12.ミラージュ
実際、記憶をなくしていても「変わっていない」のならば、嬉しいことだろう。彼の反応から自分の過去の片鱗を見た気がするシン。驚いているのは、むしろ周りの人間だ。
「ミラージュが実在だって? 信じがたいよ……」
「だが、実際、俺はあちら側の人間だ。アースタリアの人間は、こちらの世界があることを少なくともこちらの人間以上には知っている」
「あー、それは何かわかる気がするわ。思えばシンがミラージュの存在を信じてたのも、昔の記憶がそうさせてたのかもしれないわね」
まさかホントにあるなんて。
イーヴは感嘆のため息をついている。
「それで、あなたはどうやってこの世界に来たんです?」
リエットが最もなことを尋ねた。あまりのことに質問しか出てこない「この世界」の仲間たち。ウィスは丁寧にひとつずつ答えてくれている。
「あちらのオルディネの塔を起動させた。アースタリアとセレスタイト……この世界は昔は行き来も出来たんだ。その名残の遺跡が各所にあるだろう」
一様に首を振る。もっともそんなことが知られていたら、こちらの世界でも研究が進められていただろうが、それがないのだから仕方のないことなのかもしれない。
「ウィス、……でいいかな、呼び方」
「あぁ。兄呼ばわりされることはほとんどなかったから……それでいい」
シンが話しかけると、ウィスの表情は少し優しくなる。
名前の呼び方を確認してからシンは本題を切り出した。
記憶のないシンにしてみても、聞きたいことは山ほどあるのだ。
「どうして、今になってアースタリアの人がこちらに来ることになったの? それに風の大晶石を壊したのはあなたたちなの?」
それは間違いないだろう。火の大晶石のあるこの地にも彼らは現れた。
「銀の髪の悪魔」。あえて聞いたのはそのことがあったからだ。
「それは……話せば長くなるな」
「じゃあ、ホワイトノアに戻ってからにしようか」
「ちょっと待ってください。おとなしく帰すとお思いですか」
シンは疑問をあっさり退かせると、それを止めたのはユーベルトだった。
「ウィス……といいましたね、あなたはやつらの一味でしょう。ならばナイトフレイに収監されるだけの理由があります」
「収監って……困るよ、それ」
「そうだよ、ユーベルト。大事なことなんだ。見逃してくれないか」
「あなたは騎士でしょう。そう簡単に罪人を逃がすんですか」
そういわれると二の句も継げず、フィンは押し黙った。
「罪人か……確かにそれは間違いないな」
「ウィス?」
「でも今、収監されるわけにはいかないな。伝えられることも伝えられなくなる」
「逃げる気ですか」
ユーベルトが銃に手をかけた。ウィスは武器に手を触れることもしなかったが、イーヴが腕を組んで問う。呆れともつかない表情で。
「あいつらここに連れてきたのあんたじゃないの?」
「……」
「大方、偉い人か何か、甘言に乗せられて案内したんでしょう? 残念だけど詐欺はだまされる方にも非が生じるんだよ、法的にも」
「……!」
意外と短気なのか、指摘されて顔を紅潮させる。シンの追い打ちにどういう意味でかウィスはどこか苦笑めいたものを浮かべている。
「捕らえなさい!」
有無を言わさず、命令が下ると残った兵士がざっと周りを取り囲んできた。シンも銃を躊躇なく兵士に向ける。
撃つ気はない。だが、そうすることで躊躇するのは兵士のほうだった。
ウィスとフィンもそれぞれ剣の柄に手をかける。襲い掛かってきた兵士を、フィンは剣を収めたまま鞘で殴りつけた。
「逃げるわよ!」
矢の雨を降らせて、ひるんだところで一斉に退避する。
追おうとする残兵を制止して、ユーベルトはその背を見送った。
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