のようだった。
私達の職場は頭髪の色に厳しく、許されるのはせいぜいナチュラルなブラウンだし、ピアスだって、まぁ既に穴があいてる分には仕方ないが、勤務中につけられるのは耳たぶに一つまで。それも、耳たぶの中に収まる大きさのシンプルなものと決まっている。若い人は多少逸脱していたりするけれども、ナカノさんはというと、髪やピアスはもちろん、誰も守らない靴下の色まできっちり守るような真面目な人だから、なおさらリエさんとは「合わないな」と思ったらしい。
けれど、その派手な見た目に反して、礼儀はしっかりしているし、敬語もまぁまぁ使えるし、さっぱりと明るい性格だしで、「この子、見た目こそギャルだけど、中身は真面目なのね」とアカリさんは思ったのだという。けれど話をしている中で、何となくだが、違和感を覚えたそうだ。
それが何なのか、いまでもよく説明が出来ないらしい。ただひたすら「なんか変なんだよなぁ」と感じるというか。第六感とか、そういうものなのかもしれない、とアカリさんは言ったのだそうだ。別にアカリさんは別に霊感が強いわけではないらしい。
交流するうち、話の流れで、リエさんの前職がいわゆる『夜の仕事』であることを知った。主に男性にお酌をするだけの、えっちなお触りまではないタイプのやつだ。結婚を機に辞めたらしい。違和感はそこにあるのか? とも思ったが、そうでもなさそうだ。リエさんはどんな話でもよく聞いてくれるし、どんな話題にも食いついてくれる。その場に三~四十代の『若い嫁』はアカリさんとリエさんしかおらず、二人以外はほぼ六十代以上だったが、そんな年配の方々のあしらいも上手く、まさに夜の仕事に必須のスキルだとアカリさんはむしろ感心したという。
やがてアカリさんは、リエさんの最終学歴が高校中退――中卒であることを知った。けれど、それだってどうということはない。学歴が高いから偉いということはないだろうし、中退せざるを得ないやむにやまれぬ事情があったのかもしれない。A家が母子家庭であることはその時既に知っていたらしく、金銭的な理由だって考えられる。だけど一応、違和感の理由はそれだろうか、とも考えたそうだ。アカリさんは国立大卒だ。もしかしたら、そういう学歴の違いが違和感に繋がっているのかも、と。
けれどリエさんは、例えば、漢字や英単語、歴史など、そういった教養の面では確かに劣る部分があるにせよ、一般常識については最低限あるようだったし、自活するスキルもある。先述の通り、トークスキルも申し分なく、性格も明るいため、別に学歴や教養を重視するような職を希望するのでもなければ、別に問題はないだろうと思ったらしい。
では、この違和感は何だろう。
ただ単純に『生理的に合わない』というやつなのかもしれない。科学的な根拠があるのかは知らないが、確かにこの『生理的に合わない』というのはある。これまでの生活環境によるものなのか、はたまた遺伝的なものなのか、とにかく『なんか無理』と身体が判断するやつだ。
ナカノさんはいろんな表現を駆使しながら、アカリさんの違和感を私に伝えようとした。とにかくわからない。わからないけど、何か違和感。確かに外見とか、話し方やノリといったものは、まさしくギャルのそれだし、親戚でもなければ一生関わらないタイプだろうとは思ったけれども、話してみれば見た目ほど怖い人でもないし、明るくて気さくなのに、と繰り返していた、と。
わからないわからないと首を傾げながら、ナカノさんはリエさんについて語りきった。てっきり、これが話の全てかと思いきや、これはただの導入だった。基本情報というやつである。
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