74・【番外編】紗良視点③
みんな、なんで自分が恋をしているんだってわかるんだろう。
なんで、恋なんてしたがるんだろう。
現実だけでなく、映画もドラマも漫画も恋で溢れている。
誰もがしたがる恋というのは、そんなに良いものなのだろうか。
夏休みに入る少し前。教室で友達と夏休みに遊びに行く計画を立てていたはずが、気がつけば彼氏がいる子の夏休み計画の発表会になっていた。海に行くとか、遠出してテーマパークに行くとか、本当は泊まりで旅行に行きたかったとか。そんな話を一喜一憂しながら話している彼女も、盛り上がって相槌を打っている他の子も、みんな恋に夢中だ。
私が他人の恋心に振り回されてきたから良い印象がないだけで、本来は楽しいものなんだろう。
「ねえねえ、紗良っちは?」
「え?」
ぼんやりしているところに急に話を振られて、我に返った。いつの間にか、話題が変わっていたらしい。
「紗良っちはどうなの? 例の好きな人と、夏休みデートの予定はないの?」
「……ない」
「ないのかーーーーっ!」
聞いてきた子が机にガバッと突っ伏して叫んだものだから、ビクリと肩が跳ねた。まったくもう、心臓に悪い。
ないというか、好きな人役の詩織さんには定期的にうちに来てもらって勉強を見てもらうけど、これを言うわけにはいかない。言ったら、そこから一人暮らしのことがバレそうだし。
自分があまり嘘が上手くないのは自覚している。
「誘ってみたら? 油断してたら、他の人に持っていかれちゃうよ!」
「そうだよ。紗良ちゃんの好きな人、モテそうだしね!」
「うぅ、確かにモテてそう……」
この間、電車で告白されてたし。言わないだけで、私の知らないところでモテてそう。っていうか、詩織さんがモテないわけがない。
いやいや、詩織さんはあくまでも好きな人役で、本物の好きな人ではないんだけど。でも、もし誰かとお付き合いすることになったら……それはいやだなぁ。
言い淀む私に、友達が「ほらぁ~、誘っちゃいなよ!」とハッパをかける。
「そう、だね。誘ってみる」
さっきみんなで話してた花火大会にでも誘ってみようか。
詩織さんが好きな人かどうかはともかく、一番好きな友達だって思ってもらえたら嬉しい。つい最近まで友達が出来なくて泣いていた私が、誰かの一番になりたいと思うなんて、詩織さんに出会わなかったらありえなかっただろう。
大好きだから、私のことも好きでいてほしい。恋じゃなくてもこんなに満たされた気持ちでいられるのだから、やっぱり私はまだ恋なんてしなくていいや。
※ ※ ※ ※
同性も恋愛対象になり得る。存在は知っていても、自分とは関係のないことのように感じていたそれが案外身近なものだと理解したのは、友田先輩からの告白があったからだ。
仲の良かった先輩を失う悲しみと、気持ちに応えられない申し訳なさから詩織さんに泣きついて、夜に一人になって思い出したのは、あの時の友田先輩の言葉だった。
「ほんっと、詩織さん好きだよね」
妬けちゃう。敵わない。
言われた時は聞き流していたが、告白されてから思い返してみれば、友田先輩は私が詩織さんを恋愛対象として好きだと思ってるみたいな言い方だった。
クラスの子にも、よく言われる。詩織さんを男の子に置き換えて話した後、恋する乙女の顔だとか、本当に好きなんだね、とか。最近では、お父さんまでもがスマホの画面の向こう側で「詩織さんは本当に女の子なんだよな?」と言い出す始末だ。
周りの人達から、私はよっぽど詩織さんに恋をしているように見えるらしい。
同性相手に恋をするって、馴染みがなくてピンとこない。異性でもそうなんだけど、一般的な知識としてイメージが湧かないというか。
そもそも、恋って何だろう。どれだけ好きになったら、それは恋になるんだろう。その線引きが、私にはわからない。この春まで友達すらまともにいなかったのに、人間関係における上級編である恋愛はハードルが高すぎるのだ。
ラブストーリーに出てくるみたいな、想い想われ大事にし合う関係には少し憧れるが、まだ忌避感の方が強い。こんな私じゃ、春の訪れはまだまだ先になるだろう。
そう考えていたというのに、そんな予想が揺らぐのは意外にもすぐだった。夏休み初日から泊まりに行った詩織さんの家で、押し倒されたのだ。一緒にベッドで寝ようと誘ったら、「貴女って人は……」と堪えるように眉間の皺を一撫でした彼女に肩を押された。
押し倒すという行為は、もっとこうドンッ! ガバッ! みたいなイメージを持っていたのだけど、全然そんな乱暴なものではなく、まるで寝かしつけるような柔らかさでスムーズに仰向けにされ、あれ? と何が起きているのか考えている間に、気づけば詩織さんが乗っていたという感じだ。
どういうつもりなんだろうと、部屋の照明を背に私を見下ろす詩織さんの目を見て、息を呑んだ。この目を、多分私は知っている。熱のこもった、物欲しげなこの瞳。過去、私に告白してきた人達によく似た色。
友田先輩と同じ、恋の色。
まさか、そんな。詩織さんが私を? いや、でも昨日は私のことを恋愛対象とは見てないって言ってた。しかし、現に今、こうして押し倒されてるわけだし。本当のところはどうなんだろう。
詩織さんは色気のある人だ。上半身を抑え込むように密着した風呂上がりの体は火照って熱く、私達の間に挟まった大きく柔らかな胸は、少し身動きするだけでもムニムニと形を変え、その存在を主張してくる。
何これ、私の胸と全然違う! すごい! 触ってみたい!
──って、そうじゃない。今はそれどころじゃなくて、なんでこんな状況になってるのかって話だ。
どうしたものかと詩織さんを見つめていると、綺麗なその顔がゆっくり下がってきて、色っぽく微笑んだ。
「ねえ、……目、閉じて」
反射的に目を瞑ってしまったが、これはダメだ。これじゃ、キスしてもいいですよって言ってるようなものじゃないか!
でも、中学の時に教室の後ろの方で女の子達が、練習とか言って友達とキスしたり、罰ゲームでキスしたりしてたし、女の子同士のキスってその程度のスキンシップなのかな? もしかして、意識してる私がおかしい?
いやいや、でも詩織さんのあのプルプルの唇とキスするのかと思うと、ちょっと緊張するっていうか! どうしよう、ちょっと勿体ないけどやっぱりやめとくべき?
私がどうしようかと混乱していると、ゴクリと詩織さんが唾を呑む音が聞こえた。
もしかして、詩織さんも緊張してる? そういえば、前に付き合ったことはないって言ってたし、詩織さんもファーストキスなのかもしれない。だとしたら、相手が私でいいのかな?
数秒後、ゆっくりと顔が近づいてくる気配がした。前髪が触れ合い、吐息を感じ、いよいよだとドキドキが最高潮になったその時。
ゴンッ!!!
「いっったぁ~~~!」
想像していた唇への柔らかさではなく、おでこへの頭突きの衝撃で、思わず頭を押さえてのけぞった。目を開けたら、ちょっとお怒りの顔で詩織さんが見下ろしていて、いつの間にか体も起こしていた。
「痛いじゃないわよ、どこまで流されるのよ! あまりにも抵抗しないから、やめ時わからなくなったでしょ!」
「だってー!」
「だってじゃないわよ! 貴女、今ファーストキスどころか、いろいろと他の初めてを奪われてもおかしくない状態だったってわかってる!?」
あー、そこまでは考えてなかった。確かに、押し倒されてるんだから、キスのその後まで想像するべきだったとは思うけど、私としては胸の柔らかさと目前に迫った唇で頭がいっぱいだったんだから仕方ない。
それに、詩織さんが無理やり何かするような人だとは思わない。キスだって、結局しなかったし。……したくなかっただけかもしれないけど。
「わかってるけど、詩織さんの色気が凄すぎて固まったっていうか、胸が柔らかくてびっくりしたっていうか……あと、詩織さんなら嫌がることしないだろうから大丈夫かなって」
「嫌って言われること前提でしてたんだけど。本当に心配になってきたわ」
疲れた顔でため息を吐く詩織さんには悪いけど、自分で仕掛けたくせにちょっと赤くなってるところが可愛いなぁと思う。あと、おでこも少し赤くなってて、多分お揃いだ。
「大丈夫、他の人だったら突き飛ばすから!」
「私相手でもそうしてね。じゃあ、お布団取りに行くから、反省して待っててちょうだい」
「はーい」
反省と言われてもなぁ。一緒に寝ようって言ったこと? それとも、押し倒されてキスされそうになっても、抵抗しなかったこと?
そんなことより、詩織さんは私のことをどう思ってるんだろう。
押し倒された時は私を好きなのかもって思ったけど、結局何もしなかったし、抵抗しろって怒るくらいだから違うのかもしれない。私を好きなら、あの状態でやめはしないだろう。
友田先輩のことがあって、自意識過剰になってたのかな。だとしたら、恥ずかしい。
「キスしてたら、どうなってただろ……」
もし本当に詩織さんが私を好きだったら。キスしてたら。告白されてたら。
私達の関係はどうなっていたのだろう。私はどう返事をしただろう。
その答えは、少し考えたくらいでは出てこなかった。
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